一欠片のケーキ
放課後。
教室には、帰り支度をする生徒たちの声が響いていた。
「澪、今日暇?」
隣の席の幼馴染、湊が尋ねてくる。
「うん」
澪は小さく頷く。
「でも、なんで?」
「公園の近くにケーキ屋あんじゃん?」
「まぁ」
澪は周辺の地図を頭に浮かべる。
公園の近く⋯⋯。
確か、あったはず⋯⋯。
「そこでさ、期間限定でホイップクリームが倍増しているショートケーキがあるんだって」
湊がスマホの画面を澪に見せる。
画面には『期間限定 ホイップクリーム増量中!』の文字。
「湊、甘いもの好きだもんね」
「そうそう、だから一緒に来てくれない?」
「いいよ。私もケーキ、食べたい」
澪は鞄のチャックを閉める。
「よし、じゃあ行こっか」
二人は鞄を持って玄関に向かう。
「今日は部活ないの?」
「うん。今日はオフ」
「そっか」
湊は靴を履き替えると、先に外に出る。
「じゃあ、行こうぜ」
「うん」
澪も靴を履き替え、湊の後を追う。
校門を出ると、少しずつ人通りが少なくなっていく。
「ケーキ屋って、公園の向こうだっけ」
「そうそう。でも、あの公園は迂回していこうぜ」
「うん。ありがとう」
あの公園⋯⋯。
澪は二年前の光景を思い出す。
親友を失った場所だ。
あの日から、もう二年。
「⋯⋯」
澪は何も言わず、湊の隣を歩く。
「楽しみだなぁ」
湊が、重くなりかけた空気を払拭するかのように明るい声を出す。
「ホイップクリーム増量」
「そんなに食べるとからだに悪そう」
「そんなことないだろ。甘いものは正義だ」
「何? その謎理論」
「甘いものを食べると幸せホルモンが分泌されるんだ」
「そうなの?」
「いや、知らんけど」
「知らないじゃん」
「でも、多分合ってる。どこかで聞いたもん」
「どこで?」
「夢の中」
「それは違くない?」
「そうかもな」
湊は楽しそうに笑う。
その笑顔を見ていると、澪も自然と笑ってしまう。
「⋯⋯まぁ、いいけど」
「でしょ?」
「うん」
二人はそのまま歩き続ける。
しばらくすると、目的のケーキ屋が見えてきた。
白い壁に、大きなガラス窓。ケーキの絵が描かれた看板。ところどころにシックな熊の装飾が施されている。
店内にはショーケースのほかに、いくつかテーブル席も並んでいた。
「⋯⋯あれ?」
澪が足を止める。
「そうそう、あれ」
湊が頷く。
「パティスリー・ポラリス」
「へぇ⋯⋯」
澪は店を眺める。
外からでも、ショーケースに並んだケーキが見える。
「それじゃあ、入ろうか」
「うん」
湊がドアを開く。
「いらっしゃいませ」
店員の声が聞こえる。
甘い香りが、ふわっと鼻をくすぐった。
「⋯⋯いい匂い」
「そうだな」
湊も犬のように鼻をひくつかせ、店内の甘い香りを堪能している。
「⋯⋯最高だな」
湊が幸せそうな顔をする。
「いらっしゃいませ。お二人でご来店ですか?」
店員が笑顔で話しかけてくる。
「はい!」
湊がすぐに答える。
「ありがとうございます。こちらのショーケースからお選びください」
「どれにしようかな」
湊がショーケースを覗き込む。
「⋯⋯」
澪も隣からケーキを見る。
ショートケーキやチーズケーキ、モンブラン。
色とりどりのケーキが並んでいる。
「これだな」
湊が指を指す。
「ショートケーキ」
「やっぱりそれなんだ」
「当たり前だろ」
湊は迷うことなく店員に伝える。
「すみません、これください」
「ショートケーキですね。期間限定で、ホイップクリーム増量にできますがいかがしますか?」
「よろしくお願いします」
「ありがとうございます。お客様は、どちらになさいますか?」
店員が澪を見る。
「⋯⋯」
澪の頭が、一瞬真っ白になる。
どうしよう。決まっているんだけど⋯⋯。なんて言えばいいのだろう? 普通に「モンブランで」って言えばいいのかな。それとも、湊みたいに「これください」の方がいいのかな。でも、冷たいって思われないかな。
