第2話 パンツと魔術師シアン
アルトは川辺で腕組みをしている。顔は真剣そのものだ。
ここまでは良かった。1時間ほどで、村の西にある川までたどり着いた。
もちろん、途中で何度も魔物とは遭遇した。しかし、地形的な問題があり、川を渡らない限りはフォレストウルフ、ベビートレント、パラライズビーの3種類の魔物としか遭遇しない。
この森は西側以外は切り立った岩山に囲まれている。岩山に囲まれているというより、南北に伸びる岩山と山端を流れる川、そしてその山端が川から離れ、大きく東に湾曲したところにアルトの住む村と森が存在しているというのが正しい。
主要な町からも離れており、秘境と言えるような土地柄である。本来であれば、魔物にとっても人間にとっても、全く魅力のない土地である。
このため、この森にはわずかな種類の魔物しか存在していないわけだ。人間にとっても魅力に乏しい土地であったが、今から20年ほど前に岩山に迷宮が見つかった。
それから、冒険者のキャンプ地が徐々に村の体裁を持ってきたという経緯がある。しかし、街道が設置されているというわけでもなく、決して人気の迷宮というわけではない。
さて、アルトに話を戻す。たった3種類の魔物、この中でもっとも脅威となるのは先ほど遭遇したフォレストウルフの群れである。
ベビートレントの脅威はその擬態の能力である。不意を打たれなければ、さほど強いわけではない。
パラライズビーは親指大の蜂型の魔物で、戦うとなると、最低でも数十匹を相手にする必要があり、倒すのは相当骨の折れる作業になる。しかし、そもそも戦わず、逃げることに専念すれば、さほど脅威ではない。パラライズビーの縄張りは狭く、数十メートルも走れば、逃げ切れる。
そんなこんなで、アルトはいたって順調に川にたどり着き、汚れた下着を洗った。
洗った下着を川辺にある比較的大きめの岩の上に置く。びしょびしょである。
「どうやって乾かそうか……」
意を決し、アルトはパンツの少し上に両手を掲げる。右手と左手の中間で、ゆっくりとファイアーボールが優しく膨らみ始める。火力が強すぎると、パンツが燃えるということくらい4歳のアルトにだって分かる。
優しく。自分の頭くらいの大きさ。近づけ過ぎないように……。
「熱っ!」
ファイアーボールは離れたところに飛ばすのが普通だ。両手の間で燃やし続けるなんて熱いに決まっている。また、アルトは考え込む。
そして、今度は一歩離れたところから、手を掲げ、両手の前方でファイアーボールを膨らませる。それでも熱い。
ファイアーボールはそのままの位置をキープしながら、一歩離れる。熱くない。この感じだ。
額から汗が流れた。熱のせいではない。この作業はそれだけ集中力が必要なのだ。
「だはぁ!」
大きく息を吐き出し、座り込む。何分経ったのだろうか。四つん這いで岩に近づく。岩はかなり熱くなっている。そして、パンツも熱い。しかし、乾いてはいない。熱湯に浸したような状態だ。
熱せられた水は水蒸気となり、パンツの周りの湿度は高くなる。これでは乾かない。物を乾かすには空気の循環が必要である。
だからこそ、普段の洗濯の際には竿に吊るすわけなのだが、残念ながらアルトはこれに気付けない。
休憩してファイアーボール、また、休憩してファイアーボールというのを何度も何度も繰り返す。
何回目だろうか、最早疲れてアルトは仰向けに寝ころんだ。すると、アルトを覗き込む顔に気付く。
跳ね起きる。そこには青い髪色をした端正な顔立ちの男がいた。年齢は父親と同じくらいだろうか。ニヤニヤと笑っていた。白を基調とした服は清潔で、各所に装飾が施されている。明らかに村人ではない。迷宮目当ての冒険者にも見えなかった。
もちろん、高ランクの冒険者にはこういった服装のものもいるのだが、こんな辺鄙なところにある迷宮に高ランクの冒険者が来たことはなかった。
アルトは訝しげに男を見る。
「よし、手伝おう」
男が岩に向かって手を掲げると、突風がパンツを巻き上げた。空高く舞い上がる。
「ぁ、僕のパンツー」
アルトの絶望とは裏腹にそれらはひらひらと舞い落ちて来て、岩の上方で停止。その高さを保ったままバタバタとはためき始めた。
アルトは呆気に取られて、それらを見ている。すると男が話しかけてきた。
「こんにちは。多分、アルト君だよね?シアンだよー。覚えてるー……わけないよな」
「僕のこと知ってるんですか?」
「ダンの息子だろ?魔術を使える子供は珍しいからねー」
ダンは父親の名前だ。まず、父親の名前が出てきたことで思い当たる。この男は冒険者だった父の仲間、魔術師のシアンさんだ。今でも時々父宛に手紙が届いている。
今は町の偉い人のところで働いていると聞いている。でも、まだ父に背負われて森に行っていたころ、いつも一緒だったはずだ。当然のことながら、覚えていないが。
「ぁ、えっと、ここであったことは父ちゃんには言わないで。それから、川に落ちたから、乾かしてただけだから!」
川に落ちて、ズボンは無事でパンツだけ濡れるとはどういう状況だろうか。
しかし、シアンはあまり気にしていない様子だった。
「りょーかい、りょーかい。村まで案内してくれるかなぁ?道を忘れちゃって」
「近くまでなら……僕は別のところから帰るから」
ちゃんと黙っててくれるかな、ほんの少し心配になる。
それでも、アルトはシアンを伴って、帰路についた。




