第6話 魔術の詠唱と消えないファイアーボール
ダンからは怒られなかった。
アルトは晩御飯の準備を指示され、野草や根菜の入った水を火にかけ、干し肉を準備する。
あたりはすっかり夜になり、シアンを含め3人で焚火を囲んで、食事を始める。この段階で、ダンが口を開く。
「さて、『魔剣』のことだが……」
アルトは身をこわばらせる。ついにこの話題だ。
「冒険者はいつ死んでもおかしくない仕事だ。だが、まぁ、まずはEランクを目指せ」
ダンは笑顔である。嬉しそうな顔ではない。何といえば良いのか、それは狡そうな笑顔である。
アルトは少し嫌な予感がした。けれど、怒られなかったことに安心した。問答無用のゲンコツを食らうよりはよっぽど良い。アルトは元気よく答える。
「うん、がんばる!」
その後は、ダンとシアンでの仕事の話になった。村に冒険者用の宿屋を作るとか、そういった話のようだが、アルトはあまり聞いていなかった。
今日一日で色々なことが起こった。
フォレストウルフの群れと遭遇してしまったこと、そして、撃退できたこと。シアンと会ったこと、そして、シアンの魔術。帰りにクレアに見つかってしまったこと、冒険者になったこと。
ダンとシアンの会話は思い出話にうつっていた。強力な魔物との戦闘の話だ。
そこで、アルトはシアンの魔術を思い出し、口を挟む。
「シアンさんの魔術ってスゴイよね。ああいう魔物を迎え撃つような魔術ってどうやるの?」
シアンではなく、ダンが答える。
「ああ、シールド系の魔術だな。確かCランクの魔術だよな。スゴイよな……。ん?そういえばお前、そんなの見たことあったか」
今日見たやつだ。失言だ。アルトは咄嗟にごまかす。
「ほら、前に父ちゃんが言ってた……」
シアンが付け加える。どうやら、アルトがごまかすのを手伝ってくれるようだ。
「うん、Cランクの魔術だね。アルト君の使っているのがFランクの魔術だから、その3つ上のランクになるかな」
「今度、僕にも教えてよ」
「そうだね。3日ほど、ポルケに滞在する予定だから、その間にいくつか教えてあげるね」
勝手に森に行ったことをごまかすことだけ考えて、話を続けたが、これはありがたいことだった。アルトは1歳になる前から、ファイアーボールを使っていた。けれど、4歳になった今もファイアーボールしか使えない。
もっともこの世界で魔術を使い始めるのは、6歳頃が一般的である。魔術を志す者は6歳で魔術学校に入り、そこで初めて魔術を学び始めるのだ。
シアンが少し考えてから聞いてくる。
「ファイアーボールの詠唱は覚えているかな?」
「覚えてない……」
「詠唱をしないと新しい魔術は覚えられないからね。ファイアーボールの詠唱は覚えておいてね。万象を司る火の神よ。我が魔力を糧として、原始の炎を此処に顕現せよ……だよ」
「うん」
「で、まずはこれかな」
ここで、シアンはコップの上に手を広げる。
「万象を司る水の神よ。我が魔力を糧として、原始の水を此処に顕現せよ。ウォーターボール」
コップの中に水が湧き上がる。
ファイアーボールと詠唱の内容もほとんど変わらない。アルトにもすぐに覚えられそうである。
シアンが続ける。
「ウォーターボールはファイアーボールと同じでFランクだよ。次はEランクのこれかな」
シアンは焚火の上の鍋に向かって手をかざす。
「巡る大気の理よ、器の内に見えざる指先を這わせよ。千の風を縒り合わせ、異なるものを一つに融和せしめん、ブリーズステア」
鍋の中身がぐるぐると回り始める。アルトはわくわくしながら、鍋を見ている。
しかし、少しすると、回転は止まる。詠唱が難しいわりに鍋の中身をかき混ぜるだけのようだ。アルトは正直に感想を述べる。
「なんか、ショボイね」
シアンは笑いながら、返事をする。
「うん、Eランクは生活魔法ばかりだからね。で、最後にDランク」
シアンは右にまっすぐ、夜の闇に手を伸ばす。
「吹き荒ぶ蒼空の覇者よ、大気を束ねて不可視の刃を鍛え上げよ。虚空を這い、万物を裂く無慈悲なる一閃を此処に放たん、ウインドカッター」
その瞬間、アルトも巻き込んで、あたりに大きな風が巻き起こる。そして、少し先の方で鈍い音、その後、どん、と大きな音。
アルトが叫ぶ。
「すごい!!」
それと同時にダンが立ち上がる。
「村の木を勝手に切るな!!」
ごんっと、シアンの頭に容赦のないゲンコツが落ちた。
シアンは痛そうにしながら、自分に向かってヒールを唱えている。教えるとき以外は無詠唱のようだ。
そして、口を開く。
「明日、小さく切っておくから……。どうせ使うでしょ?」
ダンは答える。
「誰が運ぶと思ってんだ?」
シアンはダンにウインクをして言う。
「決まってるでしょ?」
ダンはやれやれといった顔だ。
食事を終えた後、アルトは寝床に入る。
そして、小さなファイアーボールを部屋の中心に浮かせる。実はアルトは暗闇の中では寝られない。
まだ1歳になる前、深夜に魔物に襲われたことがあった。ダンが仕事で外出している時のことであった。母親のセナはアルトに防御魔法をかけ、アルトの目の前でフォレストウルフに殺された。
ハイハイもまともにできなかったアルトに、フォレストウルフが何度も何度も飛び掛かってきた。そして、そのたびに防御魔法にはじき返された。
アルトがこれを覚えているわけではない。しかし、その時の恐怖だけは、いまだにアルトに残り続けていた。
アルトは眠った。すぐにはファイアーボールは消えない。夜も更けた頃、やっとファイアーボールが消える。魔力切れである。
太陽がテントの入口から差し込むころには魔力が完全に回復するのだが、翌日はそれよりも早くにたたき起こされることになる。
「アルト!冒険者やるよー!!」
アルトが腹に重みを感じる。目を開けると、クレアが馬乗りになっていた。




