『川越まつり』あるいは『尿意』…2
前方から聴こえてくる囃子の方へと歩いた。アスファルトの上には白い曳き跡が乱れながら何本も続いていた。途中のガレージにはNBAのロゴが描かれたバスケットゴールがあり、枠に組まれた丸型提燈が地に置かれ、波板の壁に立てかけられた二本の三番叟の高張提燈が穏やかな陽射しを受けながら佇んでいた。
六軒町と三番会の会所を過ぎ、さらに歩いた。右や後ろの遠くから囃子が聴こえ、犬ころどもの吠え声も遠くなり、手古舞姿の、あるいは首に町名入りの手拭いを下げた関係者たちと、いくらかの誘導警備員と警察官、そして地域住民の他はすれ違う人間も少ない、静かでのどかな道だった。
やがて下り坂の先に山車の姿が見え始め、見覚えのある建物が左に現れた。和風の三角屋根と洋風の塔屋を有する、大病院のような階数と大きさの建造物は、遠巻きに眺めたことがあった。寺町通りあたりの区画に入ってきたのだろう、と俺は思った。木造の「二村質店」の辻に辿り着いて右を見れば、道の先に十字架が見えた。なるほど、と俺は頷いた。見えているのは川越キリスト教会に間違いなく、それは遠くからでもよくわかる、意外なほどの存在感だった。
そちらからは鏡獅子の山車が、北の下り坂からは連雀町の山車が、南の六軒町の方からは八幡太郎の山車が、広くはない道を辻に向かって近づいてきており、俺は辻を過ぎて大病院のような建造物の正門付近の空間に退避するよりなくなった。電柱と植え込みの間の、誰の邪魔にもならなそうな部分に身を置いてから眺めれば、閉じた門の脇の屋根瓦風の装飾を施された塀には、「特別養護老人ホーム 蔵の町・川越」と施設名称が記されていた。
俺が建造物の存在目的を理解するのとほぼ同時に、脇門からは車椅子の老婆と、それを押す息子らしきキャップの男性が出てきた。九〇六〇、そういう関係なのだろう、と俺は無意識に思い、そうした認識を無意識にしてしまう理由の心当たりに、やれやれ、と思った。埼玉病院、団栗訪問看護リハビリステーション、障がい者・高齢者優先席、そして特別養護老人ホーム蔵の町・川越。祭りの最中にも町のそうした要素を気にして情報を拾ってしまうことに、心当たりは充分にあった。ゆっくりと辻に向かって進んでいくふたりの後ろ姿を、俺はものを思いながら眺めた。
ずいぶんと長い連雀町の列が過ぎていった。先触れが駆け、そーれい、そーれい、と掛け声が過ぎ、じゃらん棒は掛け声に合わせるようにアスファルトに引かれては突かれ、遊環をじゃらんと鳴らした。まだ灯の入っていない警護の弓張提燈が過ぎ、囃子台では犬のような狐が舞い、辻では若い宰領が拍子木を掲げて左右に動かして左に曲がるよと指示を出し、梯子を脇に抱えた職方が山車の後ろに付き従い、人形の出ていない勾欄の上では鳶が竹の棒を捧げて電線を持ち上げ、山車が曲がり、金色の擬宝珠が夕陽に煌めいた。俺は電柱と関係者家族のストローラーに塞がれて身動きが取れなくなりながらその様子を眺め、山車が辻に落ち着いたタイミングでその場を脱け出した。離れ際に、特別養護老人ホームのエントランスの自動ドアの脇にも祭りのポスターが貼られていることと、門の脇に「介護職員募集中! 託児所あります!」という求人広告が、いらすとやのそれらしきイラストとともに掲示されていることを眺めた。十六時のゆうやけこやけが流れた。
鮮やかな青の裁着袴に黄色い上、という祭礼衣装はどこの町だっただろうか、と思いながら、さらに下から上がってくる行列に近づいていけば、末広町の山車が会所の前で止まり、山車に被せていたビニールを外しているところだった。俺は立ち止まり、少し離れたところから囃子を聴くことにした。自動販売機を眺める警察官に関係者がなにか声をかけ、まだ決まってないんで、と若い警察官が笑った。祭りのときは、警備員も警察官も楽しそうだ。そうした姿を見るのは好きだった。
