『川越まつり』あるいは『尿意』…3
路地に戻れば、醤油店の室外機からは温かく湿った空気と、やはり醤油の匂いが吹き出していた。一番匂いが強いのはどこなのかと鼻を動かしながら路地を探ったが、探れば匂いは消えてしまい、出どころは板塀の古い建物のようにも、トタン壁の建物のようにも思え、やがて俺は明確な答えを得るのを諦めて、再び路地を進み始めた。稲荷社の石鳥居の台石に腰を下ろして、関係者が煙草を吸っていた。俺は「蔵の町・川越」の塔屋に風見鶏があることに気づき、その方角を探ろうと目を細めた。おそらくは北西だった。
通りに出て右を見れば、提燈に明かりの入った末広町の山車が佇んでいた。その手前の、紅白幕や提燈に飾られた家を左に入れば寺がありそうだったので、そちらに向かってみることにした。
山車の曳き跡は寺まで続いていた。山門の前の石造りの寺標には「曹洞宗 雲興山 榮林寺」と刻まれていた。禅宗か、と俺はなんとなく思った。門は開いていたが、俺は妙に入りづらさを感じ、参拝せずに引き返すことにした。どこかの庭に柿が熟れていた。特別養護老人ホームの裏口で介護服姿の職員が煙草を吸っていた。
俺はまた「蔵の町・川越」の正面に出て、駐車場の黒い門の前で立ち止まり、柔らかな橙色の空の下の青い山並みを眺めた。正門では介護職員の若い女性が門からひょいと身を乗り出して、周りを眺めてから施設に戻っていった。俺は辻まで歩き、建物の周囲を回り込むように西に――右に――折れた。
曳き跡の残る一車線分の道の先には、やはり山が見えていた。しばらく進むと右手にまた別の寺があり、石柱に表札のように小さく記された文字によって、それが妙養寺であることを俺は知った。さらに進めば閉ざされた木製の門の下の隙間からサバトラの猫がふっと通りに出てきて、すぐに寺に戻っていった。もう一度出てこないかと思って待ったが、猫の姿は完全に見えなくなってしまった。俺は諦めてまた歩き始め、ふと思って立ち止まり、振り返り、来た道を眺めた。
右には山車の曳き跡があり、その先には祭りのにぎわいがあった。左には特別養護老人ホームがあり、その手前には卒塔婆の連なる寺があった。その風景の中を、介護職員が空の車椅子を押しながら歩き、白い軽自動車が一方通行を指摘されて戻り、じゃらん棒を引く手古舞姿の娘とその手を引く祭礼衣装の母が祭りに向かって歩き、白髪の父親に手を引かれる知的障害者の男がいーないなーと楽しそうな声を発しながらこちらに歩いてきて下り坂に向かい、ラベンダー色の水筒を肩にかけた女児が過ぎていった。俺は通りの端に寄って電柱にもたれ、西からの風を後頭部に感じながら、その風景を――露骨に生と死のコントラストを、あるいはグラデーションを象徴する、できすぎたその風景を――眺めた。それは静かな、ちょっとした、ひとつの時間だった。
もう一度山門に戻りながら、ブロック塀の上に突き出した卒塔婆の文字を眺めた。滅除煩悩甘露清涼、我等与衆生皆倶成佛道、佛子行道己、唯有一乗法――。通りは相変わらず静かで、やはり猫は出てこなかった。俺は知的障害者の家族を追うように、下り坂へと向かった。
ストローラーを押す別の家族を追い越した。制服姿の女子高校生たちが自転車を立ってこぎながらこちらに向かってきた。坂の手前のマンホールのところで山車の曳き跡は切れて、右へのみ続いていた。俺は坂を下りながら、今の自分の心を支配する感情がなんであるのかを考えた。厳かな尿意、というのがその答えだった。金木犀が香り続けていた。
見えていたあずき色の建物が星野高等学校であることを確認したあと、そこに見える橋がなんであり、川がなんであるかを知ろうとさらに下り、橋を渡ってから振り返った。「人間様へ ぼくらの川をよごさないで下さい」という看板の文言が先に目に入り、それから親柱を見下ろした――赤間川。
これが赤間川か、と俺は思った。「東名寺橋より二百八十六間、此川螢の名所也。南は御茶屋下三ツ股のあたりより川下は東名寺村に至り、凡六七町程か間、充滿して、大きさ常の螢に倍す。群り飛ふ事高七八丈ばかり、偏ニ火焔の如く、或は數百塊りて、水上に落散り、又は螢柱といふて、數千集寄事竪る柱に等し。光、水面に移り、見る人、目を驚かす――」そんな記述は『川越素麺』で読んでいた。
俺がもう一度看板に目をやり、「赤間川のかっぺい」と名付けられたにこやかな河童と、「経ヶ島弁財天」と書かれた弁天様のイラスト、「ここは弁天様の霊域です」という説明と不法投棄された空き缶ゴミの写真を眉を顰めながら眺めている間にも、交通規制を理解しない車がうろうろしては赤く点滅し始めた誘導棒で止められ、川にも鴨とかいそう、と話しかける男児を母親が無視し、祭りの方へと去っていった。
