つぎはぎの真相・前編
「actor」
「俳優」
「second」
「二塁」
「違うよ、二番目とか次のとかだよ」
「え〜、分かんねぇよ」
教室では多くの生徒が教科書や単語帳を眺めていた。
「何で単語テストなんかやるんだろうな」
「湊みたいな生徒減らすためでしょ」
「え〜」
湊は唇を尖らす。
「え〜じゃないよ。ほら、次は⋯⋯judge」
「ジャッジする」
「そんなそのままなわけないじゃん」
「じゃあ、何だよ」
「判断する、裁判する、裁判官」
「分かるかっ」
「audienceは?」
「オーディエンス」
「私が言ったままだよ」
「もう無理」
湊は机に突っ伏した。
「湊、先生来るよ」
澪が湊の腕を叩く。
「うい」
湊が顔を上げる。
担任がドアを開ける。
「テスト、やるぞー。席着けー」
「湊、どうだった?」
「もちろん0点」
湊は歯を見せて笑う。やってやったぜとでも言いたいのか。
「駄目じゃん」
「そういう澪は?」
「満点」
「さすがだな」
「湊〜、どうだった?」
クラスメイトの男子が湊に近づく。
「もちろん、0点」
「もちろんじゃねぇよ」
「うっせえ、風間。お前はどうなんだよ」
「もちろん、0点」
「お前もじゃねぇかよ」
湊がビシッとツッコむ。
澪はその漫才のようなやり取りを見て微笑む。
私もこうなりたいなぁ。
「月島さんは?」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、クラスメイトの女子がいた。
「テスト、どうだった?」
どう言えばいいんだろう?満点だったって普通に言えばいいのかな。でも、自慢に聞こえるかもしれないし。
「⋯⋯」
「?」
クラスメイトの女子は首を傾げる。
澪は助けを求めるかのように、湊を見つめる。
「湊⋯⋯」
「ん?ああ、」
湊は親指を立てて、ウインクする。
「澪は満点だったよ」
湊はクラスメイトの女子に話す。
「すごいね」
「すごいでしょ」
湊は自分のことのように胸を張る。
「ちなみに、俺も満点」
「堂々と嘘つくんじゃねぇよ」
今度は、風間がビシッとツッコむ。
「で、東雲は?」
「私も満点」
東雲は右手で丸を作る。
「そういや、話変わるけど」
風間が手を叩く。
「何?」
「ニュース見た?」
「ああ、あれ?闇バイトの裁判の話?」
「それじゃない、あれだよ」
風間が自分の頭を叩く。
「あれだよ、あれ」
「それで誰が分かんだよ」
「これのこと?路地裏での殺人事件」
東雲がスマホの画面を見せる。
「そう、それ」
「なんかさ、この町事件多くね」
「ね〜、この事件も犯人捕まってないし。物騒だね」
「気をつけなよ」
「湊、変なフラグ立てんのやめて」
「そういうわけじゃねぇよ」
「はいはい」
「ふふっ」
いつもの教室。楽しい時間。平和な日常。
「じゃあな」
「またな〜」
東雲、風間と別れ、湊とともに帰路につく。
「少し涼しくなってきたなぁ」
「そうだね」
街道沿いの木々も色づき、風も肌寒くなり始めた。
「なぁ、澪」
「何?」
「今日の英単語、マジで難しくなかった?」
「そう?」
「そうだよ、よく百問全部正解できたな」
「勉強してるから」
「まぁ、そうか」
「湊も勉強しなよ」
「俺もしてんだけどな〜」
湊は頭の後ろで手を組む。
「あれ?」
湊が不意に立ち止まる。
「どうしたの?」
「いや、あれ?」
湊が前方を指さす。
その方を見ると、スーツ姿の、くたびれた様子の警察官がいた。
「駄目だよ、湊。あれって呼び方しちゃ。一応年上だよ」
「一応って、澪も若干なめてない?」
「そんなことはない。ちゃんと礼儀は持ってる、誰かと違って」
