第50話 初めての迷宮とトラウマの獣
「えっ!?」
アルトとクレアは同時に聞き返していた。そして、2人とも返事ができずにモックを見つめた。少しして、クレアはモックから視線を外し、アルトへ目を向ける。じっとアルトを見つめてくる。判断はアルトに委ねられた。
いつかはクレアが言い出すんじゃないかと思っていた。しかし、まさかのモックからの提案には驚きを隠せなかった。
アルトは結論を出せずに逃げた。
「えーっと……、さすがにとうちゃんが許してくれないんじゃないかな」
判断をダンに投げるかたちだ。それを受け、モックがため息をついてから話し始める。
「今回は正直に申し上げやす。実はこれはアニキからの指示なんです」
アルトにはダンの意図が分からない。モックが続ける。
「今回の魔石紛失騒動で、本来、迷宮にしかいないはずの『魔石持ち』と森で遭遇する可能性が出てきやした。迷宮の第1階層には『魔石持ち』のフォレストウルフが現れやす。恐らくですが、森に出る『魔石持ち』はフォレストウルフです。パラライズビーやベビートレントが道に落ちている魔石を拾うことは考えにくいです。なので、あっしらは『魔石持ち』のフォレストウルフを攻略できなければなりません」
用心深いダンらしい発想だった。起こりうる事態には事前に対処しておくのだ。
ダンの意図がはっきりした今、断る理由はなかった。アルトだって、本当は興味があったのだ。クレアが声を上げる。
「決まりね!行こっ!!」
3人は迷宮に向かう。安全にことを運ぶべく、モックから、迷宮の地形と作戦について聞かされる。
迷宮の入口から、少し開けたところに出る。この先には3つの通路があるが、その先には決して行かない。つまり、入口からの一本道を行き、広間まで来たら、引き返して外に出る。この間しか移動しない予定だ。
隊列はモック、クレア、アルトの順。引き返すときはそのまま逆にアルト、クレア、モックの順だ。
アルトの索敵がカギとなる。前方に2体以上の魔物の気配を感じたら、すぐに迷宮から出ること。フォレストウルフ以外の気配を感じた時もすぐに迷宮から出ること。
アルトはファイアーボール禁止。
トラブルが起きた時はモックを残して、アルトとクレアは出口に向かうこと。
この場合、モックは攻撃の衝撃は横に受け流さず、衝撃を利用して後方へ跳び続けること。背後に常に出口があるようにせよとのことだ。
倒すことを諦め、この方法を取る限り、モックは無敵に近い。アルトとクレアは逃げることを最優先にすること。
……細かい。
これは間違いなくダンの指示だろう。さすがダンである。確かにこれなら、安全に『魔石持ち』のフォレストウルフとの戦闘だけを経験できそうだ。
東の詰所でブロンと出会う。ブロンにしては珍しく、言葉少なに一言だけ声をかけてくる。
「がんばって来いよ」
どうやら、ブロンにも伝わっているらしい。すべてダンによってお膳立てされている。しかし、実際、今回は失敗できない。多分、失敗は即、死につながる。
詰所を出たところから、3人は指示通りの隊列を組んで歩く。そして、迷宮の入口にたどり着く。
東の岩山、その岩壁にぽっかりと開いた巨大な亀裂、それが迷宮の入口だ。
もう1度作戦について確認し、中に入る。
暗い。何も見えない。アルトは光量を調整したライトボールを3つ浮かせた。
むき出しの粗い岩肌が浮かび上がる。ジメジメとした空気と土の匂い。ところどころに水たまりがあり、ポチャ、ポチャと水滴の落ちる音が静かに反響している。 ただの洞窟と大差はない。しかし、幅は広く、天井もかなり高い。現れる魔物もきっと大きいのであろう。少し、恐ろしくなる。
3人はゆっくりと奥へ進み始める。
少ししてアルトが口を開く。
「前方に何かいる」
モックとクレアが振り返り、アルトの言葉を待つ。
「2体だ」
すぐにクレアが聞いてきた。
「戻る?」
アルトは答える。
「戻ろう」
どうやら、『魔石持ち』とはいえ、魔物の感知できる範囲より、アルトの索敵範囲の方が広いらしい。二体の気配は動き出すことなく、3人は外に出た。入口のわきに3人は座り込んだ。
クレアがため息をつく。
「しんどいね……」
他の冒険者パーティーが3人をチラリと見てから、中に入っていった。
無言で時間が過ぎていく。どれくらい待ってから中に入れば良いのだろうか。分からない。アルトもため息をつく。
モックが迷宮の話をしたせいで忘れていたが、ふと、学校のことを思い出した。どう聞けば良いのだろうか。アルトは変な質問をしてしまう。
「クレアってさ、将来は冒険者になるつもり?」
「はぁ??今、冒険者じゃん!」
それはその通りだ。仕方なく、一から説明する。
「昨日さぁ、とうちゃんに王都の学校へ行かないかって聞かれたんだ。多分、とうちゃんは僕に大人になっても冒険者を続けていて欲しくないんだ。クレアは大人になってもずっと冒険者をやるつもり?」
「わっかんないっ!……アルト、どっか行っちゃうの?それはヤダな……」
そのまま黙り込んだ。結局無言の時間が続く。アルトはモックに聞くことにする。
「モックってなんで冒険者やってるの?」
「う~ん、あっしのうちは貧乏だったんで……」
ダンと同じ答えだ。貧乏だと冒険者をやるしかない、そういうものなのかもしれない。
クレアが口を開く。
「今日、パパとママにも聞いてみるよ。そろそろ、行こっ!」
2人とも同意し、改めて迷宮に挑む。
ライトボールを浮かせ、先ほどと同じように進む。
そして、アルトが言った。
「1体だ……四足歩行をしている……フォレストウルフかもしれない……」
そこで、数秒の時間が過ぎる。
「来る!!!」
ガンッ。モックの盾に大きな塊がぶつかり、アルトの真横までモックが押された。咄嗟にアルトはモックの後ろへ下がりながら、明るめのライトボールで魔物を照らす。そこにはモックの背丈の2倍もある大きな獣がいた。モックが叫ぶ。
「フォレストウルフだ!間違いない!!」
アルトはその獣の姿を見る。
全身が震え、立っていられなかった。
膝を落とし、こみ上げるものを感じた。
アルトはその場に吐瀉する。
そして、言葉にならない声を発した。
「あ……あ……こいつ……」
アルトはそのまま気絶した。気を失う直前、2人の声が聞こえた。
「アルト!!」
「大親分!!」




