第21話 仲直りの髪飾りと便利屋のガラク
夕方の露店にも、まだ数人の子供たちがいる。もうそろそろ家に帰らなければならない時間だ。この時間にも客がいるのだから、十分成功しているのだろう。
他の子供の間から、アルトが顔を出す。
飴玉。ビスケットなどのお菓子。女の子向けには生成りと白色のリボンと髪飾り。男の子向けにはフォレストウルフの爪や牙の首飾り。また、白木の彫刻や笛、ガラス玉などの玩具もある。
アルトはどれにもあまり興味が湧かない。そういえば、飴玉をクレアが気に入っていたことを思い出す。飴玉を買っていけば許してくれるだろうか。
「何か探しているのか?」
声がかけられ、そちらの方を見る。特徴的な銀髪と丸眼鏡にバルディア商会の制服の男、ノーマンであった。
筒のように書類を丸めて手に持ち、露店の前を通り過ぎるところであった。
咄嗟に答える。
「クレアとケンカしちゃって」
忙しそうなノーマンだが、ふと立ち止まり、そしてアルトの横に並ぶ。眼鏡の位置を少し直してから言う。
「仲直りか……だったら、これだろうな」
少し考えてから、ノーマンが白い手袋をつけた手で、白い花をかたどった髪飾りを丁寧に持ち上げ、アルトに手渡してくれる。
なんだか、すごく高級品のように感じられる。
綺麗だということは分かる。しかし、アルトにこういったものの良し悪しは分からない。ノーマンが付け加える。
「品質は間違いないぞ。もともと大人用にそっちの店で売ってたやつだからな」
バルディア商会の店の方を指さし、続ける。
「まぁ、売れなかったんだが。この村の人たちは実用的なものはすぐに買ってくれるが、あまりこういった役に立たないものにはお金を使いたがらないんだ」
アルトは値札を見る。大銅貨3枚だ。高い。そして、手持ちは大銅貨1枚、小銅貨9枚だった。
この国の貨幣は全部で6種類だ。価値の高いものから順に、大金貨、小金貨、大銀貨、小銀貨、大銅貨、小銅貨。それぞれ10枚で、1つ価値の高いものと同じ価値となる。
つまり、大銅貨1枚、小銅貨1枚足りなかった。
アルトが答えをためらっていると、ノーマンはそれを迷っていると受け取ったのか、さらに付け加える。
「もともと大人用に小銀貨1枚で売っていたものだぞ」
アルトが答える。手の上の銅貨を見せる。
「いや、お金が足りなくて」
ノーマンはアルトの手の中を見た後、ちらりと店員の女性に目くばせをしてから言う。
「支払いはうちの3件の依頼を終えてからでいい」
アルトは素直に提案を受け入れ、髪飾りを大切にしまった。こうして、4歳にしてアルトは借金のかたに働かされることになった。
ノーマンにお礼を言い、自宅へ向かおうとすると、ノーマンも同じ方向に歩き出した。
「僕もこっちに用があるから」
やはり、誰か職人に用事があるのだろう。アルトは少し聞いてみることにした。
「どこに行くの?」
「便利屋のガラクさんのところだよ」
アルトもダンに連れられて何度か行ったことがあった。
穴が開いた鍋の補修とか、木造の詰所の改修とか、そういった用事だったはずだ。
ガラクはドワーフの爺さんだ。鍛冶職人に挫折し、酒職人にも挫折し、料理人、大工など、ありとあらゆる職業を転々として、最終的に今の便利屋に落ち着いたらしい。
もっとも様々な職人のいる都市部ではあまり活躍できず、この辺境のポルケ村に流れてきたわけだ。
そもそもが冒険者たちで作られたポルケ村には、武器・防具のための鍛冶職人は少なからず存在している。しかし、それ以外の職人はほとんどいない。
ポルケ村で流通する酒のほとんどはガラクが作ったものだし、今のところ木造建築はすべてガラクの作ったものであった。
わざわざ街の職人を呼ぶほどでもない案件、それはすべてガラクの領分だ。
ノーマンが続ける。
