第35話 ダン
アルトとクレアがDランク冒険者になるほんの数時間前、ダンは憂鬱な気持ちでポルケ村へ向かう馬車に揺られていた。そもそもポルケ村は馬車で行くようなところではない。
村への道はあってないようなものだ。森の中の獣道を進む。村に入っても舗装された道はない。
本来の依頼は、ただ単に大工の護衛だった。領主が急にポルケ村を訪問すると言い出し、そこからすべて狂い始めた。
シアンは領主の気まぐれにも慣れたものらしく、すべての手配を取り仕切っていた。
そこで、さすがに領主を歩かせるわけにもいかず、この馬車というわけだ。
間もなくポルケ村が近づいて来る。詰所の外でモックが待機している。
「アニキ!おかえり!!」
「何か変わったことはなかったか?」
そう問いかけた直後、モックは視線を逸らす。
何かあったに違いない。さらに憂鬱になり、馬車を村の中へ進める。
ガタゴトと揺れ続けていた馬車がパタリと揺れなくなる。
ダンは不審に思い、外を見る。道に凹みの1つも見つからない。どうしたことだろうか。
ダンは馬車から飛び降りる。道行く他の冒険者の男に声をかける。
「なぁ、道の補修工事でも入ったのか?」
不思議そうな顔をして男は答える。
「何言ってんだ?お前ぇんとこガキがやってただろ」
留守中にアルトが何かしたらしい。あいつは何をやったんだ。
険しい目つきでアルトのテントを見る。そこにテントは無く、レンガ造りの小屋が建っている。
キツネにつままれたような思いで、それでも馬車の横を歩き続ける。まだ領主の護衛の任務中である。馬車の速度は遅々として進まない。子どもがやけに多いせいだ。しかも、子どもたちの様子も何か普段と違う。
初め、ダンにはそれが何か分からない。しかし、ふとそれが色であることに気付く。様々な色の服を着ていたり、また、様々な色のお菓子を持っていたりするのだ。3週間前には見なかったものばかりだ。
冒険者ギルドに向かって歩き続けると前方にガラクが見えた。ガラクなら何か知っているに違いない。服もお菓子も便利屋であるガラクの領分なのだ。急ぎ足でガラクに追いつき、話しかける。
「よぉ、ガラク。しばらくぶりだな!」
「おお、お前さん帰っとったのかい?」
「今帰ったところだ」
そういって馬車を指さす。そこで子どもたちの変化について聞く。
「あの色のついた服やお菓子はお前が作ったのか?」
「おお、そうだとも。まぁ、染料を取ってきたのはアルトだがな」
「アルトが?」
もう少し、詳しく話を聞きたかったが、後ろから声がかかる。領主がお呼びだそうだ。仕方なく、馬車に戻る。
話はこの後の予定についてだった。まずはこの村の現状を知りたいから、この村を代表するものを集めてほしいとのことであった。
会議の場所は宿屋の建設予定地、そこに領主が宿泊するためのテントを建て、そこで夕食でも共にどうかとのことであった。
正直、ダンは一刻も早く帰りたかったが、領主にこう言われては仕方がない。
しかし、この村の代表者とは一体、誰だろうか、ギルドマスターしか思いつかない。そもそも、こういった仕事はダンの領分ではないのだ。
この後はギルドマスターに任せよう。
冒険者ギルドにたどり着く。領主やシアンは先に宿屋の建設予定地に向かった。冒険者ギルドの中に入るとそこは託児所かと勘違いするくらい子どもたちであふれていた。
仕方なく、子どもたちの列に並ぶ。ダンは場違いだと感じた。
ダンはこの村で一番の冒険者である。にもかかわらず、明らかに冒険者ギルドで浮いていた。
やっと自分の番になる。受付はメリルだ。
「ダンさん、おかえり」
「領主様を連れてきたので、ギルドマスターを会わせたいのだが」
「なるほど。分かりました。ちょっと待ってくださいね」
ギルド内にあるテントの中に入り、よぼよぼの老人を連れてくる。これがこの村のギルドマスターだ。
ダンは領主の要望を伝える。ギルドマスターは少し考えてから言う。
「ダン、お前も参加しなさい。それから、メリル、誰か人をやってノーマンを呼んできなさい。後は誰じゃろうなぁ。ガラクかのぉ」
メリルが意見を言う。
「ガラクさんは、領主様の食事を作ることになっているから忙しいと思いますよ」
「そうか、まぁ、わしとダンとノーマンで十分かのぉ。なにせ大した村じゃないからのぉ」
