第六十三話 楽園の礎、あるいは村の産声
ご来訪ありがとうございます。ゆっくり楽しんでいってください。
すみません。おそくなりました。
品種改良に夢中になりすぎて、肝心の「家畜小屋」の確保を忘れていた私は、今、猛烈な勢いでゴーレムたちに指示を飛ばしている。
「1号機! そこは魔牛の飼育スペースにするから、なるべく広めにとって。近くに池を掘るのも忘れないでね、彼らは水辺を好むから。2号機! そっちは鳥小屋だ。卵を回収しやすいように動線を確保して!」
シェリルと分担してテキパキと現場を回していく。
ふと、拠点の一角にある専用ラボの方角から、規則正しい魔力の拍動が伝わってきた。
専用ポッドの中で眠っていたコード・オプティマイザの繭たちが、次々と羽化の時を迎えたようだ。
少しして、セドリックに引き連れられた元奴隷たちが、ラボから出てきたばかりの家畜たちを小屋へと誘導し始めた。
「魔牛さん、こっちですよ。……ふふ、本当に、あんなに怖かった魔物たちが、こんなに穏やかになるなんて」
動物好きのミラが、少し緊張しながらも魔牛の背を撫でる。
けれど、他の女性たち2人は顔を青ざめさせてセドリックの背後に隠れ、7人の男性陣も「守らねば」という気概こそ見せるものの、膝の震えを隠せていなかった。
彼らの視線は一様に、最後にラボからゆっくりと歩み出てきた彼女に向けられ、本能的な恐怖で釘付けになっている。
純白の毛並みを揺らし、無垢な瞳でこちらを眺める白熊のノエル。
私からすれば、小さなお嬢様のように愛らしい存在なのだけれど、巨大な体躯から漏れ出る圧倒的な魔力の重圧は、一般の彼らにとっては、まだ死の象徴そのものなのだろう。
ノエルが親愛の情を込めて「グルル……」と喉を鳴らすたび、10人の住人たちは一斉にビクッと肩を揺らし、後ずさりした。
「……おっと。ノエル、君はもう少し威圧感を抑える練習が必要かな」
苦笑いする私に、シェリルがうっとりとノエルの真っ白な毛並みを眺めながら、悪戯っぽく微笑んだ。
「そうね。こんなに愛らしくて可愛いのに、普通の人たちには刺激が強すぎて伝わらないなんて……なんだか、少しもったいない気がしちゃうわね」
彼女も私と同じく、ノエルの美しさと愛らしさを完璧に理解しているようだ。
住人たちが向けてくる尊敬の眼差しには、今や神への畏怖のような色が濃く混ざっている。
彼らがノエルと笑顔で触れ合えるようになるには、まだ相応の時間が必要なんだろうね。
そんな中、品種改良した植物を抱えたノアがラボの温室から駆け寄ってきた。
「ユエ! 見て、これ! この植物、すごく美味しい実がなるようになったんだ!」
驚いたことに、ノアはこの数ヶ月で私の術式さえも自分のものにしていた。
最近はすっかり食の開拓に夢中になっているらしい。
差し出された実は、見た目こそミニトマトのようだけれど、口に含むとパイナップルのようなフルーティーな味が広がった。
2つの前世の記憶がある私からすると脳が少し混乱するけれど、文句なしに美味しい。
「……! すごいよノア、君は本当に天才だね」
褒め倒すと、彼は「えへへっ」と嬉しそうに笑い、自慢の実を持ってラウの元へと走っていった。
ふと顔を上げて周囲を見渡すと、そこには活気あふれる光景が広がっていた。
最新鋭のゴーレムが動き回り、訓練に励むラウや魔猿たち、そして恐怖に耐えつつも必死に家畜の世話をこなそうとする住人たち。
「……これ、もう拠点っていうより、完全に村だよね」
賑やかになったこの場所に、そろそろふさわしい名前をつけてあげたい。
そんなことを考えながら、私は拡張されていく私たちの家を満足げに眺めていた。
このあと、帝国跡地の北の方角から、新たな来訪者が向かってきていることを、私たちはまだ知らない。
【北の国・蒼氷の国カーム:ギルド本部】
「ギルド長、お呼びでしょうか」
凪の観測手のギルド長、アルヴィン・クロムウェルは、窓の向こう、深い森林に囲まれた帝国跡地の方角を静かに眺めていた。
国からも一目を置かれる英雄の一人である彼は、かつて帝国跡地から溢れ出した数体の変異種を、たった一人で返り討ちにしたほどの凄腕だ。
「おお、よく来たな、ジーク」
部屋に入ってきたのは、鷲の獣人ジーク・ハルフレア。長年、アルヴィンの指示の下で帝国跡地の生態調査を担ってきた男だ。
あの日の悲劇を二度と繰り返さないために。
「今回の定期調査だが、少し奥地まで探ってきてほしい。どうやら最近、森の方で妙な異変が起きているらしくてな。西側に潜伏する闇組織……あの連中の不穏な動きと関係があるのかもしれん」
「またですか! 本当に、迷惑極まりない……。決定的な拠点の特定ができないのが悔しいですが、承知いたしました」
「無理はするなよ」というアルヴィンの言葉に、ジークは潔く「はい!」と答え、すぐさま南の帝国跡地の空へと飛び立っていった。
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