第26話 地味な特訓とテントの大騒動
壊したレンガを無限袋に捨て、自分の焼いたレンガを代わりに置く。これで完全犯罪だ。
アルトはスッキリとした気分で、レンガボールの練習に取り組む。
右手を無限袋に突っ込み、掲げて詠唱する。不思議な光景である。もちろん、手の先は見えない。魔術が成功しているのかどうか、アルトにも分からないのだ。
ただ、魔力が吸い出される感覚だけがある。仕方なく無限袋の口の端を左の指でつかみ、広げて中を覗き込みながら詠唱する。確かにレンガの塊ができ、袋の奥に消えていくのが確認できる。
アルトは安心して詠唱を繰り返した。まず、無詠唱ができるまで。
無詠唱でできるようになると、アルトの姿はさらに滑稽になる。袋を被せた手を掲げ、微動だにしない。
そして、制御できるようになると、アルトは座り込んだ。もはや手も掲げていない。傍らにおいた袋に手を突っ込んでいるだけの人である。
アルトは一生懸命なのだが、はたから見ると無気力にすら見える。
世界でもっとも地味、おそらく歴史上もっとも地味、ひょっとすると全ファンタジー小説史上もっとも地味な魔術訓練風景だった。
そんな廃人にも見える状態のアルトの元へモックがやってきた。
やっと詰所での見張りの交代の時間がきたのだ。モックは廃人同然のアルトを見て、唖然とする。
「アルト!どうした!!大丈夫か!?」
全神経をレンガボールに集中させているアルトは虚ろな目で、モックを見上げる。
「ぁ……あぁ」
言葉が出てこない。
「アルト!しっかりしろ!!テントくらい俺が買ってやるからな!!!」
アルトは、はっと我に返る。
「モック、大丈夫だよ。何とかできる気がする!」
アルトの表情は晴れやかだ。心配そうにしているモックを帰し、アルトは本番に取り掛かる。ここまではあくまで練習なのだ。四角いレンガを作れなければ意味がない。
アルトは目の前に型枠を置く。そして、8つのレンガボールを同時に型枠の各枠内にゆっくりと作り出す。アルト自身では四角い形は作れない。けれど型枠を使えば可能かもしれない。
ゆっくりと膨らむレンガボールは型枠に当たり方向を変える。型枠に沿ってレンガができあがる。
残念なことに上へ膨らむ分を考慮できていなかった。レンガはカップケーキのように上が膨らんだものとなる。
しかし、下は間違いなく四角く成形できていた。もう一息だ。
今度はかまどで焼くための鉄板を準備する。レンガボールが膨らみ始めた段階で、鉄板を上に載せる。
魔術が終わり、鉄板をどけると四角く成形された完璧なレンガが型枠に収まっていた。
ついに成功だ。
その後、アルトはレンガ作りに熱中した。途中、モックがパンとスープを持ってきてくれる。
食べながら作業を繰り返し、最終的に初めから鉄板を載せた状態でレンガを作成できるようになった。
空っぽの型枠に鉄板を載せ、どけた時にはすでにレンガは生成済みである。ほとんど手品のような状態だ。
延々と作業を繰り返し、与えられたテントがレンガでいっぱいになる頃、アルトはその場で寝落ちてしまった。
翌朝、遠くで聞こえる騒がしいクレアの声で目覚める。
「ないっ!ないっ!ないないないない!アルトの家がない!!」
「アルトのテントどこー?」
「アルトどこー?」
「テントー!アルトー!」
声が近くなったり、遠くなったりを繰り返している。
近所迷惑だ。すぐに出て行かなければ……アルトは起き上がり、眠い目をこする。
そして、目を疑う。前も後ろも右も左もレンガの山しか見えなかった。
テントの入口は見えなかった。近所迷惑なんてことはすっかり忘れ、アルトは半ベソで叫ぶ。
「クレアッ!助けて!!」
「アルト!どこ!」
「クレアー!!」
「アルトー!!」
ガラクとモックの声が聞こえ始める。
「アルト!どこじゃ!?」
「アルト!どこ行った!?」
「ガラク!モック!テントの中だよ!!」
「おおぉ!なんじゃこれは!?この奥か!?アルト」
「生き埋めなのか?」
「アルト!石になっちゃったの!?」
1時間以上に及ぶ大騒動の末、アルトは救出される。
テントを出ると、人だかりができていた。このあたりはいつも焚火の火起こしを手伝っている人が多いのだ。
みんな心配そうにしている。アルトはポツリと言う。
「ごめんなさい。レンガを作ってたら、作りすぎてしまいました」
誰かが吹き出したのを皮切りに、大爆笑の渦が巻き起こる。ひとしきり笑った後、人々は散っていく。
クレアは最後まで笑っていた。ガラクは少し真面目な顔をしていた。
「お主から、土を買うつもりじゃったが、このレンガ、そのまま買ってやろうか?小銀貨4枚でどうじゃ」
「いいの?」
レンガの売買はすぐにまとまり、ガラクからの借金は小銀貨1枚となる。
笑い続けているクレアは、状況を理解していない。やっとのことで、落ち着き、アルトに聞く。
「こんな石、作って、何するつもりだったの?」
アルトが答えた。
「家を建てるんだ」
クレアは驚いた顔をした。しかし、すぐに目を輝かせ、期待に満ちた表情をした。
「じゃあ、『魔剣』のアジトにしよっ!」




