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コスモライフに関する騒動が終わり、凜たちに日常が戻ってきた。
季節は少しずつ春から夏へと近づいてゆき、そろそろ蒸し暑いと感じることもちらほら出てくる頃合いだ。
午前の授業を終えた遙は、ゲノム高次機能研究室に向かっていた。もちろん、研究補助のアルバイトが入っているためである。
仕事先の研究室の責任者である石山だが、本年度をもって本大学の教職を退く意向を示していた。突然の退職表明は周囲に驚きをもって迎えられたが、遙にはその理由がコスモライフにあるのだろうと、おおよそ察しがついた。
石山とは愛稀のことでひと悶着あっただけに、遙にも何も思わぬところがないわけではない。ただ、事態が収束した今となっては、お世話になっているという恩義を感じているのも事実であり、故に石山が大学を去るまでは、仕事を続けようと遙は思っていた。
大学はK市の街なかに広大な敷地を有しており、キャンパスが通りをまたぐ形で複数存在している。当該の研究室が入っている理学研究棟に向かうには、先ほど授業を受けていた講義室のあるキャンパスから出て、車道の向こうへと移動しなければならなかった。面倒臭がりな学生は車の往来が途切れた隙に車道を横切ったりするが、几帳面な遙はそんなことはせず、歩行者用の横断歩道がある場所まで移動し、青信号になるのを待ってから、向かいの歩道へと渡った。
キャンパスの入り口まで来た時。
「あら?」
と、声をあげてしまった。知り合いがいたのだ。その人物は、歩道側からキャンパスの門の壁に隠れるようにして、中をうかがうように見ている。そんな彼女に対して、果たして何をしているのかと、通り抜けざまに奇怪な視線を送る学生もちらほらいた。
その人物は、紛れもなく愛稀だった。
「愛稀、何をしているの?」
遙は彼女の方へと近づいて言った。
「うぉっ……! あ、は、遙ちゃん? どうしてここに――」
相変わらずのオーバーリアクションである。
「それはこっちのセリフよ。あなたこそ、ここの学生じゃないでしょ。何してるの?」
「えと、それは……その――」
まごついてしどろもどろになる愛稀。遙はため息をついた。
「ちょっと、こっちに来なさい」
遙は愛稀を連れて、キャンパスの中へと入っていった。これ以上、ここで他学生からの注目を集めたくもなかった。




