第9話 シアンのメモと独自の魔術
6本目の木材を運び終える頃には夕方になっていた。ギルドの前に最後の木材を降ろし、アルトは座り込んだ。
初めての依頼の達成。報酬については全く確認していなかった。メリルのところで手続きをすると、小銅貨2枚を渡された。クレアと1枚ずつ分けることを想定した報酬なんだろう。
次の依頼は明日受けることにして、クレアと入口で別れる。
「アルトーまたあしたー!!」
クレアが元気に手を振っている。明日も今日くらいの時間に起こしにきそうだ。
帰り道、シアンと出会う。
「アルト君、ギルドの帰りかな?」
「そうだよー」
ここで、ブリーズステアの詠唱のことを思い出し、シアンに聞く。
「ブリーズステアの詠唱って、『巡る大気の理よ、器の内に見えざる指先を這わせよ。千の風を縒り合わせ、異なるものを一つに融和せしめん』……であってたっけ?」
シアンが目を丸くする。
「もう覚えたの?さすがアルト君だねぇ、じゃあもう、これはいらないかなぁ」
シアンが1枚の紙切れをアルトに手渡す。
ファイアーボール、ウォーターボール、ブリーズステア、ウインドカッターの詠唱が書かれたメモだった。
「ありがとー!」
詠唱自体は間違っていなかった。アルトはすぐに、ブリーズステアの詠唱を始める。
シアンの隣で、ブリーズステアの詠唱をブツブツと繰り返しながら、帰路につく。
さすがに晩ご飯の間は魔術の練習はできない。急いで準備して、急いで食べ終えて寝床に入る。部屋の中央には小さなファイアーボールを浮かせて置く。
何度も何度もブリーズステアを詠唱する。しかし、魔力が吸い出される感覚が一向に起こらない。
シアンのメモを見直す。
万象を司る火の神よ。我が魔力を糧として、原始の炎を此処に顕現せよ。
万象を司る火の神よ。我が魔力を糧として、原始の炎を此処に顕現せよ。
巡る大気の理よ、器の内に見えざる指先を這わせよ。千の風を縒り合わせ、異なるものを一つに融和せしめん。
吹き荒ぶ蒼空の覇者よ、大気を束ねて不可視の刃を鍛え上げよ。虚空を這い、万物を裂く無慈悲なる一閃を此処に放たん。
改めて考えると、FランクとEランク以上では、詠唱の構造が全く違うことに気付く。
そして、ブリーズステアは初めての風魔術だ。まずは風のFランク魔術から始めるべきなんじゃなかろうか。
アルトは思いつきで全く別の詠唱を試みる。
「万象を司る風の神よ。我が魔力を糧として、原始の風を此処に顕現せよ。ウインドボール!」
魔力が吸い出される感覚を感じる。
アルトは手応えを感じ、この詠唱を繰り返す。しかし、数十回繰り返してみて、そもそもこれは成功したらどうなるのか疑問を感じる。風は目に見えない。
先ほど作った部屋の中央にある小さなファイアーボールに手を向けて練習する。ある時、ファイアーボールがスッと消えた。成功のようだ。しかし地味だ。でも、アルトは無詠唱と制御ができるまでひたすら練習してしまう。
ウインドボールの制御は面白かった。魔力的つながりがあるから、アルトにはそこにウインドボールがあることが理解できるのだが、全くの無色透明なのだ。魔力でつかむ感覚、その力を強めると、簡単に小さくなった。小さく作るのではなく、大きく作ったものを小さく圧縮することができるのだ。ウインドボールというよりもエアーボールもしくは空気玉と言った方が正しい気がする。
どうせ今後は無詠唱で使うのだから、アルトは空気玉と呼ぶことにした。圧縮すればするほど、膨らむ反発は強まった。瞬時に力を弱めると、周りの空気が押され、風が起こった。
もっと他のものも作れそうだ。興味は尽きない。
「万象を司る光の神よ。我が魔力を糧として、原始の光を此処に顕現せよ。ライトボール!」
もちろんすぐには成功しない。しかし、確かに魔力が吸われる感覚がある。
何度も何度も詠唱を繰り返した。夜が更けていく。そして、その瞬間がきた。詠唱の直後、あたりが真っ白になる。成功したことは間違いなかった。
何が起こったか理解できるまで、何度もライトボールを放つ。そのたびに同様の現象が起こる。魔力のつながりに意識を向け、何が起こっているのかしっかりと確認する。
手から放たれたライトボールは視認できないくらい明るく、辺りを白くする。それがテントの壁に当たってすぐに消滅していることが分かった。強烈なわりにライトボール本体は大変弱いようだ。
これも無詠唱まで進み、制御に取り掛かる。これは大きさよりも強さが重要だ。なるべく弱く作り、部屋の中央に浮かせることを目標とする。ファイアーボールよりも断然便利な灯りになるはずだ。
灯りの生成に成功すると、次はまた別のことに挑戦したくなる。もしかすると、この方法で何でも作り出せるのかもしれない。例えば、金とかどうであろうか。アルトの知る限り、もっとも高価なものだ。
「万象を司る光の神よ。我が魔力を糧として、原始の光を此処に顕現せよ。ゴールドボール!」
魔力が吸われる感覚がある。しかし、それは止まらなかった。魔力を吸う力がどんどん強くなっていく。
ズー……手の前方から吸引音が聞こえ、それが加速し始めた。ライトボールが点滅し、消える。アルトは恐怖を覚えた。
「あ、これ、ヤバっ……」
意識が薄れていく。魔力切れ、すっからかんだ。金はできなかった。やっぱり金は高いってことだな。もうろうとした意識で、昼のクレアの詠唱を思い出した。神様は番頭さんで、金を買うには魔力が足りなかったのかもしれない。
アルトはバタリと倒れた。




