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水浸しドロップ  作者:
In fact, darkness:第一幕
22/22

改めて、よろしくね

諸事情によりかなり更新が遅れてしまいました。

すみません。

『はじめましてみやちゃん、ぼくはかんだくずみです』


『は、はじめまして!…く、ずみくん。わたしはあづみみや、です』




私を見て笑う君、恥ずかしくて少し俯く私。

その後ろで、シャランと鈴のような何かが鳴る。




『おかあさんたちがふたりであそんでてっていってた。おかしもってきたからいっしょにたべよ!』


『わぁ、おいしそう…っ!く、くずみくん、ありがとうございます!』




キラキラしたお菓子を渡して、目を輝かせる私に満足そうに頷く。

きっと、この日が最初で最後だった。




『みやちゃん、ずっといっしょだよ』


『…いっしょ、ですか?』


『うん、ずっとずっと。しょうがくせーになっても、おとなになっても、けっこんしてもいっしょ』


『けっこ、ん』


『…あ、そうだ!ぼくとみやちゃんがけっこんすればいいんだよ!』




名案だ、といったようにパタパタと互いの両親の元へ駆けて行く彼を、じっと見つめた。

このときはどれだけ彼の言葉を信じていたのだろう。

今は、どれだけ彼の存在を望んでいるのだろう。

距離が遠ければ遠くなるほど、渇望してしまう。


私にとって彼は、初めての友人であり、初めての恋の相手でもあった。




『これでもうずっといっしょだね。はなれちゃだめだよ。ふうふはよりそうもの、っておかあさんがいってた』


『…そう、なのですか?わたしは、くずみくんのおよめさん?』


『うん、ぼくの…ぼくだけのおよめさん』



硝子が割れて、彼が消える。

小さな面影が徐々に徐々に男らしい体格になってきて、あの頃よりも低めな声が寂しげに私を呼ぶ。

きっと今でも、私と彼は変わらない。



『ずっとずっと、やくそくだよ』




… … …



蛇口からぴちゃん、と落ちてきた水滴がシンクに垂れる。

右手に持っていた包丁と、左手に持っていた剥きかけのゴボウをまな板の上に置いた。

コンロの方からはぐつぐつという沸騰音と醤油の香ばしい匂いが通ってくるが、まだまだまな板に材料が残っている。

それらを眺めて見るも、どうにも作業に集中出来ない。

家主を抜いてリビングに居合わせた彼らを見つめ、初めて人付き合いをした日の事を思い出した。


本日会うはずだった女の子は、オクムラで私を助けてくれた女の子、八尺椿さんだった。

短く切り揃えられた異国の血が交ざっているような赤茶の髪の毛に、健康的な小麦色の肌を持っている。

そんな彼女は、私とは正反対な、笑顔が似合う魅力的な女の子だった。

こんな子と友達になれるのか、なんて不安が胸をよぎったけれど、何故だが彼女に抱き締められた時に感じた温もりが、少しだけ私の心を落ち着かせてくれるようで、あまり悩まずに済んだ。

嘉納くんに紹介されるよりも先に出会ってしまったので、一旦嘉納くんに電話してから八尺さんを私の部屋へ案内した。

そしてその数分後に嘉納くんが訪れたのだが、…。




「安曇さん、手伝う事ない?」




何でここに、木更津安齋がいる。

にこにこ笑ってキッチンに顔を出した木更津先生に顔を歪めそうになった、が直前でその表情を抑え込む。

此奴…何を考えているんだ。

「オクムラ」でちょっとしたハプニング(と言う名の自己紹介)が起きた後、買い物を済ませた私に、彼は「荷物を持つよ」と言って買い物袋を奪って着いてきた。

その流れで木更津先生の分のご飯も作ることになってしまい、いま現在この人に隙を与えた事をとても後悔している。

私はどうも、木更津安齋は受け付けない性質(タチ)なようだ。




「え、と…いまは別に」


「本当に?遠慮しなくていいんだよ?」




し、しつこい…!

遠慮ではなくてですね、本当に嫌だって思ってる事を理解してほしいのですが。

いや、ここは好意(?)を有難く受け取っておいた方が礼儀的にも良いことは分かっている。

でも、あからさまに嫌がっている生徒に詰め寄らなくたっていいのではないか?