「誰でしょうね〜、そんな人?」
湊は下手な口笛を吹く。
「お久しぶりです、高橋さん」
湊は高橋に話しかける。
「ん?」
高橋が振り返る。
澪と目があった瞬間、高橋が額に手を当てる。
「また君たちか⋯⋯」
「何すか?その顔」
「いや、だってな〜」
高橋がやれやれといった様子で肩を落とす。
「君たちが来ると嫌な予感しかしないんだよ」
「知らん知らん。俺らのせいじゃないし」
「分かっているけどな⋯⋯」
湊は高橋を見る。
「高橋さん、なんか事件の捜査中?」
「まぁ、そうだな。ていうか、なんで分かった?」
「澪が、服がスーツ姿だからって」
「相変わらず澪の観察眼はすげぇな」
高橋はスマホを取り出す。
「昨日起こった路地裏での殺人事件知ってるか」
高橋が見せたスマホには、ニュース映像が映っている。
「うん、知ってるよ。まだ犯人捕まってないんでしょ」
「捕まってはないんだけどな」
「けど?」
「まぁ、立ち話も何だし。どこか店でも寄るか」
「で?事件について何か分かってるんですか?」
三人は近くのファストフード店で話し合っていた。
「ああ、大体のことは」
「大体って?」
「例えば、犯人とかな」
「えっ?」
「⋯⋯」
「犯人分かってんの?」
湊は身を乗り出す。
「まぁな」
「じゃあ、早く捕まえてよ」
「今、探してんだよ」
「分かった、そういうことか」
湊は椅子に座り直す。
「居場所が分かんないから天才であるこの月島澪の知恵を借りに来たのか」
湊は澪を指さす。
「え?」
「え?」
「⋯⋯」
澪は湊にだけ聞こえるように小声で話す。
「私、そんな頭良くないよ」
「何、謙遜してんの。英単語テスト、満点だったじゃん」
「それとこれとは違うでしょ」
「まぁ、そうか」
湊は納得したように頷く。
「高橋さん、事件のこと教えてください」
私の話、聞いてた?さっきの『まぁ、そうか』は何だったの?
「事件は昨日、路地裏で起こった、ここまではいいな」
「ええ、ニュース見ましたし」
「被害者は柴木奈々さん。死因は刺殺とみられている」
「なるほど。で、犯人は?」
「ああ、これだ」
高橋はスマホの画面を見せる。
「犯行の様子が監視カメラに思いっきり映っててな」
高橋はスマホを操作する。
「ただ、これはまだ公開されていない映像だから、他では言うなよ」
「え、俺らに見せていいの?」
「本当は駄目だ。だから、誰にも言うな。俺の首の安全を守ってくれ」
白いダウンパーカーを羽織った女性が夜道を歩いている映像だった。
「この女性が柴木奈々さん」
「へ〜」
澪は画面に注目する。
別に何もない、普通の道だけど。少し、暗い道だなとは思うけど。
「あっ」
湊が声を上げる。
一人の男が柴木の後ろから近づいてくる。
その手には、包丁が握られている。
「危ない!」
そのまま、男は止まらず柴木に襲いかかる。
次の瞬間、柴木が路上に倒れた。
「犯人の素性は分かっているんですか?」
湊は低い声で尋ねた。
「ああ、こいつだ」
高橋はスマホをスワイプする。
「えっ、この人って⋯⋯」
「ああ、君たちも知ってるだろう」
「猪野長次、っすね」
猪野長次。この前の黒服の男事件での容疑者だった男。
「動機は?」
「まだ分からない。が、その代わり、他のことは分かっている」
「何ですか?」
「柴木さんは一週間前にストーカーの被害届を出している」
「その相手は?」
「人相は分からないが、黒いパーカーに黒い帽子の男だったそうだ。だから、警察は猪野が柴木さんをストーカーしていたのではないかと踏んでいる」
「確かに、この映像の男も黒いパーカーに黒い帽子ですね」