「お前も行って、顔を合わせておくか?今回の依頼の最終的な納品先はそこだからな。直接持っていってもらえると助かる」
アルトは頷き、ノーマンについていく。
便利屋はアルトのテントの近くだ。ガラクは自分の住居には興味がないらしく、多くの村の住民と同様のテント暮らしだ。だが、テントの周りにはおそらく何かを焼くための窯であろうもの、作業台など様々なものが置かれており、また、それらに布が被せてあった。
ノーマンがテントの中を覗く。
「ガラクさん、契約書を持ってきたよ」
奥から寝ぼけた声が返ってきた。
「うーん、ノーマンさんかぁ、よく来てくれた。入ってくれ」
2人で中に入ると、禿頭で、伸び放題の白ひげをたっぷりと蓄えた男、ガラクがアルトを見る。
「んー、そっちの子供はどなたさんだったかなぁ」
アルトは簡単に自己紹介をした。
「Eランク冒険者のアルトです。ダンの息子の」
一応、父親の名前を出しておく。なんだかんだ便利なのだ。
そう思っていたのだが、ガラクの反応は意外なものだった。
「あー、うわさの小僧どもの片割れかぁ。Fランクと聞いておったがのぉ」
意外にアルトも有名らしい。ここで、ノーマンが割って入った。
「昨日、Eランクに昇格したとのことです。それで、例の素材はこの子たちに取ってきてもらう予定です」
ガラクは驚いた顔をする。
「小僧らだけでか?そりゃあ危ないのぉ……。よぉし、これを持ってけ」
大きな革袋を渡される。アルトは受け取る。しかし、意外に重い。少し、よろめきながら、答える。
「これは……何ですか?」
「ポーションの失敗作じゃよ。まぁ、ポション……くらいの効果はあるじゃろ。がっはっはっは」
ガラクは愉快そうに笑っている。ノーマンが笑いを遮って言う。
「例の素材はアルトが直接、お宅へお届けします」
話がまとまったところで、2人で便利屋を出た。ノーマンは、明日からよろしくと言って去った。
アルトはモックのいる詰所に行く。
「ただいま!」
モックはため息をつきつつ、答える。
「ああ、アルトか。おかえり」
アルトが心配して声をかける。
「モック……元気ないね。どうしたの?」
「いや、むしろなんで、お前はそんなに元気なんだ?テントは泥に埋もれているのに……」
ああ、そうだったとアルトは思い出す。いろいろありすぎて、忘れていた。
ダンに怒られることを気にしているのだろう。なんだか、モックがかわいそうだ。苦し紛れの言い訳をしておく。
「大丈夫だよ。今は土が濡れているから難しいけど、乾いたら、泥なんて魔術で吹き飛ばしちゃうから!」
弱めの空気玉をモックの顔に向かって放つ。モックが風に目を細め、髪が揺れる。モックはまだまだ心配そうであったが、努めて明るく、その後の時間を過ごした。
モックと別れ、寝床に向かうアルトは憂鬱だった。テントは思っていた以上に泥に埋まっている。中に入っても一部は泥に埋まっている。
それでも魔術の訓練は行う。朝、ブロンに宿題を出されたからだ。
その前に少しだけ、ブリーズステアの練習を行う。もしかすると、泥掃除の突破口になるかもしれない。相変わらず、これについては何の進歩も得られない。
次は、宿題の炎以外の攻撃手段について考える。簡単に思いつくのは石だった。
「万象を司る石の神よ。我が魔力を糧として、原始の岩を此処に顕現せよ。ロックボール」
いつもと同じ要領で何度も何度も繰り返し、やっと自分の頭くらいの大きさの岩が出現し、放たれる。ばすっと音を立て、テントに大きな穴が開いた。問題をさらに1つ増やしてしまった。
アルトは明日のことを考えながら、憂鬱な眠りについた。
テントの穴……
泥まみれのテント……
怒っているクレア……
借金のせいで受けざるを得ないEランク依頼……




