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夢の螺旋  作者: Tomokazu
第五章
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 再び目を開けると、もとの場所へと戻っていた。

 愛稀の方を見た。未だ眠っている――と思った矢先、彼女は目を開いたと思うと、起動をはじめた機械人形のごとく、ぐわん!と勢いよく状態を起こした。


「あれ、凜くん。私、何してたの……」


 状況がまったく分からない――というようなきょとんとした顔で、彼女は訊いてきた。


「双葉にやられたんだ」


 凜は誤魔化さず、簡潔に答えた。


「…………」


 少しの間を置いて、記憶が蘇ったのだろう。愛稀はぶるっ、と足の先から頭の先まで、ひとつ身震いをした。


「そうだった――。どうしよう凜くん、双葉さん強いよ」


 不安げに言う彼女に、凜はつとめて気丈な声を出した。


「大丈夫だ。僕がついてる」


「凜くんが?」


「そうだ。僕が君の支えになる。だから、安心したらいい」


「そっか。そうだね」


 すんなりと愛稀は希望を取り戻したらしい。立ち上がり、双葉の方を見つめた。


「一緒に来てくれる?」


「ああ。僕の力では彼にはかなわないだろうが、君の手助けならできるはずだ」


「うん、ごめんね」


「『ごめん』じゃない。こういう時は、ありがとうだ」


「そっか――ありがとう、凜くん」


 死闘のさ中とは思えないほど、能天気な言い方だった。再び前を向き、

「行くよ」

 と短く言うと、双葉の方めがけて駆け出してゆく。凜もそれに続いた。我ながら意外なことに、彼女の超越的なスピードにもついていくことができた。ここは夢の世界であるということに改めて気づかされるとともに、その事実が彼に勇気をもたらした。


「これだけ力の差を見せつけられながらも、まだ歯向かってくるか……」


 双葉の口調は、さぞ驚いたようにも、心底あきれ果てたようにもみえる。かざされた手から、断続的に衝撃波が飛んだ。絶え間なく打ち寄せられるその圧力に、愛稀は動きを止めた。


「うっ、うっ……」


 と短く呻きながら、愛稀の膝が屈しかける。その震える背中に、凜は迷わず両手をあて、渾身の力で押し出した。


「行け、愛稀!」


 空気のバリアが弾け飛んだかのように、愛稀の身体は前につんのめった。凜から流れ込んだ奔流のようなエネルギーが、双葉の拒絶を粉砕したのだ。そのまま、愛稀は弾かれたように加速した。

 その表情は、はつらつとして自信に満ちている。彼が居れば大丈夫――そんな彼女の胸の中の期待が、確信に変わったのだ。

 驚いたのは双葉の方である。むきになって、何度も衝撃波を繰り出してきた。



 ザッ、ザッ、ザッ……!



 地面に音を立てながら粉塵を舞う中を縫うように、愛稀は衝撃波を避けつつ双葉に向かって駆けてゆく。その姿は、水を得た魚のようだ。凜が近くにいるだけで、愛稀の力は何倍にも増幅されるのである。

 やがて、双葉の目の前で、愛稀は一回転した。

 思いきり反動をつけ、空中回し蹴りを双葉にお見舞いする。



 ガキィィィン!!



 金属質な衝撃音が空間に響いた。衝撃に双葉の身体は耐えられず、吹き飛ばされる。


「わっ……と!」


 愛稀は一瞬バランスを崩して、場違いに間の抜けた声をあげたが、すっくと体勢を立て直した。宙を舞っていた双葉も、すんでのところで着地し、激しい土埃をあげながら体を止めた。彼の表情は、怒りと苦悶の表情に醜く歪んでいる。一方で、愛稀は精悍な顔つきをもって、彼と対峙した。


「双葉さん、この世界はあなたの所有物じゃないよ」


「なに?」


「精神世界は、私たちのあらゆる思いを吸い取って増幅しながら、私たちにそれを還元する。誰もがこの世界に関わりがあるの。私たちの心が良くなればこの世界も良くなるし、逆に悪くなれば、この世界の有り様も悪くなって、それは現実に還ってくる。個人が好きにできる場所じゃないんだよ」