「⋯⋯」
澪は静かにショーケースの中のモンブランを指さした。
「モンブランですね、かしこまりました」
店員がショーケースの鍵を開け、中から二つのケーキを取り出した。
「こちらでお召し上がりになりますか?」
「はい。お願いします」
湊がすぐに答える。
「かしこまりました。それでは、お席へどうぞ」
店員に案内され、二人は窓際のテーブル席に腰掛けた。
ほどなくして、二人の前にケーキが運ばれた。
「美味しそう」
「そうだな」
湊がフォークを握る。
「じゃあ、食べよっか」
澪もフォークを手に取る。
「いただきます」
湊がホイップクリームが垂れるショートケーキを頬張る。
「ん〜」
湊の口元が緩む。
「おいしい。やっぱ期間限定だな」
「ホイップクリームが増えただけだと思うけど⋯⋯」
「そこがいいんだよ」
「へぇ」
澪もモンブランを口にする。
栗の甘さがふわっと広がった。
生クリームとスポンジも相性が良い。
「⋯⋯美味しい」
澪は小さく呟いた。
「ねっ」
湊も賛同する。
澪が次の一口を運ぼうとした――。
ドンドンドン!
店の奥から何かを叩く音が聞こえる。
「⋯⋯?」
澪の手が止まる。
「なんだ?」
湊も音のした方を見る。
すると――。
「鍵、取ってきます!」
男性がこちらに駆けてきた。
そして、レジ横に掛けてある鍵束を手に取る。
あんなところに置いておいて、大丈夫なのかな⋯⋯。
そんなことを考えていると、男性が店の奥へ戻っていく。
「店長ー!」
直後――。
「キャーーーー!」
女性の悲鳴が店内に響いた。
「!」
湊がすぐに立ち上がる。
「行くぞ、澪!」
「う、うん!」
澪も慌てて後を追う。
店の奥へ向かうと、すでに何人かの店員が集まっていた。
その先には、開かれたドア。
隣には「事務室」と書かれたプレート。
澪は湊とともに部屋の中を覗き込む。
「――!」
そこには、男性が椅子に座ったまま動かなくなっていた。
「店長⋯⋯?」
誰かが、小さく呟く。
呼びかけに答える気配もない。
湊が駆けつけ、男性の手首に手を当てる。
そして、暗い顔で呟いた。
「だめだ。もう⋯⋯死んでる」
店内の空気が、一瞬で変わった。
ケーキの甘い香りはもう澪の鼻に届かない。
「また君たちか⋯⋯」
男性の遺体を発見したあと、すぐに警察へ通報した。
そして、しばらくして到着したのが、この渋い顔をした警察官だった。
「ひどいなぁ、高橋さん。俺たちがまるで死神みたいな言い方じゃないですか」
湊が苦笑する。
「実際、君たちがいるところで事件が起こるんだよ」
「そんなことないですよ」
「そんなことあるんだよ」
高橋は指を折りながら、数え始める。
「黒猫の呪い事件や恐竜展事件。それから、この前の黒服の男事件⋯⋯」
「分かりましたって」
湊が苦笑を浮かべる。
「俺たちだって、好きで事件に巻き込まれるわけじゃないんですから」
「それは分かっている」
高橋はため息をつく。
「そんな人間は、俺の知る限り一人しかいない」
「俺も今、同じ人を思い浮かべてます」
湊が肩をすくめる。
澪は、そのやり取りを湊の背中越しに聞いていた。
そして、澪の脳裏には今は亡き「そんな人間」の姿がよぎった。
「さて、君たちもいたからには手伝ってもらうかな」
「任せてくださいよ」
湊が自身の胸を叩く。
「こんなの『ケーキオブピース』、朝飯前ですよ」
澪が湊の背中を引っ張る。
「湊、」
「ん?」
「『ケーキオブピース』じゃなくて『piece of cake』だよ」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだよ」
「まぁ、高橋さんも頭よくないから大丈夫でしょ」
澪は小さく笑う。
「湊、後ろ」
「え?」
スコーン!