初めて会ったときの木更津安齋とは大幅に違う雰囲気に戸惑ってしまう。

悪意や殺意、探る視線が全くと言っていいほど見受けられないから、好意に対して断るのも断れない。

きっとあのときは秀薗先生が居てくれたからこの人も落ち着いていたのだろう。

何処かで、秀薗先生と木更津先生は親友だと言った話を耳にした。

もしこの人が私に向けた悪意が、秀薗先生を守るためだとしたら。

そうだとしたら、私がこの人に感じた違和感に頷くことができる。

けれども、その仮定を肯定できるほどの材料は何処にもない。

分かってはいる。

私がこの人を、『罪の果実』キャラクターとして認識するのではなく、現実にいる学校の先生だと意識すればいい。

ただ、そう、いたって簡単な話だ。

それでもその簡単な事が、どうにも苦手らしい。

変わるのが怖いから、そんな言い訳が身体を守る。


何となく、違う理由があることは分かっている。

初対面の時に木更津安齋という人間を強く拒絶したのはそのせいとしか思えないからだ。

証明が出来ているのに、理由の正体が分からない。

モヤモヤとした疑問が胸に巣くう感覚が煩わしくて、喉から音を絞り出した。




「遠慮は、してない、です」


「どうかな。秀薗先生が安曇さんは遠慮がちだから、って心配していたけど?」


「せ、先生は優しいので…」


「いやいや、他の先生達からもそうだと聞いているんだけどなぁ」




この人のお節介は、胡散臭い。

ここで苦笑しながら言うのではなく、クズミなように爽やかな笑みを浮かべて言うからこそ胡散臭いのだ。

これさえなければ、少しくらいこの人の事を"先生"と呼んでもいいと思えるのに。

木更津安齋が秀薗先生みたいな人だったら、少しは私の態度も変わったのだろうか。

…想像できない。




「ちょーっと木更津医師、そこまでにしておいてよ。まだ私と天使ちゃんのお見合いは終わってないんだから」




八尺さんが私と先生の間に割って入って、その間を大きな穴にする。

そのまま私を背中に隠して、先生から守るようにして目の前に立ちふさがった。

女の子ってこんなに逞しい存在だったっけ。

あれ、ていうか…天使ちゃん?

それって私の事か…?

お見合いって、もしかして嘉納くんが仲介者で、私と八尺さんのことかな。

女の子ってこんなに発想力豊かだったっけ。




「え、ちょ、八尺さん押さないで…!」


「生徒が心配なのは分かるけれど、行動が胡散臭すぎて天使ちゃんが怯えてる。ほら出てった出てった」


「や、八尺さんっっあのさ、え、ちょっと!」




何かを言っている木更津先生をキッチンから追い出して、綺麗な流れ作業でゲーム中の嘉納くんに押し付ける。

その一連の行動を何処か他人事のようにぽけ、と見ていると炊飯器のアラーム音がキッチン全体に鳴り響いた。

その音に飛んでいた意識を戻されて、ハッとする。

やばい、木更津安齋に構いすぎた。

おのれペテン師、私を脅すだけ脅したくせに晩御飯を食べたくないのか。

明日は生物の単元テストがあるから、あまり遅くまで二人を残すわけにはいかない。

8割合格のテストで、8割以下の点数をとった場合は追試を受けなければならない。

この単元テストが評定にそのままそっくり移行するので気を抜けないのだ。

木更津安齋は保険医だから別段気にしないだろうけれど、もう少し生徒の事も考えた方が良いと思う。

例えばそう、秀薗先生のように。

あんなに生徒思いな先生は中々居ないだろうから、見習えっていう方が酷なのかもしれない。

それでも少しばかり爪の垢を煎じて飲ませたい。

ああ、そうだ。

木更津安齋のご飯にだけ、秀薗先生の髪の毛でも潜り混ませればいいんだ。

そうすればきっと中から綺麗な木更津安齋が生まれる。

なんてことだ、クリーン木更津の誕生じゃないか!


思考を彼方に飛ばしてウキウキと心を踊らせ始めた私に、現実が無情に鳴る。

鍋が沸騰してしまった。

慌てれば慌てるほど、縁からどんどん煮物の汁が吹き零れていく。

お、落ち着け私。

何だかやっぱり、初めての女の子に浮かれているみたいだ。




「わ、わー!弱火弱火…」


「へぇー、安曇さんは料理が得意なんだ」


「?!!」




い、いつのまに!

あれ、八尺さんはリビングに木更津先生を持っていったんじゃなかったの?