「小娘が、貴様に何が分かるというのだ」


「そこまで知らないのかもしれない。私バカだし、そこまで色んなことを理解する頭があるわけじゃないから。でも、分かることもある。それは、誰もが皆、自分なりの幸せを願って生きてるってこと。だから、自分の私欲のために、他の人たちを不幸に陥れるなんて、絶対しちゃいけない」


「私はこの世界の神だ。私こそが正義なのだ。信者たちにとっても、この私にわが身を捧げることが幸福なのだ」


「違う。双葉さんがやってるのは、人の弱みに付け込んで、偽りの救いをちらつかせてるだけ。そんなのが正義であるわけがない」


「黙れ! 貴様の戯言など、ひと思いに消し去ってくれるわ!」


 双葉の身体から、エネルギーが光となって溢れだした。それは、まるで正義とは程遠い、どす黒く蛇のように渦を巻きながら大きくなっていった。


「凜くん!」


 愛稀が彼の名を呼ぶ。凜は彼女の傍らに立った。


「私に、力を貸して」


「もちろんだ」


 愛稀が自分の内面のパワーを解放する。凜は、彼女に自分の力をすべて分け与えるよう願った。ふたりの周囲を金色の光がまとった。

 互いのエネルギーは徐々に膨らんで、間合いを消してゆく。ついにそれらが重なった時、激しいスパークが飛び、轟音が響いた。この空間を揺るがすほどの力と力のぶつかり合いだった。大地からは地響きがして、空には暗雲が立ち込めて雷鳴がとどろく。それでも、なおも両者の力の応酬は続いた。双葉も愛稀も、自身の内在するパワーを極限まで高めて相手に抵抗する。凜は自分のすべてを愛稀に差し出しても良いと念じた。


「なっ……?」


 ふいに、双葉が声をあげた。激しいパワーのぶつかり合いの中で、異変に気づいたのである。凜も愛稀も一足遅れてそれに気がついた。自分の立っている足元――その感覚が急に脆弱になった気がしたのである。空は赤黒く変色し、いまにも崩れそうだ。周囲の景色もその形を維持できないかのように徐々に歪んでくる。

 突如、地面が急に大きくひび割れたと思った刹那、双葉の足元がばっくり割れた。下には万物を飲み込んでしまうような漆黒の闇が広がっている。双葉は絶叫とともにそこへと吸い込まれていった。驚く間もなく、地割れは凜と愛稀の立つ方へと続いてくる。


「どういうこと! 一体何が起こったの!?」


 愛稀が叫んだ。


「対消滅だ!」


「何なの、それ!」


 愛稀が訊いてくるが、詳しく説明している暇はなかった。


「逃げろ!」

 と、凜は叫んで、踵を返して走り出した。愛稀もすぐに彼に続く。


 振り返ると、地割れはインクをこぼしたかのような暗黒の虚無を形成しながら、凜たちを追ってくる。捕まれば、双葉のように無の奈落へと誘われてしまうだろう。

 ある物質と相対する物質を互いにぶつけ合った時、それらが消滅してしまう“対消滅”という物理現象がある。凜は、今起こっていることは、それに酷似した現象であるとにらんでいた。

 双葉と愛稀、両名が互いにパワーを解放し合った。支配と解放。利己主義と自己犠牲。相反した想いが、この結界に充満する。結果、その矛盾に空間は存在に耐えられなくなった。プラスとマイナスのエネルギーが互いに臨界点を超え、空間そのものを食いつぶしていったのだ。


 いまや、双葉の結界はすでに大半が無に帰しており、ゼロの世界は凜と愛稀の前にも迫ってきているのだ。飲み込まれまいと、凜も愛稀も必死で走った。

 やがて向こうの方に、七色の光に彩られたベールが見えてくる。ふたりは、ここがこの空間の末端なのだと理解した。ここを越えれば逃げ切れる。だが一歩遅かった。愛稀の足下に、大地の瓦解が到達したのだ。足場を失った彼女は、漆黒の闇へと引きずり込まれた。


「きゃっ!」


「愛稀!」


 振り返った凜は叫んで、無我夢中で手を伸ばした。無意識に挙げられた彼女の手を掴むと、渾身の力で引き上げ、遠心力を駆使してぶん投げた。

 投げ飛ばされた愛稀は、双葉の結界をぶち破り、空間の外へと転がった。

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