高橋が湊の頭にチョップを落とした。
「聞こえてんぞ」
「痛ぇ」
「俺は警察学校のとき首席だったんだぞ」
「へー」
湊はさも興味なさそうに答える。
「まぁ、いいや。そんな無駄話はこれくらいにして、事件のことを教えてくれ」
「はい」
湊は事件の概要を話し始める。
「女性の悲鳴を聞いたから、俺と澪が駆け寄りました」
高橋は愛用の手帳を取り出した。
湊は高橋のペンが止まるのを見計らって、続ける。
「そしたら、今回の被害者が椅子に座った状態で亡くなっていました」
「なるほど。特に不審な点はなかったか?」
「⋯⋯特に?」
湊は首を傾げながら答える。
「分かった」
高橋は手帳のページをめくる。
「では、お前らにも情報を共有するか」
高橋が事件の概要を話し始める。
「被害者は中杉勇太さん。この店の店長だ。事件当時、店の中には、被害者と君たちを含めて七人しかいなかった」
「なるほど」
湊が頷く。
「で、俺と澪はお互いにアリバイの証人だから容疑者から外れると」
「そうだ」
高橋は頷く。
「そして、事件の状況から、現時点では容疑者は店員の四人だということになる」
「じゃあ、その四人から話を聞きましょうよ」
「そうだな」
高橋はそう言って、一人の女性店員に近づいた。
「すみません。警察の高橋です。お名前を伺ってよろしいですか?」
「あっ、はい」
女性は緊張した様子で答える。
「南原莉音です」
「南原さんですね」
高橋はペンを走らせていく。
「南原さん。事件が起きたとき、何をしていましたか?」
「私は店長に用事があって、事務室へ向かいました」
「ほう、なぜ事務室へ?」
「店長はこの時間、事務作業をするために事務室にいることが多いんです」
「なるほど。それで、事務室へ向かった」
「はい」
南原が頷く。
「事務室のドアを開けようとしたら、開かなくて⋯⋯」
高橋のペンが止まる。
澪も目を見開く。
湊がおそるおそる尋ねた。
「それって、つまり⋯⋯鍵がかかっていたってこと?」
「そうそう」
南原は頷く。
「そして、近くにいた東野くんがドアを叩いて、店長を呼んだんだけど⋯⋯」
あの「ドンドンドン!」っていう音のことか⋯⋯。
「店長の反応がなくて、ドアを開けるために東野くんが鍵を取りに行ってくれたんです」
「それで、部屋の中には何が?」
「店長が椅子に座ったまま動きませんでした。すぐに、その子が⋯⋯」
「俺が確認したんだ!」
湊はフン!と胸を張る。
「はいはい」
高橋が受け流す。
「それで、そのとき何かおかしなところはありませんでしたか?」
「いえ、特に」
「そうですか。ありがとうございます」
高橋は軽く頭を下げ、南原をあとにする。
「じゃあ、次は東野さんですね」
湊が言う。
「まぁ、そうだな」
高橋は、少し離れたところに立っている男性へ近づいていく。
「東野さん」
「はい」
男性が振り返る。
鍵を取りに来た男性だ。
「事件当時、何をしていましたか?」
「南原さんと一緒に、店長の様子を見に行きました」
「その前は、何をしていましたか?」
「厨房でケーキを作ってましたよ」
「南原さんが事務室へ向かったのは見ていますか?」
「ええ、なんか慌てている様子でした」
「へぇ、慌てている?」
「はい。店長に用事があるって言ってました」
「で、あなたは?」
「俺はドアが開かないって南原さんから聞いて、ドアを叩いて店長に呼びかけてみたんです」
高橋の手帳の上でペンが走る。
「でも、返事がなくて急いで鍵を取りに行って開けたんです」
「中には被害者の遺体があったと?」
高橋が確認する。
東野は静かに頷いた。
「そうです。呼びかけてみても返事がなく⋯⋯」
「そのとき、何か変わった様子は?」
「特に変なところはありませんでしたよ」
「そうですか」
高橋は手帳を閉じる。
「ご協力感謝します」
「ええ、犯人早く見つけてください」
「最善を尽くします」
高橋は敬礼をし、その場を離れる。
「次はあの人かな」
湊が窓際に立っている男性を指さす。
「まぁ、そうだな」
高橋がその男性に近づく。
「すみません。北村さん」
「はい」
北村と呼ばれた男性が振り返る。
「事件当時、何をしていましたか?」
「僕はスタッフルームで休憩していました」
「そのとき、何か変わったことはありませんでしたか?」
「特に⋯⋯。ドアを叩く音は聞こえましたが⋯⋯」
「そうですか。ありがとうございます」
高橋は手帳を閉じてその場を去る。
湊もそれに続こうとしたが、澪が袖を掴む。
「どうした?」
「北村さんのアリバイが気になる」
「ん。任せて」
湊は北村に話しかける。
「ねぇねぇ。北村さん」
「どうした?」
「スタッフルームで何してたの?」
「何って⋯⋯。さっきも言ったっしょ、休憩してたって」
「一人で?」
「そうそう。鍵も閉めてたし誰も入ってこなかったよ」
澪は二人の話を聞きながら考える。
北村さんには、アリバイがない⋯⋯?
