騎士の本分
※詰所にて、プライム団長とエンゲルハイトの会話。本編では「夢を紡いで」の後くらいのお話です
一言で表すなら、プライムは困惑していた。
王立騎士の誘いを断って、神聖騎士を目指して無心に武を磨いた青春時代。13歳で、当時は最年少の準騎士入団。晴れて神聖騎士になった初陣で、盗賊討伐へ向かう陣営の中に国王の姿を見た時以来か。
こちらを見上げたまま、不動に徹する青年を見やる。
「エンゲルハイト」
「はっ」
「お前、意外に惚れっぽいヤツだったんだなあ」
「は、はあぁ?!」
指示を待つ真剣な眼差しが真ん丸になり、顔がたちまち朱に染まった。
プライムの後ろでは副団長が額に手をやっているが、こっちはいつものことだ。言いたいことがあれば言ってくるだろうし、一人で頭痛に耐える程度ならば放っておけばいい。
「自分は、そーゆー不純な動機ではないッス!」
「純な気持ちで、惚れたと」
「団長っ」
違うんですと叫ぶエンゲルハイトは、完全に茹で上がっている。
神聖騎士という名称のおかげで高尚な印象がつきまとうが、本当はちょっと違う。荒くれ者から見れば、上品そうに見えるだろう。その実態は傭兵集団が騎士っぽく振る舞っているだけにすぎない。酒は大いに飲むし、女も抱く。興が乗ってくれば、大声で歌う。気に入らないことがあると殴り合いの喧嘩が起きるし、ひどい時には剣を抜く事態まで悪化したこともある。
さすがにそこまでいくと、団長権限で懲罰を与える。
貴族の子息から孤児院出身者まで、様々な出自を持つ若者たちが集う騎士団だ。問題が起きないわけがない。それに王都の治安維持と国内の賊退治、たまに出没する魔物の討伐まで幅広い内容が任務に加えられるため、団長のやることは多い。多すぎる。
だから、こうして自主的にやりたいことを進言してくれるのはいい。
「近衛騎士団が出てくる事態になっているんだ。残念だが、お前の出る幕はない」
「護衛の一人として、お傍にいたいだけッス。団長に命令された内容とも、矛盾はしてないッス」
「あーまあ、それはそうだが」
確かにプライムは、エンゲルハイトとユリウスの二人に彼女の見張りを命じた。ミリエランダの身に何かが起きる、あるいは王城に異変が起きた時には最優先で「侍女ミリィ」の身柄を確保しておくこと。
それが前々からの約定だったからだ。
実際、かなり危なかった。
どこから嗅ぎつけたか、王女の寝室から出た途端に王立騎士団と鉢合わせした時には冷や汗が出たものだ。その場はうまく切り抜けたものの、王城に詰める兵士たちは王立騎士団の直属下にある。
一時は暴動化し、王立騎士と神聖騎士の戦闘があちこちで発生していたのだ。近衛騎士が彼女の保護に向かったのは、神聖騎士では守りきれないと判断したからだろう。
(王子派の議員連中まで出てくると、こっちは動きづらいしな)
ちなみに、まだ暴動は続いている。
議会室にだいたい追い込んだはいいが、今度は指揮系統を失った兵士や王立騎士が混乱しているのだ。日頃の不満やうっ憤晴らしも一役買っている。どんな理由にせよ、同じシクリア人であるために殺すことはできない。近衛騎士たちも手を出しあぐねているらしく、プライムは騎士団詰め所で指示を出しているところだった。
「とりあえず、反乱を完全に鎮圧するのが先だ」
「団長!」
「我々神聖騎士の使命は何だ?」
「……シクリアの、この国に生きる全て人々の命を守ることッス」
「王立騎士や兵士は何だ」
「…………っ、シクリアの民ッス!」
「だったら俺たちが守らずして、誰が守る。後から出てきてデカい顔をしている近衛騎士か? 何処にいるかも分からない神か? 言ってみろ」
「自分たち、神聖騎士団ッス!」
エンゲルハイトが悔しそうに叫んだ。
理想を高く掲げても、己の手は二つしかない。必死に剣を振るって、それで守れるものは限られている。結局は、どちらを優先するか。何を選び、何を捨てるか。
一つもこぼさずに、全部拾い上げることは不可能だ。
(それでも俺は、愛する家族を優先するだろうな)
結果として他の人間が死んだとしても、プライムにとって守るべき対象は愛する妻と子供たちだ。シクリアの民は、その次になる。
神聖騎士の中には、家族よりも優先すべきだと考える者もいるだろう。
騎士の本分は唯一無二の定義に当てはまらないと、プライムは考えている。エンゲルハイトが少女の安全を優先しようとするように、プライムは兵士を優先する。彼らを先に抑えてしまわないと、貴族たちの屋敷も危険に晒される可能性があった。