裏返るような甲高い音色の笛によって会所の前の山車は囃子を終え、拍手が起こった。これからしばらくは関係者による関係者のための時間になるはずであり、俺が留まるべき理由はなかった。来た道を米屋の前まで引き返し、もう一度紅白幕の向こうの特別養護老人ホームを右に見上げ、それから左手の一車線分の路地に入っていった。路地に入った理由を強いて見つけるならば、「まだ通っていない道だから」、そのぐらいのものだろう。
水溜まりに映るけやきの葉は紅葉が始まっていた。路地の先には末広町関係者の背中が遠ざかっていった。しばらく進むと、右手のなにかの事務所のような折板屋根の建造物を囲うブロック塀の向こうに、白い立看板らしきものが見えてきた。さらに近づけば、それは垣の側面に設置された紛れもない立看板で、そこには直線的でいくらか可愛さのある筆跡で、「中台囃子連専用駐車場」と書かれていた。なるほどと思いながら垣の内側を眺めれば、そこには確かに木々の下に数台のトヨタやダイハツが駐められていた。その向こうの塚の上には朱色の玉垣があり、小さな社が鎮座していた。稲荷社だ、と俺はなんとなく思い、こじんまりとした境内に足を踏み入れた。
靴の下で砂が鳴った。羅陵王の山車庫にけやきの葉の影が滲みながら落ちていた。ここにあったのか、と俺は思い、壁面の金色の文字を眺めた。仲秀英作、羅陵王。川越まつりで最も好きな山車のひとつだった。
しばらく佇んだあと、参拝を済ませようと拝殿に向かった。瓦葺の小さいなりにしっかりとした社で、階段の上には狛犬代わりの狐が左右に構えていた。俺は羽虫が舞う八段の苔生した小さな石段を上がり、ひんやりとして少しざらざらした狐の頭を撫で、ウインドブレイカーのポケットの中の小銭を漁り、一円玉しか残っていなかったからそれを賽銭穴に入れ、紅白の鈴紐を揺らして頭上に軽い音の鈴を鳴らし、二礼二拍手のあと、手を合わせてなにかを祈った。どこからか金木犀が香り、路地からは幼子の楽しげな声が聞こえていた。
階段を降りて石畳の短い参道を一旦石造りの鳥居まで引き、振り返ってもう一度、木漏れ日を受ける境内を眺め、階段の脇に由緒書らしき立て札があることに気がつき、参道を戻ってそれを眺めた。木製の立て札に刻まれた文字は充分に色褪せていたが読むことはでき、ここが鴉山稲荷神社であり、長禄元年の創建であることを俺は知った。俺が神社の歴史を学んでいる間にも関係者たちは背後をざっざと行き交い、遠くない右のどこかからは囃子が、左の路地からはじゃらん棒の音が聞こえ、上空には鵯が鳴きながら過ぎていった。
やがて関係者の親子が現れ、参拝をするのかと思ったら記念撮影を始めたので、部外者である俺は邪魔にならないように去ることにした。どう動こうか少し考え、来たのとは反対側が本来の参道であるようなので、そちらに抜けていくことにした。去り際にふと眺め、事務所のような建造物が仲町自治会館であることを俺は知った。ビニール傘が立てかけられた入口の脇には花代を示す半紙が四十ほど連なり、階段の下には二台の台車が停められていた。
細い参道の石畳を行き、紙垂を頭に掠めながら石鳥居を抜けて通りに出て、辺りを見回した。右にはターコイズ・グリーンのキャノピーとフェンスを有する臨時休業中のガスステイションがあり、左にはカーブミラーと電柱に遮られながらセブンイレブンの看板が見えた。しばらく考えてから、そういうことか、と俺は頷いた。一昨日の夜の下見の際に、店舗と仮設の山車庫の間で一服したセブンイレブンであり、この先にはコメダ珈琲店と仮設トイレがあるし、その手前を左に入れば寺町通りであるに違いなかった。目の前を六軒町の山車が右に過ぎ、向かいの家の煉瓦調の塀の前では住民の高齢婦人がそれを眺め、納得したのか吹き放しのガレージを抜けて家に入っていった。
