第18話 魔人ブロン様と初めての森
泥に埋もれたテントを後にし、クレアのところへ行く。ブロンとクレアはすでに稽古中だ。
アルトを見かけると、ブロンが仰々しく言った。
「待ってたぜ、アルトォ!よくぞここまで来た。10階層のフロアボス、魔人ブロン様が相手をしてやろう!」
小芝居が始まった。かなり深い階層の設定だ。クレアはノリノリだ。
「お前を倒して、お宝ゲットだぁ!」
大根だった。
この2人は朝から元気だ。アルトが戸惑っていると、ブロンが付け足した。
「ぁ、魔術使っていいからな。さーぁ、『魔剣』の2人、かかってこい!!」
ブロンは2本の木剣を構える。アルトはクレアの右後ろに移動する。
クレアがチラリとアルトを見る。まずはやってみないと始まらない。アルトは右手をかかげファイアーボールを発動する。無詠唱だ。ブロンの右手の木剣の一振りで、ファイアーボールはかき消されるが、それに合わせ、クレアも斬り込む。ブロンは左の木剣でクレアの攻撃を受ける。
ふざけたセリフとはうらはらに、2人とも真剣だ。そしてやはり、ブロンは強い。ファイアーボールでダメージが与えられる気がしない。
とは言え、もう一発、今度はブロンの横を通り過ぎ、背中に向けて戻るようにファイアーボールを制御する。ブロンは一瞥もせず、右の剣でそれをかき消す。
アルトはこれは無理だと断定し、攻撃はクレアに任せ、圧縮空気玉を使った援護を試みる。
ブロンの足の移動する先に圧縮空気玉を滑り込ませ、体重が乗った瞬間、ブロンの前方に向かって空気玉を移動させる。
ブロンはほんの一瞬バランスを崩す。力の行く先を失ったクレアが前のめりになる。ブロンはすかさずクレアをつかみ、後方に向かって投げ飛ばし、すぐにアルトに突撃を仕掛ける。
今度は手も上げることなく、無動作でファイアーボールを放つ。しかし、ブロンの木剣の一振りでファイアーボールもろとも、アルトは腹を打ち抜かれた。
視界の端で、投げ飛ばされて木に激突したクレアがなんだかピクピク痙攣している。
ブロンは仁王立ちで演技を再開していた。
「弱い、弱すぎるぞ、人間どもよ!わっはっはっはっはっはっは!!」
アルトはそれを聞きながら気を失った。
ばしゃり。
ポーションがぶっかけられ、アルトは身を起こしてその場に座る。クレアもそばに来ていた。
ブロンは言う。
「さーぁ、もう一回やるか!」
クレアが答える。
「やろぉ!やろぉ!!」
アルトが嘆く。
「いや、今日はもうこの辺で……」
ブロンは少し残念そうにしつつも納得した様子で言う。
「まぁ、何回やっても同じだろうしな。今日はこれだけにしといてやるか。そのかわり2人に宿題だ。アルトは必殺技を作れ!文字通り、必ず殺すための技だ。それから、炎以外の攻撃手段も持った方がいいな。それから、クレア、パーティーでの役割分担ってのを考えろ。2人とも、今日から森に入るんだろ?ちょっとは勉強して来いよ」
ヒルダを加え、4人で朝食を取る。相変わらず、ブロンが話し続ける。
「しっかし、魔術使ってもアルトは弱ぇなぁ。面倒くせぇんだけどなぁ」
「それにしても、クレアは役者には絶対ぇなれねぇなぁ」
「あの威力じゃアタッカーは無理だな」
「クレアはアタッカーしかできねぇなぁ」
「色々できた方が、冒険者は食いっぱぐれねぇんだぜ」
ブロンは豪快で、色々雑な男だ。だが、やはり冒険者としては一流だ。
アルトへの宿題。この森の弱い魔物であれば、問題ないのだが、確かに魔術師としては攻撃力が弱すぎるのだ。それは先々重要になることは間違いない。
また、炎以外の攻撃手段。燃えやすいものが多い森、酸素の少ない狭い迷宮などで、炎が制約を受ける局面は多い。
アルトの弱点を的確に突いていた。
ブロンは最後にこう締めくくり、2人を送り出した。
「まぁ、何かつかめたら、また2人で挑んで来い。魔人ブロン様が相手になってやろう」
アルトとクレアは村の東の出口に向かう。目的地は薬草が多く自生する森の南東方面だ。トレントはわざわざ探すことはない。行き帰りの道で出くわすことだろう。
東の詰所で見張りの男が声をかけてくれる。
「ブロンさんから、聞いてるよ。がんばってこいよ」
村の外に出た。クレアの緑の目が輝いている。
「外だぁ。森だぁ」
クレアはあまり森に入ったことがない。ブロンが出かけるときは大抵、母親のヒルダと留守番だ。まぁ、それが普通だろう。一人親、父子家庭のアルトが特殊なのだ。
アルトは慣れてしまっているが、改めて考えると、すでに村とは景色が全く違う。高い枝葉が日差しを遮り、辺りには湿った土と青臭い草の匂いが立ち込めている。
辺りに魔物の気配はない。アルトは迷いなく進む。クレアはあっちこっちへ行っては引き返しを繰り返しながら、アルトの後をついてくる。
村から10分も歩くと木々の密度が格段に増した。そこで、アルトが立ち止まる。
「クレア、ストップ。ベビートレントだ」
クレアがきょろきょろする。
「どこっ?どこっ?」
アルトが右前方の方を指さす。どう見ても木しか見えない。
「あそこに周りの木に比べて細い木があるだろ?あれがベビートレントだ」
クレアが立ち止まり、真剣な顔をして、そしてアルトと同じ方向を指さす。
「あれ?」
アルトが答える。
「そう、あれ」
今から、素材を持ち歩くのは面倒だ。回収は帰り道で良いだろう。まずはクレアの実力をしっかり見ておくことにする。
「クレア、戦ってみる?」
「うん!」
アルトがうなずくと、クレアは飛び出した。
そして、ベビートレント……ではなく、その隣にある木を剣の一振りで切り倒し、振り返る。
「あれー?これ、村の木より弱いよー」
アルトが叫ぶ。
「クレア!バカッ!その隣!!」
その瞬間、ベビートレントの枝がクレアの足首を絡めとった。
クレアは宙吊りにされた。




