第八十二話 白銀の疾走と、境界の町フロンティア
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ヘリックス村の街道入り口から一時間ほど歩いた頃のことだ。
「ねぇ、ユエ! これ、フロンティアまでずっと徒歩で行くつもり!?」
シェリルの泣き言に、私は溜息を隠さず応じた。
「仕方ないでしょう。まさか村の外へ出るなんて思っていなかったので、乗り物の類は作っていなかったんだから」
一応、戦略物資集積区画の方で開発途中な機体はあるのだが、実用化にはまだ時間がかかる。
今回は徒歩という原始的な手段を選ばざるを得なかったのだ。
すると、隣を歩いていたラウがひょいと肩を回した。
「なんだ、シェリル、もう疲れたのか? 俺が背負ってやろうか?」
「秒でお願い! 是非!」
……この人、自分好みの男に背負ってもらえるとなると、これほどまでにあからさまに喜ぶのか。
緩みきったその顔は、もはや淑女のそれではない。
どこのスケベオヤジだ、貴女は。
そんな彼女の様子を冷ややかに眺めていたが、ふと名案が浮かんだ。
「背負う……? ああ、ラウ、シェリル。良いことを思いつきました。ちょっと待っていてください」
私は前回変身した時の感覚を思い出し、意識の変革を促す。
みるみるうちに姿が変わり、私は白銀の体毛に包まれた巨大な獣型のキメラへと姿を変えた。
この姿では喉の構造上、声を発することができない。
私は二人の意識へ直接語りかける魔法、念話の鏡を展開した。
『シェリル、ラウ。私の背に乗ってください。その方が遥かに速いでしょう』
脳内へ鮮明に響く私の言葉に、シェリルが露骨にぶつくさと文句を言い始めた。
「……ラウの背中に乗りたかったのに。あ、でも、白馬ではないけれど、白いキメラに跨る理想の王子様と一緒に乗るのなら……うふふ」
独り言の内容が気持ち悪い。
私が呆れていると、今度はラウが気を利かせた。
「ユエ、俺まで乗ると重いだろ。俺も変身して、木の上から追いかけるよ」
言うが早いか、ラウもまた禍々《まがまが》しくも美しい鵺の姿へと変身を遂げる。
ラウの無自覚な親切(という名の拒絶)のせいで、私の背中の上でシェリルが涙と鼻水でぐしょぐしょになった。
『汚いですよ! 振り落としますよ、このやろう!』
私は念話の魔法で一喝し、一気に地を蹴り上げた。
ヘリックス村から続くこの街道は、ギルド関係者以外まず人通りがない。
憚る理由がなくなった私は、時速数百キロという爆速で大気を切り裂き、最短距離を突っ走った。
しかし、この速度域では正面からの風圧が凶器に等しいものとなる。
背中のシェリルが「あばばばば!」と無残な顔で吹き飛ばされそうになっていたため、私は即座に魔力を行使し、彼女を包み込むように障壁を展開した。
風圧が遮断され、一転して無風状態の快適な空間が生まれると、背の上で彼女がすぐさま「うわぁ! すごい! 楽しいー!」と騒ぎ始めた。
(……やめなさい。気持ちの切り替えはどうなっているんですか、君は)
我が姉であり友の行動に呆れつつも、魔法を維持したままそのままの勢いで直走る。
本来なら数日はかかる距離だが、地形を無視して文字通り飛ぶように駆けた結果、一時間もしないうちに目的地である境界の町フロンティアが見えてきた。
私たちは町の手前で一度地上に降り、人型に戻る。
このまま突っ込めば、間違いなく正体不明の魔物襲来として非常事態宣言が出されるからだ。
地上に降りたラウは全く疲れた様子もなく、「オ? モウ着イタノカ? 良イ鍛錬ダッタ」と満足げに人型へ戻る。
君、休まずに木々を飛び越え、新幹線のような速さで並走していたのに、よく平気だな。去年までおじいちゃんだったのに……元気なことはいいことだ、と私は遠い目をしてしまった。
町に到着し、入口の門番にジーク殿からもらった身分証と書状を提示する。
「英雄からの呼び出しですか!? 今すぐ確認をとりますので、少々お待ちを!」
門番が慌てて詰め所へ走っていき、数分後、上司らしき人物を伴って戻ってきた。
「ユエ殿、お久しぶりです」
「あ……騎士団長バルトロメウス殿。お久しぶりです」
前回、合同使節団の中にいた方だ。
なぜ彼のような重職が境界の町フロンティアの詰め所にいるのかと疑問に思い尋ねてみると、どうやらこの近辺にまた闇組織の連中がうろついているという情報を得て、確認に来ていたらしい。
「ところで、ユエ殿。到着まで一週間ほどはかかると見ていたのですが、ジーク殿がヘリックス村から戻られてまだ数時間も経っておりませんぞ? 一体どうやって……」
「あー……私たちは、普通の亜人ではないので。地形を無視して本気で走れば、ジーク殿と同じ……いえ、それ以上の速さで移動できるのですよ」
苦しい言い訳かと思ったが、バルトロメウス殿は「なるほど! さすが帝国の末裔ですな!」と謎の納得をしてしまった。
(君たち、そんな曖昧なことで信じるのはよくないですよ……)
心の中でツッコミを入れつつ、私たちは目的地であるギルド【凪の観測手】フロンティア支部へと向かうのだった。
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