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夢の螺旋  作者: Tomokazu
エピローグ
54/57

3


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 ゲノム高次機能研究室にて、凜は実験作業に追われていた。


 今行っているSTR配列の研究を、ある程度のところまで形にしたい。来年には石山がこの大学を辞めることが決定しているからだ。コスモライフの一件について、彼なりの責任の取り方なのだと、凜なりに理解はしているつもりだった。

 だが、実質的な問題として、来年度博士課程に上がってからのことがある。石山が研究室からいなくなると、同じテーマを継続することは難しくなるだろう。故に、修士である今のうちに、一定の評価があるところまで、研究結果を出さなければならないのだ。それに、研究者の道を歩むとするならば、今のうちに頑張って成果を上げておくことは、きっと自身の将来にもプラスにはたらくはずだ。


 このように研究に邁進する彼ではあるが、頭の片隅で、他に気になっていることがあった。

 愛稀のことである。


 夢の世界で双葉と戦い、コスモライフから無事抜け出せた。

 雷也とも和解できた。もっとも、当初から凜は雷也を許せないと思っていたわけではなかった。彼の性格はよく分かっている。あの場面であえて怒ってみせたのは、どのような理由であれ、あのような目に遭わせられたことに対して、少しは仕返しをしたかったからである。第一、自分も愛稀も、精神世界で死にかけているのだ。

 しかし、怒りを引きずることはなく、そこからはいつも通りの関係に戻った。


 ともかく、一連の出来事については、ひととおりの解決を見た。しかし、それとは対照的に、肝心の愛稀については、おざなりになってしまった感が否めなかった。

 あの日、夢から覚めた後の愛稀は、なぜか凜とあまり言葉を交わそうとはしなかった。雷也の車の中でもむっつりと黙ったままだったし、街に戻るとそのまま別れてしまったのである。

 彼女のことが気がかりではあったものの、研究室に戻ってから、実験が忙しいことを言い訳にして、後回しにしてしまっていた。そろそろ近況を確認するという口実をつけてでも、連絡をした方が良いかな――とも思えてきた。


 そんな思いを頭の片隅に抱えつつ、凜は実験作業を進めていった。

 インキュベートが終わったサンプルが入ったマイクロチューブをラックに入れ、凜は自身の実験デスクから、実験機材が置いてある別室に向かうべく立ち上がった。そこでチューブを遠心機に入れ攪拌し、サンプルを沈殿させて液体と分離するのだ。その後、上澄み液を捨てて、残ったサンプルは冷凍保存する段取りとなっている。

 実験室の扉を開けて、廊下へと出た。向かいの別室に向かうべく歩き出したその時――。


「凜くん!」


 突然、声がした。振り向くと、愛稀の姿があった。思いつめた顔つきでこちらを見ている。


「愛稀……どうしたんだ、こんなところで」


 どうして部外者の愛稀がここにいるのか、凜には理解できなかった。彼女の後ろには、遙が付いている。察するに、彼女が連れてきたのだろう。だとしても、何のために――。


「凜くんに、言わなきゃいけないことがあったの」


 と愛稀は言う。


「何だ?」


 と凜は問い返した。愛稀はすぅぅ――としばし息を吸い込んで、思い切ったように声を吐き出した。


「私と付き合ってください!」


 廊下中に声が響き渡り、一瞬空気が止まったような心地がした。実験室を行き来していた他のメンバーたちも、一斉に立ち止まってこちらに注目している。凜はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「すまない、今取り込み中なんだ。少し待っていてくれないか。終わったら連絡するから」


 凜は落ち着き払った様子で、向かいの部屋へと入ってゆく。

 一方で、愛稀の顔面は、今さら恥ずかしさで、爆発しそうなほどに真っ赤になっていた。

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