弁天様があるなら、参拝しないとな、と俺はぼんやりと思い、川沿いの遊歩道を、妙にのんびりと、上流に向かって歩き始めた。空は止まることなく暮れてゆき、コウモリが舞い始めていた。対岸にはまた別の寺があり、卒塔婆が見えてきた。川の匂いと音がして、俺は少し泣きたくなった。暗くても汚いとわかる、細くて浅い川だった。
妙昌寺の門は閉まっていた。暗がりの石碑を目を凝らして見れば弁財天も中にあるようで、仕方がないから戻ることにした。本来は一定の風情があるような川なのだろう、そんなことを思いながら、再び川沿いを歩いた。星野高校の最上階の非常口の緑色の明かりをなんとなく眺め、どこかの家の神棚らしきなにかを眺め、夕を背景にした二基の高架水槽のシルエットを眺めた。心の裡になにかの感情が生じつつあったが、川の音に尿意が刺激され、同時に喫煙欲も刺激されてきたので、俺は然るべき場所を探すことにした。
遊歩道を抜ければ、星野高校の門が閉められるところだった。十七時半に閉門するということなのだろう。通りに出ればなにかはあるだろうと思って左に向かい、想定通りに通りの向こうにセブンイレブンを見つけ、信号が変わるのを待って反対側に渡った。この辺りはもう車両規制のない領域だった。
灰皿は店舗の右端にあった。キャップの若い男が座り込んでいたから俺は少し距離を取り、店舗を背にして煙草を咥えた。ライターを擦ればぼっと音がして両手が炎の色に染まり、息を吸えば美味くもない煙といくらかのニコチンが肺に入り込んできた。俺は正面の細長い星野高校の校舎をぼんやりと眺めながら、煙を吹いた。
――寂しいな。
ニコチンの流入とともに明確な言葉になり、煙とともに吐き出された胸の裡の感情に、そうきたか、と俺は脳内で指摘を入れた。生じていた感情は意外と寂しさであり、それは少なくとも一定の部分は、母親に関係している感情だった。
咳をひとつしたら、急に空腹が来た。胃に入れるべきものはバックパックに入っていたが、ここで入れる気はしなかったし、現れては消えていく尿意の処理も必要だった。バックパックが重くなってきて、俺は灰皿に煙草を落とし、セブンイレブンを後にした。セブンイレブンで尿をしようという発想は、なぜか思い浮かばなかった。
すっかり暗くなった坂の下では、誘導棒がぴかぴか光っていた。俺は警備員に軽く会釈をして、坂を上がり始めた。すれ違う人間の表情がわからないぐらいの暗さだった。空は濁った蒼色で、秋の虫が鳴き始めていた。
坂を上がり終えれば、辻に停まる山車の二列の提燈が見えてきて、僅かに囃子が聴こえてきた。俺は脳内の地図で最寄りのトイレを検索し、結局はコメダ珈琲店前であるという答えを得て、そのまま直進を続けた。甘い匂いのするなにかの店からは店員が警備員に話しかける調子のいい声が聞こえ、稲荷社の鳥居の前では狐の面を被った浴衣姿の男が一眼レフカメラを持って立っていた。祭りの中心部に近づくにつれ、徐々にざわめきと人間の存在が戻ってきた。コメダ珈琲店の駐車場に辿り着き、男子トイレの列に並べば誰かが俺にぶつかりながらごめんなさいとゴミを捨て、俺はしばらく待ってブルーグリーンの小便用の仮設トイレに入った。ポリエチレンの壁越しに鎌倉かなにかのゆったりとした囃子を聴き、目の前にある保護のついた電球をぼんやりと眺めながら、俺は尿をした。
出すべきものを出し、仮設の水道で手を洗い終えた俺が思ったのは、電源を落としたい、ということだった。ゴミ以下の欠陥製品であるシャープの携帯電話の電源ではない。俺自身の電源だ。電源を落とすにふさわしい場所は思い浮かばなかったが、とにかく人間どもから離れ、ひとりになりたかった。
足は寺町通りに入り、路地を抜け、末広町の方へと向かっていった。どこかの店に金魚ねぶたが見えた。醤油の匂いは甘く、もう一度母親の小便の匂いを思い出した。自治会館から笛の音が聴こえてきた。「蔵の町・川越」はいくらかライトアップされていた。通りに山車の姿はなく、人のいない会所では発電機が唸り続けていた。
静かで暗い通りの左右にも紅白幕は続いていた。若い男女四人とすれ違い、そのあとでなにか懐かしく、若く、甘く爽やかな香りがして脳の奥がくすぐられたが、なにがくすぐられたのかわからないままに香りは消えた。やがて山車の曳き跡が途絶え、安全ベストの赤い光が見え、その向こうを行き交う車の光が見えた。短い橋があるようだった。なにばしだろう、と思いながら近づき、低い親柱を右、それから左と確認した。いしはらはし。流れからすれば赤間川なのだろう。橋の上には水溜まりが残っていた。橋の下を眺めれば人影が見え、整備された川岸に降りられそうなので、俺は左岸らしき方に降りてみることにした。