「まだ納得していないようだな」
「当たり前ッス……」
「なら、言ってやる。先日、神聖騎士団に出動要請があったのを覚えているな?」
「覚えてるッスよ。確か、北の国境沿いにある村がいくつも襲われてるとか」
「村の規模は小さいが、被害は広範囲に渡っている。そのせいで、かなりの人員を割く必要があった」
国境を越えれば、バロア王国だ。
最近になって軍部増強を進め、領土拡大のための戦が危惧されている。シクリアは質の高い武器や防具を輸出することで、各地からの侵攻を未然に防いできた。どこかの国に占領されれば、シクリアで作られる良質な装備が手に入れられなくなるからだ。
「今回の反乱は、王都に駐在する神聖騎士団が減った隙を狙ったものだろう」
「まさか! それでは王子派の中に、他国と通じている者がいることになるッス」
既に内通者を絞りつつあることは言わないでおいた。
若い騎士であるエンゲルハイトには信じがたい事実だろう。外交において、最もしてはいけないことだ。文字通り、国を売る行為である。
「偶然ってこともあるがな」
「そうに決まってるッス。王子派は陛下の崩御以来、動きを活発にしたッスから」
「王子に継承権がないと知った上で、な」
「………………」
「知っていたか」
エンゲルハイトが俯いたまま、頷いた。
王城には数えきれないほどの噂が飛び交っている。暇な貴族たちの愉しみの一つになっているから、次から次へと色々なものが生まれては消えていくのだ。
その中に、マルセル王子の噂もあった。
大抵の内容は尾ひれがついていまった嘘の話だが、どんな噂にも元となった話がある。レティシア・クーベルタンは、執政官のジャン・レノと婚約していた。その前に関係を持った男がいたのだ。もちろん、クーベルタン家にとって醜聞以外のなにものでもない。
イザベラ王妃の子が出産直後に亡くなったのは、いっそ好機と言えただろう。
(その亡くなったことすら、仕組まれていた可能性は)
なくもない、と考えてしまうプライムは苦い気持ちになった。
貴族社会の闇は深くて、濃い。どろりとしていて、ねっとりしていて、まとわりついてくるとなかなか取れないものだ。そのうちに慣れてしまい、当たり前だと思うようになる。
エンゲルハイトも貴族の子息だが、まだ染まっていないのがいい。
「ユリウスは、マルセル様をどこへお連れしたんだ?」
「議会室ッス。王子派の議員と、イザベラ王妃がいらっしゃるんで」
「…………まあ、妥当なところか」
「別の部屋へお連れした方がよかったッスか」
「いや、大丈夫だろう。何か起きても、近衛騎士が見張っているしな」
「団長は」
「ん?」
「プライム団長は、近衛騎士団のことを高く評価しているんスね」
「とりあえず騎士団っていう体裁をとっているが、実のところは単独行動が主体の隠密部隊だからな。個々の実力はかなりのもんだぞ」
「へー」
彼らに「騎士の本分」は存在しない。
その特殊すぎる性格のために、存在は秘された。さすがに近衛騎士団が成立した経緯までは知らないが、国王の専属部隊としても異色すぎる。
「騎士としての誇りは俺たち、神聖騎士団に勝るものはないと自負している」
プライムの言葉に、ぱあっと顔が輝いた。
「そ、そッスよね! 騎士は弱い者を守ってこそッス」
「再認識できたところで、エンゲルハイト」
「はっ」
「暴徒鎮圧に参加してこい。この馬鹿騒ぎを終わらせる」
「了解ッス!」
びしっと敬礼をして、エンゲルハイトが詰め所を出ていく。
単純な奴で助かった。もう少し深く突っ込まれていたら「侍女ミリィ」こと、ユーコに関する機密事項まで触れてしまうところだ。プライムに彼女のことを頼んだ時、ミリエランダはまだ気付いていないようだったが。
今頃は何かしらの情報を得ているだろう。
(魔術師の血統か……。そんなもの、さっさと風化してしまえばいいのにな)
この地に竜が眠る限り、二つの塔が存在し続ける限り、到底無理だと分かっている。
プライムの実家はかつて、強い魔術師を多く輩出する家柄だった。数百年の時を経て、すっかり廃れた今は蝋燭の火を灯すのがせいぜいだ。プライムにも魔力の片鱗くらい残っているが、剣の方が性に合っている。
それでも、この血が騒ぐのだ。
かつての悲劇が、甦ろうとしている。ミリエランダによく似た少女が現れたのは、その兆候に過ぎないのだと――。
そして、大地震が発生。
エンゲルハイトが柚子の所へ戻れなかったのは、こういう理由がありました…。




