表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

『川越まつり』あるいは『尿意』…4

 眩しすぎる車のライトに眉を顰めながら道路を歩き、柵の切れ目から階段を降り、左右を眺め、他者との充分な距離が確保できるスペースを見つけ、土手の斜面下部に設けられたベンチ状の段差に腰を下ろし、バックパックを開けてマテ茶のセットを取り出した。対岸には若い男女が座って楽しんでいた。俺の前には川が、後ろには車が音を立てながら流れ、左後ろのどこかからジャジーなピアノが聴こえてきていた。

 祭りから離れた夜の川岸で、すっかりぬるくなったマテ茶を啜りながら、俺は思った――やだなあ。

 泣きたい気持ちはあったが、泣くべき理由がなかった。やるべきことはやっており、なるべきようになっている。それだけの話だった。論理的な接続としては「にも関わらず」がふさわしいのだろうが、いずれにせよ母親が死に、ひと通りの手続きが終わるまで、それを継続するだけの話だった。喜ばしい話ではなく、死ぬのは可能な限り早く、穏やかな死に様である方が望ましいが、人生のひとつの通過儀礼として一定の負担を負うことまで拒絶するつもりもなかった。

 母親の衰えが進むにつれ、父親が懐かしくなってきたのは事実だった。彼は、と俺は思った。彼は、きれいに死んだ。然るべきプロセスを経て、順当に衰えて、平穏に死んだ。逸脱があったとすれば、遺骨に混じったボルト一本分ぐらいのものだろう。

 母親はそうではない。やるべきことをやらず、やるべきでないことをやり、あるべきでない姿に好き好んでなっていき、然るべくして然るべからざる姿になっていった。人間らしく死にたくないのか、というのはまだ意識がはっきりしている頃に俺が何度も問うた問いだった。答えはあやふやなものだった。

 思考と思想の欠如、知性と理性の欠如、意思と意志の欠如。結局はそういうことだった。人間とはなんであり、人生とはなんであり、いかに生きて死ぬべきか、そういうことに対する考えと、事実に基づき妥当な解答を得る能力、自分がどうありたいかを決める意思と、然るべき方向に自らを運んでいく意志が、母親には欠如していた。母親は――。

 俺は首を振った。俺は母親を嫌悪し、軽蔑している。可能ならば一切関わりたくなかった。それは事実だし、妥当だ。嫌悪し軽蔑すべき要素はいくらでも挙げることができるし、天秤の逆側に載せるべき要素はほとんどなかった。そのことは何度も考え、思い知ってきた。にも関わらず、ということが問題だった。母親が死んだら、俺は泣くのだろう。それが厭だった。

 泣いて終わるしかないわけではないか、と、俺は対岸の暗い木々に目をやりながら思った。高校野球もそうだ。優勝校以外は泣いて終わる。結婚や出産はひとつのハッピー系の区切りなのだろう。老病死には、純然たるハッピーはない。

 敗けて終わる試合でベストを尽くす、というのが、高校野球から得られるひとつの教訓ではあった。ベストを尽くせば、時としてそこには美しさや尊さが生じるし、そうでなくとも一定のリアリティには辿り着くことができるはずだった。起こるべきことが起こり、なるようになり、それ以外にはなかった、これでよき、と。

 だが、その前提となるのは「ベストを尽くす」ことであり、少なくとも「最低限やるべきことはやる」ことだった。それが俺の今の状況からは欠如していた。歩かなければ歩けなくなる、と、俺は何度も母親に言い続けてきた。母親は歩くことを馬鹿にし続け、今は歩くことも覚束なくなってきていた。母親は運動を馬鹿にし、家事を馬鹿にし、日記を馬鹿にし、家計簿を馬鹿にし、努力を馬鹿にし、俺が示す成り行きの未来を馬鹿にし、なにひとつ改善を試みず、すべては俺が予言した通りになった。関係者にベストを尽くさないどころか愚かなことしかしない人物がいると、ハッピーエンドにもサッドエンドにも辿り着けなくなることを、俺は知っていた。

 あ、冷たい、という声がして、見れば対岸の女が立ち上がって川の水に手をつけていた。空はすっかり黒くなっていた。尻の下はいくらか冷たくなってきていたが、まだ寒くはなかった。右を見ればいしはらはし、左を見ればそちらにも橋であり、それは一昨日来た高澤橋かもしれず、その向こうには六塚稲荷神社があるのかもしれなかった。

