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「えっ、あの人のこと、好きになっちゃったの?」
愛稀の告白に、遙は素っ頓狂な声をあげた。
「しーっ、声が大きいよ」
恥ずかしそうに顔を赤らめて愛稀は言ってくる。
だが、ここは裏手にあるベンチで人通りも少なく、誰かに聞かれている可能性は低い。それに加えて、さっきまで不特定多数から悪目立ちするようなことをしておいて、今さら何を言っているのかという思いも遙にはあった。
それよりも驚いたのは、愛稀がたった今打ち明けた内容である。
凜のことが好きになってしまったと。想いを伝えようにもどうしたらいいのか分からないと。
そして、つい自分の通う大学にも行くのも忘れ、こちらに足が向いてしまったと。
確かに、遙にも、彼と愛稀を近づけようと焚きつけた部分はあった。だが、本当にあの人のことを好きになるなんて――という驚きの気持ちの方が勝っている。申し訳ないけれど、遙にとって彼は、恋愛対象とはもっともほど遠い人物だった。善人だとは思うし、容姿が悪いわけでもないが、ただ男女の関係になるという点においては、一切の想像ができなかった。あの人を男性としてみるなんて――と、信じられない思いだったのである。
だが、愛稀にとっては、真剣な悩みだった。
コスモライフの一件で、愛稀は凜が約束の人であると確信した。凜にとってもそれは同様だったはずだ。それは愛稀にとって、はじめて感じた真実の絆だった。これまで根無し草のように思っていた自分の存在を、つなぎ留めてくれる相手についに出逢えたのだ。
ところがあの時、愛稀は目撃してしまった。凜を抱きしめ、彼にキスまでした彩の神々しい姿。彼女は死してなお、凜にとっては完璧な存在なのだ。そんな彼女に比べれば、自分はなのと不器用で、生々しい感情に振り回されるだけの小娘に思えた。
(あの人に、敵うはずないもん……)
そのような劣等感から、つい凜に対しても拗ねた態度をとってしまった。後悔してもしきれないまま、ただ日は経ってゆく。彼にまた会いたいとは思うが、どう切り出したら良いかも分からない。変なところで思いきりがいいのに、肝心なところで戸惑ってしまうのが彼女の悪い癖だった。むろん、彼から連絡が来ることもなく、もう忘れ去られてしまったのでは――という不安がよぎってくる。
それで、いてもたってもいられなくなり、気づけばここまで来ていたというわけだ。
もちろん、愛稀は事のすべてを遙に話したわけではない。コスモライフとの間であった出来事や精神世界の話など、遙には到底理解し得ない話も多いだろう。だが、詳細を聞かなくても、遙には愛稀が思っていることが大まかに把握できた。そこは幼馴染の利点である。そのうえで、遙はつとめて冷静に言った。
「愛稀、今からショックなこと言うかもだけど、落ち着いて聞いてね」
「へ、ど、どうしたの……?」
と、愛稀は緊張した面持ちで迎える。
「今、あなたのやっている行為は、“ストーカー”っていうのよ」
「スト……!」
愛稀はあからさまに“ガーン”というような表情をつくった。
「そ。こんなことしてるってバレたら、先輩に嫌われちゃうよ?」
遙はズバリ言った。彼女としても、男性がストーカーになるという話はよく聞くが、女性、それも身近な友人がそれに近しい行為をしているのを目撃するのは、いささかショッキングなことではあった。
「どどどどどうしよう! 嫌われたくないよ」
今度は手足をばたつかせて、あからさまな困惑を表現する愛稀。
「だ・か・ら、落ち着いて聞いてって言ったでしょ!」
遙は今度はガツンと言い放つ。
「はひっ!」
愛稀は今度は、ピンと硬直して固まってみせた。わざとなのか素なのか、いちいち態度が大げさなのは昔からの彼女の特徴だ。もっとも、付き合いの長い遙はもう慣れている。
「そうならないための方法がひとつだけあるわ」
「……どうしたらいいの?」
硬直を解き、すとんと肩を落として愛稀は訊いた。遙は力強く答えた。
「当たってくだけろ!」
「当たって……くだけろ?」
「そう。なりふり構わずぶつかってみて、ダメなら諦める」
「ダメならって……」
「ダメと決まってるって言ってるわけじゃないのよ。ただ、動かないことには、答えは出ないってこと。さ、そうと決まれば行くわよ」
「え、今から?」
「もちろん。善は急げっていうでしょ」
遙は立ち上がり、愛稀の腕を掴んで、ぐいと引っ張った。ウジウジと悩んでいる彼女を見ていると無性に腹が立つのだ。四華への想いを引きずっていた頃の自分を思い出すからかもしれない。うまくいくにせよダメだったにせよ、愛稀にははやく次に進んで欲しい。それは、幼馴染としての思いでもあった。
しかし、遙とは対照的に、愛稀の心境は不安そのものだった。凜に振られたとしたら、せっかく見つけた自分のアイデンティティが崩壊してしまう気がした。結論を知るのが怖いのだ。だが、遙の強引さによって、その時はすぐそこまで迫ってきている。もはや、逃げることはできないようだ。
運命の瞬間が訪れようとしている。