「それに、ほら」
高橋が画面を叩く。
静止した画面には、猪野の顔が映っていた。
「これは、確定ですね」
湊はポテトを口に投げ入れる。
「あと、これが現場に」
「なにこれ?」
画面には、サイコロの写真。
「サイコロ?」
「そうだ。でも、これが普通のじゃないんだよ」
「普通じゃない?」
「ああ、目が全部2なんだ」
「1から6じゃなくて?」
「ああ」
「確かに、普通のサイコロじゃないですね」
湊が頷く。
「あと、これが」
高橋はもう一度スマホをスワイプする。
次の写真は映画のチケットのようだった。
「チケット、ですか?」
「そうだ。しかし、何のチケットか全く分からないんだよ」
「何も書いてないの?」
「書いてはあるんだが⋯⋯」
「なんて?」
「英語でlong time no see. actorってな」
「actor!」
湊が机を叩く。
「本当にactorって書いてあったんだよね?」
「あ、ああ。そうだが⋯⋯」
「高橋さん、覚えていないの?」
「はっ!」
高橋が机を叩く。
「二年前の⋯⋯」
「うん、あのときも⋯⋯」
澪の脳裏に二年前のあの日の光景が広がる。
鳴り響くサイレン。張り巡らされた規制線。忙しく動く警察官の姿。
そして、横たわる親友のそばに置かれた、一枚のチケット。
『nice to meet you.actor』
ファストフード店に重い沈黙が横たわる。
ブブッ。
沈黙を破るように高橋の無線が震える。
「はい、もしもし」
『何してんだ、高橋』
「何って⋯⋯捜査ですよ、捜査」
「嘘つき」
湊が小声で呟く。
次の瞬間、高橋の無言のチョップが飛ぶ。
「いってぇな」
『高橋、あれだろ。どうせまた日月星トリオに捜査情報流してんだろ』
「⋯⋯」
高橋がふいに黙る。
澪も湊も口を開かない。
「三井先輩」
『あっ、そうだったな。もう日月星トリオじゃねぇんか』
日月星トリオ。二年前までの私たちの呼び名。
「私たちの名字の頭文字を取ってさ、日月星トリオなんてどうかな」
「賛成」
「私もいいと思う」
澪の脳裏にいつかの会話が浮かんだ。
「茜⋯⋯」
気づけば澪の口から漏れていた。
「澪、大丈夫か?」
湊が心配してくれる。
「大丈夫だよ、ありがとう」
澪は湊に微笑む。
「そっか、良かった」
湊も微笑み返した。その笑顔は互いに少しぎこちなかった。
「大丈夫ですよ、捜査情報流すなんてことしませんよ」
『そうか?ならいいんだけどよ』
「で、何の用ですか?説教なら切りますよ」
『ああ、すまんすまん』
『高橋、お前の近くで通報があった』
「内容は?」
高橋の声が締まる。
『女子高生が血を流して動かないと』
「場所は?」
『五丁目だ』
「すぐに向かう」
高橋は無線を切る。
「俺らも行きます」
湊が席を立つ。
無線からの連絡があった後、三人は現場に向かった。
公園前の歩道橋の上で大の字に女子高生は寝ていた。いや、寝ているように見えた。
「間に合わなかったか」
女子高生の手首に手を当てた高橋が呟く。
「高橋さん、あれって⋯⋯」
湊が女子高生の足元を指さす。
「またかよ」
高橋が舌打ちをする。
澪も視線を動かす。
そこには、全ての目が4のサイコロと『we meet again.actor』と書かれたチケットがあった。
「被害者は篠森五百里さん。死因はおそらくあの背中のナイフでしょう」
鑑識さんが高橋に説明する。
「なるほどな、ん?篠森五百里?」
高橋が手帳を取り出す。
「どうしたんすか?高橋さん」
「ああ、この子。闇バイトの子か」
「闇バイト!?」
湊の目が飛び出る。
「今朝のニュースであったじゃん」
澪の呟きが後ろから聞こえた。
