第39話 酸欠の魔法使いと川越えの閃き
3人はひたすら、西へ走る。カカシも続く。
一番にバテたのはモックだ。大人とは言え、金属製の装備をしている。走り続けるのは無理がある。徐々に速度が落ちる。こうなったら戦うしかない。過去に失敗はあったが、クレアはパラライズビーを殲滅することもできるのだ。
クレアの決断は早かった。振り返りざま1回、モックの背後に移動するまでに走りながら2回剣を振る。10匹以上のパラライズビーが地に落ちた。
しかし、パラライズビーは見向きもしない。10匹以上の仲間が殺されたにもかかわらず、クレアが戦闘態勢を取っているにもかかわらずだ。そして、まっすぐにアルトを追いかけてくる。
やる気満々のクレアは呆気に取られ、パラライズビーを見送っている。アルトは仕方なく、逃げ続けた。
少しして、かなり遠くから、クレアの声が聞こえた。
「アルトー!!!がんばれー!!!」
助けてくれる気はないらしい。絶望の中、アルトは川原までたどり着く。ここなら、辺りを気にせず、ファイアーボールを使える。3週間前、シアンがパラライズビーを倒した時のことを思い出す。目に見えない炎の壁が、飛び込んで来たパラライズビーをすべて仕留めた時のことだ。
今の自分なら、似たようなことができるかもしれない。シアンのようなシールド系の魔術は使えない。大きく作らなければ、自分も焼けてしまう。立ち止まると同時に大量のファイアーボールを半球形に並べて作り出す。アルトにしては珍しく、発動と同時にアルトは叫んだ。詠唱というより、気合を入れただけのことだが。
「ファイアーボール百発シールド!!」
次々にパラライズビーが飛び込み焼け落ちて行く。数秒間維持し、すべてのパラライズビーが焼け落ちたことを確認してから、ファイアーボールを消失させた。
アルトはくらくらとした。魔力切れだろうかと心配する。しかし、魔力切れとは違い、頭痛と吐き気がする。呼吸も荒い。仕方なく、その場に仰向けに寝転んだ。そして、意識を失う。
酸欠だった。
「アルト!大丈夫!?」
気付くと、傍らにクレアがしゃがみ込んでいる。首を横に動かすと、目の前にあるのは薄水色のクレアのパンツだ。アルトは朦朧としながら、口をぱくぱくと動かす。
「えっ?何?聞こえないよ」
クレアの声は心配そうだ。そして、アルトの口元に耳を近づけ、何かを聞き取り、サッと立ち上がると、アルトの横腹を思いっきり蹴る。アルトは直後意識を失い、川辺の砂利の上をゴロゴロと転がりながら、意識を取り戻す。
そこにぜぇぜぇと息を切らしながら、モックが駆け付ける。
「大親分、大丈夫ですかぃ!?全身傷だらけですぜ!」
アルトは横腹を押さえ、起き上がりながら答える。
「死ぬかと思った」
クレアは真っ赤な顔でそっぽを向いていた。
アルトはガラク製ポションで傷を癒す。ちょっと効き目が出るまでにタイムラグはあるが、擦り傷程度であれば、効果てきめんであった。
すっかり治療が終わったところで、2人に聞く。
「どうしよっか?」
モックは腕組みをして難しい顔をしている。クレアは素振りをしている。その横で、カカシがふよふよ浮いている。
クレアが素振りをしながら言う。
「クレアルト様で蜂を全部集めて、さっきのでアルトが倒せばいいんじゃない?」
若干、クレアが塩対応である。仕方がない。朦朧としていたとはいえ、アルトの失態だ。
渋々ながら、アルトも同意する。
「やっぱりそれしかないかなぁ。手っ取り早いもんなぁ」
剣を振る手を止め、クレアが心配そうにアルトを見る。この前ほどブチ切れているわけではないらしい。
その時、遠くで、獣のうなる声が聞こえる。
3人は瞬時に警戒する。しかし、うなり声の主は川の向こう側だ。真っ黒なクマがこちらの様子をうかがっていた。体のサイズはダンやブロンよりも大きかった。
モックが声を上げる。
「あっ、あいつはフォレストベアですぜ」
「たしか、牙と爪が依頼に出てたよね?」
モックが説明を加える。
「それだけじゃなく、体ごと持ち帰れば、肉も買い取ってくれるはずですぜ」
聞くが早いかアルトはスッと立ち上がり、フォレストベアの額に向かってアイスボールを放つ。一撃では倒れない。フォレストベアがふらふらしながら、こちらにうなり声を上げる。次にアルトはフォレストベアを取り囲むように10発のアイスボールを作成し、順に当てていく。4発目でフォレストベアはその場に仰向けに倒れた。
「倒せたかな?」
アルトはつぶやく。そして、続ける。
「念のため」
残りの6発が次々にフォレストベアの額に炸裂する。9発目で頭蓋が割れ、中身が流れ出し、10発目は確実に中に食い込んだ。フォレストベアはピクピクと痙攣している。
モックがドン引きしている。
「大親分、悪魔みたいですぜ」
クレアも同意した。
「だよね……」
アルトが改めて、2人に聞く。
「どうしよっか?」
モックは腕組みをして難しい顔をする。今後はクレアも腕組みをしている。機嫌は直ったようだ。すぐにクレアが口を開いた。
「クレアルト様に運んでもらうとか?」
「さすがに重すぎるよ」
さらにクレアが言う。
「空気玉で運べるんじゃない?」
「カカ……クレアルト様くらい軽くないと無理かな。地面の上だったら、丸太みたいに圧縮空気玉の上を転がすこともできるんだけど、川だと沈んじゃうよ」
アルトは頭を抱える。
「あー、せめてロープでもあったらなぁ」
ダンから叱られたことを思い出す。常に準備不足なのだ。しかし、そこで、モックが口を挟む。
「ぇ?ロープくらいありますぜ」
バックパックからロープを取り出してきた。アルトはロープを引っ掴んで言う。
「もっと早く言ってよー」
モックはちょっと呆れつつも取り繕う。
「いやこれくらいはふつ……面目ねぇ、大親分!」
アルトはカカシにロープを結び付け、ふよふよと向こう岸へ渡らせる。ふよふよとフォレストベアの周りを回り、フォレストベアを縛り上げる。後は引っ張るだけだ。3人で力を合わせ、ロープを引っ張る。
フォレストベアはズズズッと、砂利の上を滑り水の中へ入る。水流は激しく、そこから一気に重くなる。重いが、なんだかんだ前衛2人は力があるのだ。なんとかこちら側へ引き上げる。クレアが叫ぶ。
「やったぁ!」
モックも充実した顔をしている。しかし、アルトだけは何かを考え込んでいた。そして、2人に言う。
「ねぇ、この方法を使えば、渡し舟がなくても向こう岸へ行けるんじゃないかな?」