湊は続けて質問する。
「悲鳴は聞こえた?」
「ああ。それを聞いて急いで事務室に行ったよ」
「そっか」
湊が頷く。
「じゃあ、ありがと」
湊は手を振り、高橋のもとへ行く。
澪もあとに続く。
「どこ行ってたんだ?」
高橋は一人の女性に話を聞いていた。
「ごめんごめん、ちょっとね」
「まぁ。どうでもいいが、捜査を混乱させるようなことはするなよ」
私たちが捜査を手伝っていることを認めている時点でかなりアウトな気がするけど⋯⋯。
「分かってますよ〜」
湊は笑いながら手をひらひらさせる。
「ったく」
「あの〜」
高橋の後ろにいたの女性がおずおずと手を上げる。
「何かありました?」
「すみません」
高橋が振り返る。
「この悪ガキと話していたもので」
「違っ――」
湊の抗議は、高橋に口を塞がれて届かなかった。
湊が高橋を睨むが、高橋は知らんぷりを決め込む。
「それでは、西瀬さん。先ほどのお話をもう一度お聞かせください」
「はい」
西瀬は頷く。
澪は西瀬に見覚えがあった。先ほどケーキを注文したときに接客してくれた店員だ。
「私はお客様を対応するためレジにいました」
「事件当時も?」
「はい。東野くんが店の奥から走ってきて鍵束を持っていったところも見ています」
「なるほど。その後、みなさんとともに事務室に行ったと」
「そうです」
「そのとき、不審なものはありませんでしたか?」
「いえ、特には⋯⋯」
「そうですか⋯⋯」
「あっ」
西瀬が手を叩く。
「どうしましたか?」
高橋が尋ねる。
その目は、新たな情報を待ちわびる子犬のように輝いていた。
「不審なものではないんですけど、店長と南原さん、何か揉めてたらしいですよ」
「揉めてたとは?」
「南原さん、店長によく言い寄られてうんざりしてたって聞きました」
西瀬から話を聞いたあと、三人は窓際のテーブル席に座って、事件を整理していた。
三人の目の前にはケーキが置かれていた。
先ほど、湊が近くのスーパーで買ってきたらしい。もちろん、高橋のおごりだ。
「⋯⋯で?」
湊がショートケーキを口に運ぶ。
「どうすんの、これ?」
「これって?」
高橋はチーズケーキを切り分ける。
「いや、事件」
「まだ何も分かってないだろ。だからこうやって整理してんだろ」
「でも、四人から話を聞いたじゃないですか」
湊は指を折りながら整理する。
「南原さんは、中杉さんに用事があって事務室へ行った」
「ああ」
「でも、ドアが開かなかった」
「そうだな」
「そこに東野さんが来て、ドアを叩いた」
「うん」
「でも、中杉さんから返事がなかった」
「そうだ」
「だから東野さんが鍵を取りに行って、二人で中に入った」
「整理すると、そうだな」
湊はしばらく黙ってショートケーキを頬張る。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
湊はゆっくり咀嚼し、ショートケーキを飲み込む。紅茶を一杯飲み、一息つく。
「犯人誰なんだよーー!」
湊はいつものテンションで頭を抱える。
「分かんない」
高橋が即答する。
「高橋さん、首席だったんでしょ!」
「こういうときにはそう言うのか」
「それが俺ですもん」
「はいはい」
高橋はスーツの内ポケットから手帳を取り出す。
「南原さんは中杉さんと揉めてたらしいが、それだけじゃ犯人とは言えない」