いつから私の後ろにいたんだろう。

突然の事態がダブルで起こったことにより、更にオロオロしてしまう。




「落ち着いて、安曇さん。貴女をとって食うつもりはこれっぽっちもないの」


「!?、く、食う?!!」


「ははっ言葉の綾だよ、本気で食べる訳じゃないって。本当に安曇さんって、嘉納が言ってたとおりの可愛い子だ」




始終笑顔で私を見つめている八尺さんは、キッチンに置いてあった小さな椅子を見つけるとシンクの横に椅子を置き、「見ててもいい?」と一言断りを入れた。

そんな彼女に、こくりと頷いて返事をする。

どうしても、上手くいかない。

彼女と話してみたいのに、喉から声が出ない。

話しかけられると戸惑って慌てて、失敗してしまう。

今だって、彼女に見られていることを意識しすぎて手がカタカタと小刻みに震えている。

私の、こんな不器用な所が嫌だ。

もっと積極的になりたいと思っているのに。

自分から友達を作ってみたいのに。

どうすれば、いいんだろう。

いくら考えてみても分からないので、一旦止めて出来上がった料理をお皿に盛り付けることにした。

せっかく嘉納くんがくれたチャンスなのに、勿体ないことをしている。




「ねぇ安曇さん」


「…?はい」


「私ね、霧藤に来たのは中学二年からなの。だから外部生の貴女が高等部から入学してきてくれて、本当に嬉しい」


「…え」


「この学校、お金持ちばかりじゃない?私は一般人だからちょっと気後れするところがあるというか。嘉納とか、Aクラスの奴らにもチラホラ庶民がいるけれど、庶民派の女の子って少なかったから寂しかったのよね」




確かに、言われてみるとAクラスって女の子の人数が他クラスと比べてみると若干少ないかもしれない。

Aは基本的に小数の特待生、奨学生と成績優秀な一般生で構成されているからか、その構成数も少ない。

理事長によると、その辺りは外部生の学園生活を考慮した上での配慮らしい。




「しかも、ホラ。私今年の3月から今月までちょいちょい諸事情で渡米してたから、クラスに馴染みがないのよね。まあ、嘉納と仲が良いせいでもう一人の学級委員にされちゃってるんだけど」


「…嘉納くん、時々強引だから」


「そうそう。断らないの知っててやってるんだから、ほんと性格悪い」




そんなことないよ、と彼女の言葉に否定を入れたいのに普段の嘉納くんの行動を思い返してみると賛同することしか出来ない。

そうなのだ。

彼は優しいけれど、それだけではなくて時々有無を言わせない強引さを以てその場を落ち着かせようとする。

その判断が正しいと分かっていても、言われたこちら側は唐突だから納得できない。

それでも、そんな強引なところがあっても他の色んな事が彼のことをカバーしてしまうからか、少なくとも私は彼を本気で憎むことが出来ないのだ。

そこが嘉納くんの粗さが目立つところだけど、他人に好かれやすいポイントなのかもしれない。




「あ、でも今日のお見合いは私が頼んだことだから、そこだけは勘違いしないでね。アイツじゃなくて、私が貴女と仲良くしたいんだから」




彼女が何でこんな私と、って思っていた。

やっぱり嘉納くんが気を使って言ってくれたんじゃないのかって。

でも、何だか、この人と話していていつの間にか緊張していない自分を見つけたから。

もっと自分から、仲良くなりたいかもしれない。




「アイツの紹介がなくたっていずれ貴女に突撃してた。不揃いな私だけど、私と友達になってほしい。絶対、必ず大事にするから!」




ちょっとずれている彼女の言葉に笑って、差し出された左手を両手で包み込んだ。

暖かくて、眩しいなぁ。




「八尺椿です。趣味は昔は水泳、今は可愛いもの鑑賞。つーちゃんって呼んで欲しいです」


「…え、と。安曇深弥です。趣味、は読書で、」




私もこの手をとったらあのときのお兄さんみたいに、また何かを好きになれるのかな。

『みゃーって呼んでいい?』そう言って笑って、私に手を差し伸べてくれたあの人みたいに。

私も、自分から。




「みゃー、って。みゃーって呼んで下さい」




今度は私から、初めまして。

一緒にご飯を食べてくれませんかってお誘いをして、リビングに二人で戻るんだ。

それで嘉納くんにありがとうって言って、それから、それから。

明日会ったら、おはようと言って笑い合ってみたい。

そんな些細なことを一つずつ。


お母さんお父さん、それからあのときのお兄さん。

私にも、女の子のお友達が出来ました。

椿 「本当に友達になりたい人には、初めましては、まず握手から。そして友達になって下さいって言って、思いっきりの笑顔で自己紹介をするの。みゃー、いい?」


深弥「はい!つーちゃん!」


翠「やめて。安曇に嘘を教えないで。安曇は純粋なの。お前と違うの」


木更津さん「え、じゃあ安曇さん僕と握手しようよ。にしても切り干し大根めちゃくちゃ美味しいんだけど。やっぱり結婚するかい?」


深弥、椿、翠「「「帰って」」」

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