ダンは自分も参加しなければならないことに少しいらだちを感じながらも、ノーマンが参加することに少し安心した。思い至らなかったが、確かにこの村の商業の代表を選ぶなら、間違いなくノーマンだ。そして、工業の代表はガラクだろう。このあたりはさすが、ギルドマスターである。
話がまとまったところで、ダンは気になっていたことをメリルに聞く。
「ところで、この子供たちは一体何なんだ?」
「ああ、アルト君が勧誘したFランク冒険者たちよ」
ここでもアルトだった。そういえば、アルトのために準備したFランク依頼はどうなったのだろうか。9個だけ。しかも、結構手間のかかるはずのものだった。メリルにアルトはどうしているかを尋ねる。
「ごめんなさい。他の人たちのFランク依頼が急増しちゃって、すぐにEランクにあがっちゃったの。それで……多分、今日中にDランクになると思う」
ダンは呆気に取られた。もう少し話を聞きたかったが、そこにノーマンが来る。仕方なく、ダンはノーマンに状況を説明する。
ノーマンは少し困った顔をした。
「そして、聞く。夕食はこちらで準備するのでしょうか?」
4人はそれぞれ顔を見合わせた。この村は冒険者の村だ。名物料理も特産品もない。ノーマンは続ける。
「実を言うと、領主様が来られるという情報は得ておりました。それで、この村は自然豊かな森に囲まれておりますので、ジビエ料理であれば、ご満足いただけるかと思い、手配をしておりました」
そこまで聞いて、メリルは何かに思い当たったような顔をする。
ノーマンはさらに続ける。
「しかし、私たちやシアン様を含めての夕食となると食材が足りません」
4人は無言になった。誰からもアイデアは出てこない。ノーマンは覚悟を決めた顔で言う。
「では、私の方でなんとかいたします。皆様は時間稼ぎをお願いします」
そうなのだ。結局のところ、何らかのつてを持っているとすると、商人のノーマンしかいない。
ダンとギルドマスターは覚悟を決め、領主のもとへ向かった。
宿屋の建設予定はすぐそこである。すでに領主のテントの準備はできており、シアンが外で待っている。
シアンは少し楽しそうに聞いてきた。
「何とかなりそうかい?」
反対にダンはムスッとしている。
「分からん」
3人で中に入る。テントは魔道具だったようで、中は思っていたよりも広い。いくつかの部屋に分かれている。食卓へ通される。領主へはもう1人参加者がいること、その者が、今日の夕食を提供してくれることを伝える。
後はひたすら、迷宮の攻略状況や周辺地区の魔物の状況などに関する報告をする。ギルドマスターとダンはあくまで冒険者代表である。それ以外の話題は思いつかない。領主は少し退屈そうだ。
ひとしきり話し終えた頃、ノーマンが到着し、2人に頷きかける。どうやら、手配は整ったらしい。
ノーマンが商業の状況について少し話すと、次々に料理が運ばれてきた。
多種多様な野鳥の料理である。ノーマンが簡単に料理の話をする。
「この村には名物料理も特産品もございませんが、自然の豊かな森がございます。今宵はその森で育った野鳥の料理を準備いたしました」
やっと夕食会が始まる。領主も料理に満足しているようだ。
ふと領主が言う。
「この村には優秀なハンターがいるようだな。冒険者なのか?」
ノーマンが少したじろいで答える。
「冒険者……でございます」
「これだけの準備、なかなか大変だったであろう。何か褒美を与えよう。ここに連れてまいれ」
「ここに……でございますか?」
「なにぶん、作法もわきまえない冒険者でございますので……」
そこで、少しダンがムッとした顔をする。ノーマンは敏感にそれを察知し、弁解する。
「すみません。ダンさん、冒険者を否定する気はないんです。ただちょっと……特殊な冒険者で」
領主が言う。
「まぁ、なんでもよい。連れてきなさい」
ノーマンはため息をつき、バルディア商会の制服を着た給仕に何か耳打ちする。
少しして、給仕がノーマンに何か耳打ちする。ノーマンが領主に言う。
「お待たせしました。野鳥を捕まえてくれた冒険者です」
そこに冒険者2人が入ってきた。
入ってきたのは、バツの悪そうな表情をする少年とドヤ顔の少女である。
それを見たダンは愕然とし、領主は目を丸くし、ギルドマスターはにこにこほほ笑み、ノーマンは頭を抱え、シアンは吹き出した。
そこに入ってきたのは、もちろんアルトとクレアだ。