「動機はあるってことだね」
「東野さんは鍵を取りに行ったけど、それは
普通の行動だろう」
「そうだね」
「北村さんは休憩中。アリバイはないけど、だからって犯人とは限らない」
「アリバイはない⋯⋯」
「西瀬さんはレジにいたって言ってるしな」
高橋がため息をつく。
「さっぱり分かんない」
湊もお手上げといった仕草をする。
その会話を聞きながら、澪は考える。
事件は密室で起こった。だから、犯行は不可能だったように思える。それに、全員が少しずつ怪しいし。密室の謎を解かないと、事件は解けないかも⋯⋯。
澪は店内を見渡しながら、頭の中で整理する。
窓際のテーブル席。ケーキが入ったショーケース。レジ。二本の鍵がついた鍵束。事務室。スタッフルーム。シックな熊の飾り。厨房。鍵穴のあるドアノブ。中杉さんと四人の関係。ドアを叩く音。絞殺遺体。モンブラン、美味しかったな。⋯⋯じゃなくて。四人の証言。密室殺人。密室。鍵のかかった部屋。
「分かった」
「え?何が分かったの?犯人?」
湊が興味津々な様子で聞いてくる。
「いや」
「じゃあ、何が分かったの?」
「犯人」
「その言い方はいつものパターンだな」
「うん。お願い」
二人が話している間、どこか不器用で優しい警察官は、少し離れた壁に背中を預け、二人を見守っていた。
「それじゃあ、行こうか」
湊は高橋に近づく。
「高橋さん、もう一度全員から話を聞きたい」
「そうか、誰からだ?」
「全員一斉に」
「分かった」
そうして、少し開けたところに店員四人が集められた。
「さて」
湊が前に一歩踏み出す。
「犯人が分かりました」
「え?誰なんですか?」
東野が尋ねてくる。
「その前に事件の整理をしましょう」
湊はスマホに表示された、澪から送られてきたカンペを見る。
「この事件は密室で起こったものです。皆さん、そうですよね?」
湊が四人に投げかける。
四人はそれぞれ、ためらいながら頷く。
「だからこそ、俺たちは密室の謎を解くことを考えていました。ですが、」
湊は人差し指を立てる。
「密室なんて存在しなかったんです」
「⋯⋯は?」
「⋯⋯え?」
四人が間の抜けた声を出す。
「いや、だって私たちが行った時は鍵がかかっていたのよ」
南原が反論する。
「ええ、だから密室だと思ったんですよね」
湊はスマホを見直す。
「でも、考えてみてください」
湊は口角を上げる。
「鍵なんて、普通に外からでもかけられるでしょ」
「それは、そうだけど⋯⋯」
「それはないよ」
今度は西瀬が反論する。
「私がずっとレジにいたし、その間ずっと鍵束はあったんだよ」
「ええ、鍵束はね」
湊はレジの横まで歩く。
そして、鍵束を手に取る。
「皆さん、この店って鍵のかかるところ、いくつありますか?」
「事務室、スタッフルーム、ショーケース⋯⋯」
北村が指を折って数える。
「三つだが?」
「本当に?」
湊は鍵束を掲げる。
鍵束には、鍵が二本ついていた。
「本当は、三本あるはずなんですよね?」
湊は確認するように続ける。
「ということは、残り一本――つまり、事務室の鍵は犯人が持っていることになりますよね」
「まぁ、そうなるよな」
北村が頷く。
「俺、もうその鍵の場所知ってるんですよ」
湊は少し間を置く。
「あそこです」
湊はスタッフルームを指さす。
四人全員の視線がスタッフルームに向く。
直後――。
パァァァンッ!!