 神様はいる、というのが、最近考えることのひとつだった。神様がいて、母親の願いをひとつひとつ叶えてくださっている、と。歩きたくないのか。では歩けないようにしてやろう。考えたくないのか。では考えられないようにしてやろう。風呂に入りたくないのか。では入れないようにしてやろう。人間らしく生きたくないのか。では人間らしく生きられないようにしてやろう。

 対岸の通りに三人家族が現れた。父と母と、幼い娘だった。両親はボラードに腰を下ろして休み、放置された幼女は靴をぴかぴかと点滅させながら、鎖を揺らし、足を踏み鳴らし、周辺環境と戯れ始めた。車のヘッドライトが幼女を照らし、あるいは陰の中に戻した。幼女が階段でぴょんと跳べば、こんと軽い音がした。

 家族の姿を眺めながら、幼き頃の自分と母の姿を思う、というような心理は、まったく生じなかった。ほっこり系のセルアウトは必要なかった。俺に必要なのはハードボイルドなリアリズムだけだった。ぼんやりと家族を眺め、デニムにグレイのフーディ、と幼女の服装を簡潔に描写し、それから電線越しの黒い空に視線を移して、右の向こうから左手前に音を立てて過ぎる飛行機の光を目で追った。

 太鼓の音が聴こえてきた。方向は取れなかった。マテのセットをバックパックにしまい、ドリンクゼリーを取り出してキャップを開けて吸いながら、神社の太鼓だろう、と俺は思った。どん、どん、と重くゆっくりとした音が入っていたからだ。ゼリーは夏のように温くもなっておらず、ほどよく甘かった。最後は強く握り、強く吸った。吸い終われば、ゼリーの口に舌が吸われた。

 太鼓の音に笛が入り、鉦が入った。俺の認識に反して、結局は囃子だったようだ。俺はひとつ屁をこき、ふたつめのゼリーを吸い始めながら、台所に置かれていたデイサービス施設が作成した手作りアルバム的ななにかと、母親が書かされたらしき感想的ななにかを思い出して、さらに気を滅入らせた。手作りアルバム的ななにか――それはピンク色の画用紙に六枚の写真とそれらしき平和なシールが貼られ、施設での平和で善良な活動の様子を報告しているなにかだった。写真の中心に映っていたのは、入浴と散髪を拒絶していたがゆえに地獄の餓鬼のように乱れて伸びていた不潔な髪を切られ――ゼリーのように固まっていたそうだ――糞尿で汚れた服を見たことのないボーダー柄のトレーナーに――極めて良心的な価格で施設から提供された古着だ――着替えて、一定の人間らしい姿になった母親の――母親に似た、人畜無害で善良で、愚鈍で虚ろで凡庸な、どこかの老婆の――姿だった。平和で善良な名称の施設に通い始め、平和で善良な介護職員たちに囲まれていたその老婆は、「楽しかったナ」などと、ノートらしきなにかに平和で善良なコメントを書いていた。楽しくなくていい、と俺は眉を顰めて思った。もうぼんやり虚ろに死なせてくれ、そうすれば、俺もぼんやり虚ろに、ああ死んだのね、と思えばいいわけじゃないか。

 昨日、デイサービスの初日を終えた母親が、緊張や興奮のあとでなにかを語りたがっていたことは知っていた。だから混沌とした台所の、それでもよく見える場所に手作りアルバム的ななにかがこれ見よがしに置かれていたのであり、そういう態度も何度も指摘してきた。言いたいことがあるなら自分から言え、察して対応する労力をこちらに負わせるな、と。何度指摘しても決して改めようとしないことまで含め、そういう性格や態度の一切が鬱陶しく、不愉快だった。親切にすればつけ上がることも知っているから、見えていて、流した。平和で善良な会話をする方法は知っているが、流した。

 ゼリーを吸い終えて俯きながら、やれやれ、と俺は首を振った。行きますか。ここにいても気が滅入るだけだ。気分はまったく落ち着かなかった。後ろを走り続ける車どもの存在感が鬱陶しかったからだ。苦々しい顔をしながら、俺はもう一度黒い空を見上げた。電線、雲、いくつかの星。やれやれ。

 ゼリーのゴミを突っ込んだバックパックを背負い、立ち上がって歩き始め、滑らないかと足元を気にしながら、飛び石の上を大股で対岸へと渡った。家族はいつの間にかいなくなっていた。男女は相変わらず楽しんでいて、煙草の臭いを辺りに散らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