第14話 早朝の訓練と茶碗の狙撃
翌日、アルトは夜が白み始めた頃に目覚めた。まだ、クレアが迎えに来るよりもずっと早い時間だった。
今日は、クレアを起こしに行く予定だ。朝食時に東地区で火起こしとFランクの依頼をするためだが、なんとなく、クレアには言わなかった。理由はなんとなくだ。その方が面白そうな気がしたからだ。
アルトは薄暗い村の中を歩き出した。この時間、村の中を歩くのは初めてだ。西地区はひっそりとしている。すべてのテントは閉まっており、動いているものはいない。
少し魔術の練習もしながら歩く。道の凹みに向かってアースボールを使う。
大きさと硬さと勢いが重要だった。まず、大きさ、凹みのサイズに合わせて慎重に大きさを調整する。次に硬さと勢いのバランス、あまりに勢いよく柔らかいものを作ってしまうと、飛び散って凹みが埋まらない。ほどよい感じを狙うのだ。
あくまで魔術の練習だ。真剣に道の補修作業をしたいわけではない。ただ単にアースボールをぶつける。それだけで、どれだけ程よく凹みが埋まるか、ゲーム感覚で魔術を使い続ける。
冒険者ギルドを通過し、クレアのテントが近づいて来る。さて、どうやってクレアを起こそうか。ウォーターボールで脅かすのが良いかもしれない。
ふと、遠くでカンッカンッと何かのぶつかり合う音が響いていることに気付く。
クレアのテントの近くまで来た。音の発信源は少し北東の森のようだ。先にそちらを確認することにする。村の中は安全なはずだが、少しだけ身をひそめる。
森の中に入る。木立の間で、ピンク色のものがひらひらとしているのに気付く。
近づくと、濃いピンクの髪の少女とスキンヘッドの大男が木剣を交えていた。クレアと父親のブロンだ。
アルトは呆気に取られて、少しの間、2人の訓練を見ていた。
クレアは普段のワンピースと違い、ショートパンツとTシャツを着ている。アルトに気付く様子はない。
どうやら、ブロンには気付かれているようで、木剣を交えながら、じわじわとアルトの方に近づいてきた。そこで、やっとクレアが気付く。
「アルトォ!!」
クレアが嬉しそうにこちらに駆け出した。直後、ブロンが木剣で、クレアの背中を弾いた。
「はい、スキありー」
クレアが勢いよく、アルトの目の前で顔面から地面に突っ込んできた。
傷だらけ、泥まみれのクレアが顔だけ上げる。満面の笑みだ。
「おはよぉ!」
アルトも答える。
「おは……よう……」
ブロンがこちらに来た。
「アルト、おはよう。お前もやっていくか?」
ブロンは予備の子供用の木剣を持っていた。クレアが起き上がり、横で飛び跳ねている。
「やろぉ!やろぉ!!」
これは想定外だ。ブロンに強引に木剣を持たされ、今、クレアと2人で、ブロンに対峙していた。ブロンは普段は1本の剣で戦うのだが、今は二刀流の形を取っている。
いざ、打ち込もうと思うと、迫力が違う。どこに打ち込んでも当たる気がしない。じわじわ横に動く。ブロンはにやりと笑う。ちょうど、クレアの反対方向に達したタイミングで打ち込む。
直後、クレアが動く。クレアの方が初撃が到達するのが早い。ブロンはクレアの攻撃を受け流し、アルトの攻撃を木剣で受け止める。勢い余ったクレアはアルトの右後方でよろめいたが、すぐに立て直す。アルトはつばぜり合いの体勢のまま、左に回り込む。
唐突にブロンが爆笑した。
「アルト、お前ホント汚ねぇなぁ!ダンそっくりだぜ、クレアァ!!アルトの動き方しっかり見とけ!!しかし……」
と、笑うのをやめ、少し残念そうな顔をする。
「弱すぎるなぁ」
クレアがフォローする。
「アルトは魔術師だよ!弱いのは当然だよ!!」
ブロンは納得する。
「おお、そうだったなぁ。よぉし、アルト、魔術使っていいぜ!迷宮のフロアボスだと思って、『魔剣』の2人でかかってこい!!」
つばぜり合いの体勢から、ブロンが急にしゃがみ込む。アルトがのけぞったタイミングで胸倉をつかまれ投げ飛ばされ、クレアに激突する。
アルトは立ち上がり、クレアの後方から、やや右に逸れたところに移動する。
ブロンはにやりと笑う。
その直後、とてつもない勢いで、何かが飛んできて、ブロンの頭で砕けた。側頭部からは血が流れている。落ちた残骸を見ると、どうやら茶碗のようである。
「アンタ!ご飯!!」
短く刈り込んだ茶色の髪、緑の目をした女性が現れる。クレアの母親、ヒルダだ。
「あら、アルト君。一緒にご飯、食べていく?」
アルトの返事よりも、まずはブロンが不平をもらす。
「痛ぇじゃねぇかぁ」
ヒルダはそれに答える。
「アンタの頭は遠くでも良く光るんだよ!気をつけな!!」
ヒルダは振り返って歩き出した。
ブロンは懐からポーションを2つ取り出し、アルトとクレアにばしゃりとぶっかけ、ヒルダに続く。アルトとクレアもそれに続いた。
パンとスープの簡単な朝食。クレアはいつものワンピースに着替えてから来た。泥もしっかりと落としている。
食事の間中、会話の中心はブロンだった。
「しかし、アルトはパーティーってもんを良く分かってるなぁ」
「しかし、アルトは弱ぇなぁ」
「クレアの剣はどんどんよくなってるぞ」
「アルトの魔術、見たかったなぁ」
「明日も絶対ぇ来いよ!」
「冒険者の方は順調か?」
アルトは会話の内容よりもブロンの首と肩まで汚す血が気になって仕方がなかった。しかし、それを気にしているのはアルトだけのようだった。
朝食を終え、クレアと出発する。東地区での火起こしとFランク依頼、立ち退き依頼、それから昨日の夕方に受けた5つの依頼。今日はやることが目白押しだ。




