第六十二話 赦しと抱擁
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ノエルを紹介する前に、私は拠点に身を寄せるミラたち元奴隷の皆に集まってもらった。
これから新しい家族を紹介するにあたって、避けては通れない対話があるからだ。
「皆さんに、大事なお知らせがあります。率直に申し上げます……あの鬼熊の件です」
その言葉が漏れた瞬間、場の空気が凍りついた。
皆の顔から血の気が引き、重い沈黙が広がる。
かつての死の恐怖が、今も彼らの心を縛りつけているのが分かった。
そんな中、代表してミラが一歩前に出た。
「鬼熊の件とは……あの時、一緒に連れて帰った変異種のことですよね? 何か、あったのですか?」
必死に声を震わせないよう堪えるミラに対し、私は彼女の不安を解きほぐすように、努めて穏やかな言葉を重ねた。
「落ち着いて聞いてください。もう、あの鬼熊が誰かを襲うことはありません。ひどい魔力汚染で凶暴化していましたが、私の秘術で治療を終え、今は驚くほど穏やかな個体になっています。……二度と、あなたたちを傷つけることはないと約束します」
私は一人一人の目を見つめ、誠実さを込めて続けた。
「彼女には今後、この拠点の守護を任せるつもりです。……そしてもう一つ。術の影響で知能が向上し、彼女は自分のしたことを深く悔い、皆に謝罪したいと言っています。今すぐ許してくれとは言いません。ただ、どうかその様子を見守ってくれませんか?」
ミラは背後の仲間たちと視線を交わし、静かに言葉を交わした。
やがて、彼女は何かを決意したような瞳で私に向き直った。
「……いえ、鬼熊だけが悪いわけではないのです。私たちを奴隷兵に変えた者たちが、無理やり彼女の縄張りを侵し、戦わせたのが一番の原因ですから。……むしろ、謝らなければならないのは私たちの方かもしれません」
ミラの言葉に、他の奴隷たちも小さく頷いた。同じ道具として利用された者同士、通じ合うものがあったのだろう。
「確かに、怖くないと言えば嘘になります。ですが……私たちは、この恐怖を乗り越えてみせます」
「ありがとう、ミラ。皆も……本当にありがとう」
彼女たちの勇気に感謝し、私は核心に触れた。
「ミラ、もしよければ代表してノエルに会ってもらえないかな? まずは安全だと知ってほしいんだ。姿も、前の面影がないほど変わっているから……少しは恐怖心も和らぐと思うんだ」
奴隷たちの間に戸惑いのざわめきが広がる中、ミラは深く息を吐き、「私が行きます」と自ら名乗り出てくれた。
ラボの前に立つと、ミラの握りしめた指先は真っ白に強張っていた。
「ミラ、大丈夫? 無理なら、今からでも引き返そう」
「……いいえ、大丈夫です。……行かせてください」
彼女は自分に言い聞かせるように頷くと、重厚な扉の先、ラボの中へと自らの足で踏み込んだ。
ミラの視界に飛び込んできたのは、血に飢えた怪物ではなかった。
そこにいたのは、巨大ではあるが、雪のように白く、どこか幼い愛らしさを纏って静かに座り込む白熊――ノエルの姿だった。
ノエルは事前に事情を聞いていたため、ミラを刺激しないよう、石像のようにじっと動かずにいた。
「ミラ……」
私が横からそっと声をかけると、ミラは吸い寄せられるようにノエルへ近づき、消え入りそうな声で呟いた。
「あの……触っても、いいですか?」
私はぱあっと笑顔になり、念話で確認をとる。
(ノエル、彼女が触ってもいいかって。……大丈夫かな?)
(……うん。いいよ。怖がらせないように、やさしくするね)
本人の了承を伝えると、ミラはおずおずと指先を伸ばした。
ふかふかの白い毛に触れた瞬間、先ほどまでの緊張が嘘のように、ミラの顔に柔らかな笑みがこぼれた。
「……温かい。……ふわふわ、ですね」
ノエルはその言葉に応えるように、慈愛に満ちた大きな腕を伸ばし、ミラを優しく包み込むように抱き寄せた。
それを見た私は、ようやく心の底から安堵し、胸をなでおろした。
傷ついた魂と魂が、種族を越えて寄り添い合う。
どうやら、この拠点に真の平穏が訪れる日は、そう遠くないようだ。
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