「ああ、確かに。あれか」
「現場には犯人につながるものはなにかあったか?」
「ええ、監視カメラにこれが⋯⋯」
鑑識がタブレットを差し出す。
「これは、そこの公園の入り口付近を撮影したものです」
タブレットには、黒いパーカーに黒い帽子の猪野が映っていた。
「また、こいつか」
湊が低く呟く。
「あと、被害者のそばにこんなものが⋯⋯」
鑑識の手には硬貨ぐらいの大きさのボタンがあった。
「何が書いてあんだ?」
高橋がボタンを凝視する。
「けものへんにチェックマーク二つ⋯⋯右下は羊か?」
高橋の眉間にみるみるシワが寄っていく。
「かすれててよく見えねぇな」
「五百里!」
後ろから男性の叫び声が聞こえた。
振り返ると警察官に止められている男性がいた。
「五百里!」
その男性は今にも泣きそうな声で叫び続ける。
「篠森健一さんですね、この度はご愁傷さまです」
高橋が近づき、頭を下げる。
「そうだ。警察がちゃんと仕事しないから、奈々も五百里も⋯⋯」
「高橋さん」
湊が小声で呟く。
手には澪からのカンペが送られたスマホが握られている。
「その人、誰?」
「ああ、篠森健一さん。この歩道橋の事件の被害者、篠森五百里さんの兄で、この前の路地裏での事件の被害者、柴木奈々さんの恋人だ」
「恋人に続いて妹まで喪うなんて」
湊が唇を噛む。
「五百里だってなんで闇バイトなんか⋯⋯」
健一が膝から崩れ落ちる。
ピロン。
湊のスマホが鳴った。
『五百里さんのこと、聞きたい』
澪からのメッセージだった。
「でも、健一さん。かなり傷ついているよ」
『それはそうなんだけどさ⋯⋯。猪野さんの場所が分かるかもしれないし。湊のコミュ力でどうにかして』
「ん〜」
湊が頭をかき乱す。
「分かったよ」
「健一さん」
湊が健一に近づく。
「何だ?」
健一が顔を上げる。
「今回は本当にご愁傷様です」
湊は頭を下げる。
「俺も二年前、親友を喪ったんですよ」
その口調はとても優しく、後悔が滲んでいた。
「知ってますか?二年前の『女子中学生刺殺事件』」
「ああ」
「だからってわけじゃないですけど、俺も健一さんの気持ちが少し分かります」
湊が健一と目線を合わせるため、しゃがみ込む。
「五百里さんのこと教えてくれませんか?」
その声はとても優しい声だった。
「俺達のお袋は五百里を産んですぐに亡くなったんだよ。そのときから親父が俺達二人を男手一つで育ててくれたんだ」
湊は何も言わず、ただ相槌を打ち続ける。
「でも、長年の無理が来たんだろうな。一ヶ月前、親父がぶっ倒れたんだ」
澪も何も言わない。何も言えない。慰めの言葉さえ無粋だと感じた。
「それから、五百里は家に帰らないことが増えてな、今考えれば親父や俺のことを考えてくれてたんだろうな。だから、運び屋なんてやってしまったんだろうな」
その顔には強い後悔が浮かんでいた。
「そのまま、あいつは捕まり、法廷へ。でも、無罪になったんだ。こっから三人でまたって思ってた矢先に⋯⋯」
健一の目にまた涙が浮かび始めた。
「辛いことをお聞きしました。ありがとうございました。必ずや、犯人を捕まえます」
湊は立ち上がり、健一をあとにする。
「高橋さん、猪野を探そう」
「言われなくても。だが、動機が分からない」
高橋が手帳を開く。
「さっき、先輩に警察のデータベースで調べてもらったが、篠森五百里さんと猪野長次に接点が見つからない」
「じゃあ、五百里さんのことを調べますか」
「だな、闇バイトの組織が分かっていればいいんだがな⋯⋯」
「だったら、逮捕されたあとの人に聞くべきじゃない?」
湊はスマホのカンペを見る。
