第51話 6年前の記憶とクレアの一撃
暗い闇の中、アルトは動けず、仰向けに寝ていた。
傍らには茶色い髪の女性が横たわっている。
そのオオカミは襲ってくる。アルトは一飲みにされる。死んだ。
そのオオカミは襲ってくる。前足の一振りでアルトの頭はつぶれる。死んだ。
そのオオカミは襲ってくる。アルトの胴体を咬み千切る。死んだ。
何度も死んだと思った。けれど、アルトは生きている。よくよく見ると、見えない壁でアルトは守られているのだ。
アルトを一飲みにしようと飛びついたオオカミは壁に弾かれ、振り下ろされた前足は壁に弾かれ、胴体に寄せられた顔は壁に弾かれた。
それでも執拗にオオカミはアルトを殺そうとし、壁はオオカミを弾き続けた。この壁を作り出した人物をアルトは知っている。アルトはつぶやく。
「かあちゃん……」
えーっ、という声でアルトは目を覚ます。目の前にはクレアの顔がある。
「私、アルトのママじゃないよー!!」
アルトはクレアに膝枕され、寝ていた。空は明るい。迷宮の外だ。傍らにモックもいる。
気絶している間に、2人はアルトを連れて、迷宮の外に出たのだ。2人は心配そうにアルトを見ている。
アルトは起き上がり、言う。
「ごめん」
モックがすぐに答えてくれる。
「アニキ直伝の対処法があったんで、問題ございやせん!」
クレアは勇者を演じ、お姫様抱っこのポーズを取る。
「アルト姫は命に代えてもお守りいたします!」
普段の雰囲気だった。どうやら、アルトはクレアにお姫様抱っこされて迷宮を出たようだ。
そういえば、クレアはあまり大根ではなくなった。この2年間で最も成長したのはアルトの魔術や、クレアの剣ではなく、クレアの小芝居かもしれない。
まぁ、前が酷すぎたというのもあるのだが。
モックが聞いてきた。
「帰りやすか?」
アルトは少し考えた。それから、答える。
「少し休憩したら、もう1回行こう。多分、もう大丈夫」
少しして、アルトはもう1度、口を開く。
「あの魔物。『魔石持ち』のフォレストウルフ、あれ……6年前にかあちゃんを殺したやつだ。僕の目の前で」
無言の時間が過ぎ、アルトは立ち上がる。
「さぁ、行こう」
2人はそれに続いて立ち上がる。
3度目の正直だ。3人はもう1度、迷宮に挑む。先ほどの位置では魔物の気配は感じられない。さらに奥へ進むと少し開けた場所に出た。先に進む道は3つに分かれている。事前に聞いていた話と一致している。
モックがアルトに視線を送る。
「戻りやすか?」
アルトは答える。
「いや、少し待とう」
アルトはライトボールを追加し、3人の視界を確保する。通路で遭遇するより、ここで迎え撃つ方が戦いやすいはずだ。
誰1人、口を開かなかった。どこかで滴る水の音だけが響き続け、時間だけが過ぎる。
そして、アルトが口を開く。
「正面の道から。……フォレストウルフだ。……こちらに気付いた。来る!!」
ガンッ!モックが盾で左にいなし、アルトはモックの右に回り込みながらアイスボールを打ち込み、クレアは切り込む。気付かれてから攻撃を受けるまでの時間が異常に短い。
でかいだけではないのだ。速い。
アルトのアイスボールは胴体に当たって落ちる。クレアの剣は首を正確に落としにかかるが、傷1つつかない。
速いだけではないのだ。硬い。
直後、フォレストウルフの首の一振りをクレアは剣で受け止めるが、壁まで吹っ飛ばされた。
硬いだけではないのだ。力も強い。
クレアは壁に着地するような体勢で、衝撃を受け止めてから、床に降りる。
ガンッ!フォレストウルフの2度目の攻撃をすでにモックがいなしている。展開が速すぎる。今度はアルトは身動きすらできない。すぐにモックがアルトとフォレストウルフの間に移動する。アルトは慌てて、出口の位置と他の魔物の気配に気を配る。出口はフォレストウルフの後方にある。現状の攻撃は一切フォレストウルフに効いていない。
アルトはフォレストウルフの上に大きな魔力を練り上げる。すぐにフォレストウルフは右に飛び退く。
魔力感知までできるのだ。
しかし、移動したことで、出口へまっすぐ走れる動線を確保できる。アルトは落ち着きを取り戻す。
モックへの執拗な攻撃が続く。モックはどれも完璧にいなしていく。
敵は強い。しかし、逃げることに専念すれば、逃げ切れそうだ。
そうすると、アルトがやるべき最優先事項は索敵だ。こいつら2体を相手にする事態は絶対に避けなければならない。
索敵を徹底することで、安全は確保できる。後はどうやってダメージを与えるかということだ。クレアに確認する。
「クレア!!やれる?」
「わっかんない!」
クレアは……胴体に切り込む。胴体につかまる。剣を逆手に持ち胴体に突き刺す。足に切り込む。足の指の間に剣を突き刺す。足をよじ登る。胴体から頭に飛び移る。耳に切り込む。額に剣を突き刺す。……暴れまくっている。
アルトがダメージを通せるとすると、上から巨大なアイスボールを落とすことしか思いつかない。天井ギリギリに大きな魔力を練り上げ、準備をする。フォレストウルフに気付かれない距離が必要なのだ。
フォレストウルフが暴れ始めた。見ると、クレアの剣が目に突き刺さっている。剣を抜こうと、首をぶんぶんと振り回し始め、剣を掴んだクレアがぶんぶんと振り回されている。両足をフォレストウルフのまぶたに当て、力いっぱい剣を引き抜いたクレアはまた壁まで吹っ飛ばされた。
クレアは床に降りながら言った。
「ダメージ、与えられたよー!でも、これじゃ倒せないよねー!」
また、クレアはフォレストウルフに飛び掛かっていく。今度は後方に回り込み、後ろ脚の腱に切り込む。振り返ろうとしたフォレストウルフに対し、モックが盾を打ち鳴らしながら躍りかかる。首の一振りを盾でいなしながら、フォレストウルフを挑発する。クレアはしっぽに切り込む。
クレアによる目への一撃以外、どれも効いていなかった。
このまま、戦い続けても勝てる気がしない。余裕があるうちに撤退するべきかもしれない。
そう思ったとき、クレアの声が聞こえた。
「あ、刺っさった」
クレアの姿はしっぽに隠れて良く見えなかった。しっぽのすぐ下にあるどこかに剣が刺さったようだ。
アルトとモックが同時に声を上げる。
「ぁ」