四人の肩が、一斉に跳ねた。
湊の背中では、澪が巨大なクラッカーを持っていた。
店員の四人は大音量に驚き、動きが止まる。
澪は四人を観察する。
「見つけた」
耳を塞ごうとした南原。西瀬は開いた口が塞がらないままだ。北村は首をすくめている。
そして――。
エプロンのポケットを強く掴んでいる東野。
「湊、東野さん」
「だな」
湊は東野に近づき、そのポケットを指さす。
「東野さん、それ何?」
東野が視線を落とす。
自身の右手を見て、驚いたようだ。
素早く手を引っ込める。
「何も?ただ、自然となってただけだよ」
「自然と、ねぇ」
湊は不敵な笑みを浮かべる。
「何か入ってる?見せてよ」
「断る」
「やましいことがないなら、お見せいただけますか?」
東野の背後から、高橋が出てきた。
「高橋さんはいつもナイスタイミングだね〜」
湊が茶化すが、高橋は無言でそれを制する。
「東野さん、お見せいただけますか?それとも、見せられない何かがあるんですか?」
「チッ」
東野はポケットに手を入れる。
そして、ポケットから一本の鍵を取り出す。
「それは何ですか?」
湊が尋ねる。
「⋯⋯」
「あっ、そう。無言ね」
湊は東野に近づく。
「借りるね」
そして、東野から鍵を奪うように取る。
「ほい」
湊は事務室の前に移動した澪に鍵を投げる。
澪は事務室のドアノブに鍵を差し込む。
ガチャリ。
音を立てながら、ドアノブが回る。
「東野さ〜ん」
湊が東野の顔を覗き込む。
「あれ、事務室の鍵っすね、どうして持ってたんですか?」
東野は湊の圧に耐えられなかったか、大きく目をそらす。
「ひ、拾っただけだ」
「はいはい、まだ逃げるんですか」
湊はやれやれと肩をすくめる。
そして、湊は慌てた様子でポケットに手を入れる。
「次なんだっけ」
湊はスマホの画面を見る。
「え〜と」
湊は四人を見回す。
「皆さん、違和感ありませんでしたか?」
「違和感?特に何もなかったように見えるけど」
「いや、視覚じゃなくて嗅覚です」
「嗅覚?」
西瀬が首を傾げる。
「どういうこと?」
「僕たちが店内に入ったときには、ケーキの甘い匂いがしたんです」
「そりゃケーキ屋だからな」
高橋が頷く。
「でも、事件が起こったときには、そんな美味しそうな匂いがしなかったんです」
「確かに!」
北村が手を叩く。
「店長の遺体やらなんやらで忘れていたけどそうだった気がする」
「そうですね」
湊は改めて東野を見る。
「そこで、厨房でケーキを作っていた東野さん」
東野の肩が震える。
「でも、ケーキの匂いが全くしない東野さん」
湊の口角が醜く上がる。
「本当にケーキを作っていたんですか?それとも中杉さんを手にかけてたんですか?」
「⋯⋯」
東野は何も喋らない。
「もう無理だよ」
湊がゆっくりと語りかける。
口調は優しいが、目は全く笑っていなかった。
「もう、諦めろよ」
「⋯⋯」
東野は急に立ち上がり、髪をかき乱す。
「ああ、そうだよ。俺があいつを殺したんだ」
東野の顔には、少しの安堵と満足感、そして後悔が滲んでいた。
「あいつは、俺が丹精かけて考えたレシピを自分のものとしようとしたんだ!」
「だから、中杉さんを⋯⋯」
「ああ。事務室で油断しているあいつの後ろからギュッとな」
東野は笑いをもらす。
「あ〜。清々したわ。人の作ったレシピを盗むようなやつ、死んだほうがましだろ」
「高橋さん、もういいだろ」
湊が東野の話を遮る。
「反吐が出る」
「分かった。東野さん、詳しくは署で」
「ああ、分かった」
東野は高橋に連れられていった。
出口に向かう途中、事務室の前の澪と目があった。
「なんで、俺だと分かった?」
澪は一息ついて答える。
「言葉は嘘をつきませんから」
東野は高橋に連れられ、パティスリー・ポラリスを出ていった。
「ふ〜」
湊がため息をつく。
「疲れたな〜」
「お疲れ様」
澪が声をかける。
「ありがとうね、私の代わりに」
「俺が欲しいのは『ありがとう』じゃなくて『私もコミュ症を直したい』とかなんだけど」
「うっ、頑張っている」
「うん、応援してる」
湊は優しい笑みを浮かべる。
澪はその笑顔に安心する。
「お腹すいた〜」
湊が手を頭の後ろで組む。
「それじゃあ、帰ろっか」
「そうだね」
そうして、帰路についた二人の背中を沈みかけた夕日が優しく照らした。