俺も動くことにした。喫煙本数は減らしていたが、いくらか煙草も吸いたくなっていた。あの手の犬ころの喚き声を聞きながら仲町交差点に向かって行けば「肉の吉田」があり、「五識」があった。セブンイレブンの喫煙所は今日は封鎖されていた。夕陽を受けた店前のテントではアメリカンドッグやらその手の食物が売られ、椅子代わりの逆さのビールケースが設置された駐車場部分に人々は溜まっていた。店舗の向こうの木々が稲荷社の存在を示していることを、今の俺は理解していた。
寺町通りとNTTを眺めて過ぎた。「岡安」の隣の空き地は工事用のフェンスで覆われていた。コメダ珈琲店の駐車場に設営された仮設トイレに人々は並び、併設されるように臨時喫煙所が設置されていた。排泄と喫煙が同類の行為であることを否定するつもりはなく、俺は素直に、便所に入っていくように、プルームテックの黒いテントに入っていった。
テントの中は暗く、煙で空気が澱んでいた。ところどころに銀色の灰皿とploomXの広告看板が立ち、それらしき女たちがそれらしき営業活動を行っていた。俺はテントの隅の灰皿の右脇に自らを位置づけ、ぼんやりと煙草に火を点け、ハットやコートで必要以上に身を固めた若者たちを眺め、うさぎを肩に載せた白髪の男を眺めた。プルーム女は当然うさぎを指摘して話の端緒にし、男もまんざらでもなくなにかを答え、俺はふくろうを腕に留めて得意気にしていた男が所沢まつりにいたことを思い、肩載せうさぎも腕留めふくろうも珍しくもなくなっていることをぼんやりと考え、それから僅かな関心を引き上げ、プルーム女に話しかけられる前に逃げ出そうと早めに煙草を灰皿に落として、テントを離れた。
清浄な外気の中に戻り、通り過ぎる山車を見上げ、セブンイレブンの灰皿が店前に移されていただけだったことに気づきながら、俺は参道を通ってもう一度稲荷社に戻った。境内はさっきより暗くなり、山車庫の影も消えていた。頭上に枝を繁らせる木が葉を落としつつある桜であることに俺は気づき、塚の上の木に金木犀の薄橙色の花が咲いていることに気づき、狐の耳が赤く彩色されていることに気がついた。小さな拝殿には紙垂が揺れていた。
境内を北に抜けて右に向かった。垣の脇で立ち止まり、山車庫の背中をぼんやりと眺めた。こういう小さな愛すべき社があるのよな、そんなことを思い、再び歩き始めると、なにかの匂いを感じた。なんの匂いだろう、と俺は不思議に思った。最初に思い浮かべたのは母親の小便の匂いだったが、違う、と脳が否定した。より甘く、香ばしく、懐かしく、よい匂い――。匂いは右手の板壁の、蔵のような建物から出ているようだ。答えを求めて慌ただしく脳内の匂いデータベースを検索および照合し、わかった。醤油の匂いだ。
答え合わせをすべく、路地を突きあたりまで進んで寺町通りに出た。匂いが醤油から再び金木犀に変わったのを感じながら建物の正面に回れば、案の定店前の暖簾の上には杉玉が吊るされていた。一七六四年創業、松本醤油。
答えに満足した俺はNTTを背にして縁石に腰を下ろし、バックパックからセットを取り出して、再びマテ茶の時間にした。正面にはガラス細工の店があり、店前のボードには吹きガラス体験がどうのと謳われていた。右隣には黒人男性と白人女性の夫婦らしきふたりが座っており、しばらくして妻はどこかに消えた。俺はぼんやりとマテ茶を啜った。湯はいくらかぬるくなっていた。目の前を祭礼衣装が過ぎ、ゲンガーのポーチが過ぎ、ぱしぱしと音を立てながら緑色のヨーヨーが過ぎていった。ものごとは果てしない、と俺は思った。少しわかれば、わからないということがわかってくる。己の無知に気づくのは、常に必要な経験だった。右の彼方を見れば雲は低くにあり、ここが台地であることを感じさせた。陽は翳り、空気には冷たさが混じり始めていた。
やがて俺はセットをしまい、バックパックを肩にかけながら立ち上がり、もう一度醤油の匂いを嗅ごうと路地に向かって歩き始めた。過ぎざまにふと見れば、ブレイドにされた黒人男性の頭には黒地に金色模様の狐の半面がつけられており、右腕には――先ほどは気がつかなかったが――赤子が抱えられていた。黒と白が混じった肌色の、かわいい赤子だった。




