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夢の螺旋  作者: Tomokazu
第五章
49/57

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 9



 地面を数回転がった後、愛稀は起き上がって、後ろを振り返った。


「凜くん……!」


 だが、そこにあったのは思いもよらない光景だった。あれだけ広大だった双葉の空間は、すっかり縮小して、いまやビー玉のごとき小さな球体になっていた。愛稀は慌てて両手を差し出し、それを大事に抱えようとした。

 ところが、それは目の前で風化して、すっかり消えてしまった。


 向こうに置き去りにされた凜とともに――。


「そんな……せっかく巡り逢えたのに。嫌だよ、ずっと助けてもらってばっかりだったのに、助けてあげられずに終わるなんて」


 愛稀は泣きそうな声をあげた。しかし、彼女の腹の底からの想いは、口から言葉として発された後、虚しくも空間に霧散するのみだった。


「神様、どうか凜くんを助けて……!」


 ただ、愛稀は泣きながら祈るしかなかった。



 その時だった。



 愛稀の眼前の空間が突然縦に裂け、スリットになった隙間から何者かが顔を出した。


 それは、長い黒髪をなびかせた女性だった。清楚な薄手の白い衣服に身を包んでいて、その居ずまいはまるで後光が射しているように錯覚するほど、神々しかった。そして、胸には凜を抱えている。

 愛稀は驚いたまま、声を発することもできず、ただその場にへたり込んでしまっている。そんな愛稀の傍らに、女性は凜の身体をそっと置いた。ようやくここで、愛稀は我に返った。この女性が、凜を助けてくれたのだと理解した。


「あなた、誰なの?」


 と愛稀は訊いたが、女性は何も何も答えず、ただ凜を見下ろして、憂いある笑みを浮かべていた。愛稀ははっとした。以前、凜が言っていたことを思い出したのだ。



 ――好きな人はいるにはいるけどね、すでにこの世にいないんだ。



 その人の顔を知っているわけではない。ただ、愛稀にはピンときた。目の前にいるその女性こそ、凜の想い人である武崎 彩なのかもしれない。おそらく、彼女は自らの命が消えた後も、凜の心の中で生き続けていたのだろう。彼のピンチに乗じてその姿を現したのだ。


「凜くん、ねえ、起きてよ」


 愛稀は凜の方をゆすってみた。凜が見れば、この女性が実際に彩なのかどうかも分かるはずだ。それに、本当にそうだったとして、このまま凜を眠ったままにしておけば、後で彼が悔やむに違いないとも思った。しかし、凜はなおも目を覚まさない。愛稀は弱り顔を浮かべた。

 そんな愛稀の顔を、その女性はちらりと見てきた。ニンマリと挑発的な笑みを浮かべてくる。


「――へ?」


 愛稀は彼女の意図が読めず、ひきつった顔つきになる。これまでの女神のような様相からはほど遠く、あからさまに狡猾そうで俗っぽい表情だ。


 一体何なんだろう――。


 などと思っていたら、彼女はゆったりとした動きで、寝そべる凜の身体に覆いかぶさった。しばし彼の顔を見つめている。と思ったその時、彼女はおもむろに自分の顔を彼の顔に近づけて、唇に唇を押し当てた。


「あ……あ……」


 愛稀は驚きのあまり、声にならない声を出した。その間にも、女性は艶めかしく揺れながら彼にキスを続ける。その姿は神々しくありながらも、人間の情欲に溢れていた。

 双葉の結界で意識を失った時、愛稀は凜に彼に口づけをされていた。だが、彼女はそんなこと知る由もない。ただ、眼前の光景に圧倒されるばかりである。自分とこの女性との間に、歴然とした差があると突きつけられている気がした。


「あーっ!」


 不満と嫉妬のボルテージが一気に振り切れるままに、愛稀は絶叫した。


 ……何とも寝覚めの悪い夢であった。

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