「裁判まで行ってるなら、裁判官が何か知ってるかもしれないよ」
「そうだな」
高橋は手帳を閉じる。
「じゃあ、話を聞きに行くか」
三人が向かったのは、裁判所だった。
「でも、裁判官に直接会えるんですか?」
「もちろん、警察を舐めんな」
「それって、大丈夫なセリフですか?」
「ん〜、ギリギリアウト」
「じゃあ、駄目じゃん」
「でも、話を聞けるのは本当だ。あちらの時間に合わせることになっている。少し待ちの時間だ」
「『裁判官の名前、分かっているの?』だってさ」
湊はスマホの画面を見せる。
もちろん、澪からのメッセージだ。
「ああ、四宮敦子さん、四本天真さん、四谷参月さんの三人らしい」
しばらくすると、三人の男女が扉からでてきた。
「すみません、お待たせしてしまって」
右側の恰幅の良い男性が少し薄くなった頭を撫でる。
「いえ、お時間取っていただきありがとうございます」
「え〜と、篠森五百里さんの裁判の話ですよね」
「ええ、できれば一人ずつお話をお伺いしたいんですが⋯⋯」
「わかりました、あそこの部屋でよろしいですかね?」
男性が近くの扉を指さす。
「はい。では、一人ずつ入って来てください」
最初に話を聞いたのは、先ほど高橋と話していた男性だった。
「まずは、お名前を教えていただけますか?」
「四本天真です。天に真って書きます」
「なんか、『天真』って感じがしねぇな」
湊が小声で呟く。
瞬時に、高橋のチョップが湊の頭めがけて飛ぶ。
「いてっ」
「すみません、うちのクソガキが」
高橋が微笑みながら、頭を下げる。
その後ろでは、「誰がクソガキだ!」と喚く湊を澪が制止している。
「それでは、裁判のことを教えてください」
「はい」
四本が頭を掻く。
「あの事件は、まぁ情状酌量の余地があると思ったんです」
「というのは?」
「あの子は、運び屋って言ってもそんなにやってなかったんです。それに動機があれですからね〜、ほぼ無罪や執行猶予の方向へと向いていたと思います」
湊は腕を組んで首を傾げる。
「じゃあ、そんなに罪が重くなるような状況じゃなかったってこと?」
「ああ、本人も反省の意思がありましたし、彼女はあくまで巨大な組織の末端、そんな気がしました」
「なるほど」
高橋は会話の内容を手帳に書き留め、手帳を閉じる。
「ありがとうございました」
「ええ、というか五百里さんに何かあったんですか?」
「すみません、捜査情報なんで」
高橋が頭を掻く。
「そうですか。まぁ、五百里さんの無事を祈ってます」
次に話を聞いたのは、細身の女性だった。
「お名前を教えていただけますか?」
「ええ、四宮敦子です」
四宮は胸ポケットから名刺を取り出す。
「ありがとうございます」
高橋は名刺を受け取り、自身の手帳に挟む。
「では、五百里さんについてお話いただけますか?」
「ええ、あの事件は有罪かなって思ったんです」
「ほう、なぜですか?」
「あの子が何を運んでいたか知ってますか?」
「いえ、あまり。私はそこまで詳しく聞いていないもので⋯⋯」
「爆弾ですよ、爆弾」
「爆弾!?」
湊が思わず声を上げる。
「ええ、あの子が関わっていた組織がなかなか凶悪でしてね。爆弾での大量殺人を試みていたそうよ」
四宮は肩をすくめる。
「まぁ、あの子が自首してくれたおかげでそれは未然に防げたんだけどね」
「へぇ」
「他にもあの子は麻薬とかも運んでいたらしいし。家庭環境は、まぁ同情するけど⋯⋯」
四宮の顔が少し曇る。
「でも、犯罪は犯罪なので。それに爆弾も麻薬も人の人生を狂わせるものだから」
「ええ、分かりました。裁判のときなど、何か不審な点はありませんでしたか?」
