第九十三話 虚飾の撤退と機鋼王の激昂
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【闇組織 本部地下拠点】
「くそっ! なぜこうなった……なぜだ!」
本部へと逃げ帰ったカイルは、込み上げる屈辱と怒りに任せ、部屋の調度品を片っ端から蹴り飛ばした。凄まじい破壊音を聞きつけ、異変を感じた部下たちが慌てて部屋になだれ込んでくる。
「カイル様!? い、いつお戻りに……」
「うるさい! 黙れ!」
カイルは部下の言葉を鋭く遮った。
その形相は鬼気迫るものがあり、部下たちは蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
「今すぐ、東の国へ移動する。全軍、即刻撤収だ!」
突然の命令に、部下たちは困惑を隠せない。
「何があったのですか? カイル様、共にいたダークエルフたちや他の幹部たちはどうされたのですか?」
びくびくと問いかけてくる部下に対し、カイルは奥歯を噛み締めた。
まさか、自分だけが転移魔石で逃げ帰ったなどという無様な真実を口にできるはずがない。
歪んだ自尊心が、それを断固として拒んだ。
「……裏切られたのだ。前回の奴隷兵紛失の失態について俺が厳しく責任を問うたことを、あの無能な部下どもが逆恨みし、帝国跡地の目前で反旗を翻しやがった」
カイルは咄嗟に、自身の失態を塗りつぶす嘘を吐いた。
「奴らは俺を襲い、あろうことか貴重な戦力であるダークエルフの部隊とキメラの少年を強引に奪い去り、他国へ売り渡そうとしている。恥知らずな売国奴どもめ……!」
「な、なんと……! ですがカイル様、奴隷たちには『支配の呪印』があったはずでは……?」
部下の当然の疑問に、カイルは顔を歪めて声を荒らげた。
「それが問題なのだ! 奴らは俺が眠っている隙に、奴隷権限を譲渡するための魔法書類と、管理用の印章を盗み出しやがった。そして俺になりすまして勝手に押印し、権限を移し替えたのだ! 俺が気づいた時には、すでに支配権は奪われていた……。俺の温情を仇で返すとは、万死に値する!」
「なんという卑劣な……! 由緒正しきカイル様の信頼を裏切り、印章を盗み取るとは断じて許されません!」
カイルの言葉を真に受けた部下たちは、激しい義憤に駆られた。
カイルはその様子を見て、内心で冷笑を浮かべる。
「この拠点の場所も、すでに奴らによって他国へ売られた可能性がある。今すぐ重要な研究資料をまとめ、本拠地を東の『龍の国』へ移す! 体勢を立て直すのだ。持っていけないものはすべて破壊しろ、塵一つ残すな! 奴らが来る前に消えるぞ。急げ!」
そして、いつか必ず帝国跡地のデポを手に入れ、奪われたものすべてを倍にして奪い返す――その執念だけを糧に、カイルは部下たちをこれまでにないほど苛烈に急かした。
部下たちは何一つ疑うことなく死に物狂いで撤退を開始した。
「ふははは! まだだ、まだ終わらんぞ……。必ず、必ず帝国を復活させてみせる!」
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【西のドワーフの国バリス】
「カームから闇組織の潜伏先を特定したとの連絡が来ただと!?」
機鋼王ボルガ・バリスは、家臣からの報告に身を乗り出した。
長年、自国内に潜みながら尻尾を掴ませず、隣国からの苦情や被害の元凶となっていた「鼠」どもの情報を、ついに掴んだのだ。
「やっと……やっと、あの忌々《いまいま》しい連中を根絶やしにできるか! 正確な情報を重んじるカームの知らせだ、間違いあるまい。隣国からの怒りの書状に悩まされる日々も、今日で終わりだ!」
ボルガは即座に直属の精鋭兵を手配し、闇組織を一網打尽にするべく電撃的な制圧作戦を展開した。
しかし、彼らが拠点へと踏み込んだ時、そこは不気味なほど冷え切った静寂に包まれていた。
「……なんだと? もぬけの殻だと!?」
「はっ……。本拠地であった痕跡は随所にあり、生活感も残っております。ですが、主要な物資や資料はすべて持ち去られたか、意図的に破壊されておりました。おそらく、我らが動く直前に、組織的な大移動を行ったものかと……」
報告を聞いたボルガは、怒りのあまり執務室の頑丈な机を拳で叩き割った。
「くそっ! 鼠どもめ! 散々我が土地を荒らしておきながら、土壇場で逃げおったか!」
間一髪の差で逃げられたのだ。
ボルガは血が滲むほど拳を握りしめ、家臣に吠えた。
「ゆるさん……断じてゆるさんぞ! 今すぐ専門の追跡部隊を編成しろ。我らドワーフを虚仮にした連中を、地の果てまで追い詰めて見つけ出すのだ! ついに尻尾を出したのだ、このチャンスを逃すな!」
「はっ!」
家臣が退出していく中、ボルガの瞳には怒り以上に激しい執念の炎が宿っていた。
「逃がさぬ……貴様らだけは、世界のどこへ逃げようと必ず捕らえてくれるわ!」
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