第九十五話 奇跡が生んだキメラ少年
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【ヘリックス村・診療室】
少年を休ませている部屋へ向かうと、室内は騒然としていた。
ノエルが、目を覚まして激しく暴れる少年を大きな体で羽交い締めにしていた。
まだ彼の奴隷紋を消去していないため、主人である闇組織からノエルとセドリックへの攻撃命令が解除されないまま継続しているのだ。
「じっとしていて、今すぐ楽にするから」
私が少年の奴隷紋を消去すると、呪縛から解き放たれた彼の体からふっと力が抜け、その場にぐったりと崩れ落ちた。
そして、堰を切ったように泣き出した。
……怖かっただろうに。
ノエルは優しく彼を抱きしめ直し、大きな前足でトントンと背中をあやす。
伝わってくる温もりに、少年は次第に落ち着きを取り戻していった。
「落ち着いたかい?」
私がおそるおそる向き直った少年に声をかけると、彼はか細く返事をした。
また実験台にされるのかと怯える彼に、私は自分の尾と角を見せ、「私も君と同じ、実験体にされてこの姿になったんだ」と静かに語りかけた。
「その子はノエル。元々は鬼熊という角の生えた大きな黒熊だったんだけど、ひどい魔力汚染で変異個体になって、凶暴化して死にかけていたんだ。救うために処置を施した結果、毛の色が白く変わり、形も少し変化して……君や私と同じ『キメラ』になったんだよ。見た目はかなり違うけれど、一応、私たちと同族だ」
少年が驚愕してノエルを見つめると、彼女は直接彼の頭に念話を響かせた。
『私と仲間だね。君と一緒!』
「……俺と同じ?」
少年がぽつりと零した言葉に、私とノエルは揃って頷いた。
少年は少し考えた後、「……わかりました。お願いします」と検査を承諾してくれた。
私は「解析眼鏡」を起動し、彼の内部構造を精査した。人工魔核は正常に稼働している。……だが、次の瞬間、私は自分の目を疑った。
(……ない? どういうことだ?)
どれほど深く走査を繰り返しても、あるはずの「本来の魔核」の痕跡が、微塵も見当たらないのだ。
本来、キメラ化とは既存の個体に別の術式を組み込む行為だ。
闇組織の手法は、既存の魔核を取り除かずに人工魔核を増設するという、狂気の沙汰としか思えないほど危ういもののはず。
通常、魔核を遺したままキメラ化を強行すれば、新旧二つの魔核が放つ魔力同士が激しく反発し、即座に大爆発を引き起こす。
それは一国の王都、下手をすれば大陸の生態系すら崩壊させかねない禁忌の行いだ。それなのに、なぜこの大陸は無事なのか。
その答えを探るうち、私はかつてルナだった時代に書き残し、それから盗み出されたあの研究資料の記述を思い出していた。
私はあそこに「生きたままの個体に人工魔核を移植する」ことが成功の条件であるとは記したが、実は「主体となる生物の魔核をあらかじめ除去しておくべきだ」という、最も重要かつ致命的な工程を書き記してはいなかったのだ。
資料を鵜呑みにした彼らは、魔核を除去せず安易に増設することが「正しい手法」だと信じて疑わなかったのだろう。当然、その過程で数え切れないほどの失敗作を生み出してきたはずだ。
それでも大陸規模の事故が起きていないのは、キメラ化の魔法陣そのものに何らかの「安全装置」的な術式を追加し、強引に魔力の反発を抑え込んでいるからだと推測できる。
(私の遺した不完全な資料の穴を埋めるために、そんな歪な術式を編み出してまで実験を続けていたというのか……。よくもまあ、今日まで大陸を吹き飛ばさずに済んだものだ。もっとも、今の私は主体に魔核を遺したままでも、精密制御でキメラ化させる術式を確立しているけれど)
彼らの歪な技術への執念に呆れつつ、私はさらに深く検査を続行した。そこで、ある一つの決定的な違和感に突き当たる。
この少年の体内には、魔法陣の安全装置が無理やり抑え込むべき「本来の魔核」との摩擦――魔力残滓さえ存在しないのだ。
(まさか、この少年は最初から……)
私は、戦慄と共にひとつの仮説に辿り着いた。
彼がこれほど完璧に適合してしまった理由。それは闇組織の技術進歩などではない。
彼がたまたま、生まれつき魔核を持たずに生まれてきた「空の器」だったという、天文学的な確率の奇跡が、私の遺した「欠陥ある理論」の穴を偶然にも埋めてしまった結果なのだ。
「君は、今年でいくつだい?」
「15歳、です」
「……君は生まれつき、魔力への耐性がなかったね?」
問いかけると、彼は力なく頷いた。
魔核がない状態で生まれれば、通常なら1年足らずで死に至る。
だが彼は、両親が借金をして購入した維持用の魔道具で、15年もの間、魔力汚染の苦しみに耐えながら生き長らえてきたのだという。
「難儀な人生だったね。……でも、不謹慎かもしれないけれど、キメラ化したおかげで、もう君が魔力汚染で苦しむ心配はなくなったよ」
私の言葉に、少年は驚愕した表情を浮かべた。
だが、その直後、彼の瞳からは大粒の涙が溢れ出し、顔は深い絶望に塗りつぶされた。
「……あんなに、あんなに父さんも母さんも、俺を助けるために頑張ってくれたのに……。俺を守って、殺されて……俺だけ、こんな……化け物みたいな姿で生き残って……」
自分を救うためにすべてを捧げてくれた両親への感謝と、自分だけが生き長らえてしまったという凄まじい罪悪感。
堰を切ったように溢れ出したその想いに、彼は激しく咽び泣いた。
私は彼の隣に座り、ゆっくりと言葉を贈った。
「ご両親は、君に生きていてほしかったんだ。君がどんな姿になろうとも、命を繋いでくれたことを一番に喜んでいるはずだよ。君は今、現に生きている。だから、自分を責めないで。ご両親のためにも、君が幸せに生き続けることが、何よりの報いになると思うんだ」
「でも……俺にはもう、帰るところも、待っててくれる人もいない。俺は、どこへ行けばいいの?」
「君さえ良ければ、ここにいればいい。好きなだけ。ここを君の家にすればいいんだよ」
私がそう言うと、彼は潤んだ瞳で「……いいの?」と聞き返してきた。もちろん、と答えると、ノエルが再び彼をぎゅっと抱きしめた。
『私たちが、新しい家族! 嬉しいよ!』
その温かな言葉に、少年は少しだけ微笑んだ。
「ところで……君の名前は?」
「……ニクス」
こうして、ニクスという新しい家族が加わった。
彼の心の傷が癒えるにはまだ時間がかかるだろうが、きっと大丈夫だろう。
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あと1話今から、続き考えてるので、21時すぎます。すみません