「いえ、特には」
「そうですか。ありがとうございます」
「早く犯人を捕まえてくださいね」
「ええ、お任せください」
高橋は敬礼する。
「では」
四宮は部屋を出ていく。
ガチャリ。
澪は閉じられたドアを見つめていた。
最後に話を聞いたのは、少し痩せた女性だった。
「こちらにおかけください、四谷参月さん」
「はい」
四谷は高橋の向かいの椅子に腰掛ける。疲れが溜まっているのか、目の下には薄い隈があり、顔色もあまり良くなかった。シワのついたシャツの胸ポケットからは、折り畳まれた紙の端が覗いている。四谷はそれを隠すように、そっとポケットを押さえた。
「では、事件のことを教えていただけますか?」
「ええ、あの事件は非常に悩むものだった気がします。被告の年齢や家庭環境からみても情状酌量の余地がありますが、運んでいたものがあれなもんで。四谷さんか四宮さんのどちらからか聞きましたか?」
「はい、爆弾を運んでいたと」
「ですが、言われて仕方なくという感じでしたし、本人の反省も見えていました。合議では、彼女の年齢や犯行への関与の程度が大きく考慮されました」
「そして、五百里さんは無罪になったと」
「あってます」
高橋が手帳に書き留める。
「何か、不審なことはありませんでしたか?」
「いえ、特に」
「そうですか、ありがとうございました」
四谷は小さく頭を下げ、部屋を出ていった。
「五百里さん、かなり危ないことをしていたんだね」
「ああ、警察である俺の立場では悪だと判断するんだがな〜。さすがに可哀想と感じるな」
「でも、猪野のことは何も分かんなかったね」
「そうだな。なぜ、猪野は五百里さんまで手にかけたのか⋯⋯?」
「分からないな〜、五百里さんにもストーカーしていたとか」
「さぁ、それに関しては何も分からないな。少なくともストーカーの被害届は来てない」
「ん〜」
湊は頭を抱える。
「犯人誰なんだよーー!」
湊は思い切り立ち上がる。
「よし、現場を見よう。現場十遍だ」
「九十遍足んねぇぞ」
『現場百遍だよ』
高橋のツッコミと澪からのメッセージがほぼ同時に湊に届く。
「まぁ、そこはどうでもいいんだよ。高橋さん、最初の現場に案内してくださいよ」
「まぁ、分かった」
三人は、住宅街の路地裏に向かった。
「この事件、茜の事件の犯人が絡んでいますかね」
「あのチケットがあるんだ。無関係とは言えないだろ」
「『でも、何か違う気がする』って、何で?」
ピロン。
『あの時にはサイコロなんてなかった』
「まぁ、そうだけどさ。あのチケットは共通してるんだぜ」
『そうなんだよね⋯⋯』
「そろそろ着くぞ」
高橋が振り返る。
「高橋さん、あれ⋯⋯」
湊が高橋の背後を指差す。
「え?何が⋯⋯」
高橋が振り返る。
直後――。
高橋が猛スピードで駆ける。
澪も高橋の奥を見る。
「はっ」
その視線の先には、一人の男性が倒れている。
男性に近づいた高橋が呼びかける。
「大丈夫――」
「どうした、高橋さん」
「死んでる」
高橋の声には、いつもの軽さはなかった。
開いた口。光のない双眸。背中に刺さったナイフ。
澪は何も言えなかった。
「高橋さん、この人って⋯⋯」
湊が呟く。
「猪野長次⋯⋯」
黒いパーカーに黒い帽子。監視カメラで見た猪野長次本人だ。
「じゃあ、犯人死亡で事件解決⋯⋯?」
「だったらいいな」
高橋が猪野の足元を指さす。
そこには、目が全て1のサイコロ。
そして――。
「こっちは嬉しくないけどな」
『i am glad to meet you again.actor』と書かれたチケットがあった。




