第六十一話 新生の白、孤独の終わり
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「プシューッ!」
重厚な金属音と共に、蒸気が吹き上がる。
私とシェリルの趣味を全開に反映させた、スチームパンク風のラボ用自動ドアが開いた。
「……うん、いつ見てもこの無骨な機能美は最高だね」
「ユエ! 気持ちは痛いほどわかるけど、今は見惚れてる場合じゃないでしょ!」
扉の前でつい足を止めてしまった私に、隣からシェリルの鋭いお叱りが飛んできた。いけない、つい造形美への執着が出てしまった。
「ごめんごめん、行こうか」
ラボの中央。
そこでは今まさに、あの巨大な繭が内側から力強く破られようとしていた。
固唾を呑んで見守っていると、中から這い出してきたのは――眩いばかりの白熊だった。
「あれ……? 人型じゃないんだ」
再定義前の姿は、黒い毛並みに紫色の魔力汚染が混じった禍々《まがまがしい》しい巨躯だった。それが今では、驚くほど美しい純白に染まっている。私の血を分け与えた影響だろうか。私とお揃いの、汚れなき白だ。
白い鬼熊――いや、私の血が混ざり、新生した彼女は、どこか困惑した様子で床にドスンと座り込み、ぐぅ? と喉を鳴らして周囲をキョロキョロと見渡している。
4メートル近い巨体でありながら、大きな手を顎に当てて首をかしげる姿は、たまらなく愛らしい。
「きゃああっ! かわいい!」
案の定、恐怖心よりも好奇心が勝ってしまったシェリルが我慢できずに飛びつこうとしたので、私は反射的に蛇の尻尾で彼女を空中で捕獲した。
「シェリル、待って。……気持ちはわかるけど、まだ安全か分からないから、すぐに抱きつかないの」
私は暴走する親友を制しながら、新生したばかりの彼女へ視線を戻した。
さて、ここで試してみたい術式がある。
ラウが魔猿たちと意思疎通する際の魔力波を応用し、私が独自に開発した新魔術――『念話の鏡』だ。
1キロ以内という制限はあるが、種族を問わず、相手の感情を言葉として自動変換して脳内に届けることができる。
(聞こえるかな? そこの白熊さん)
(なっ……なに!? なに!? 声が聞こえる……?)
私の脳内に、驚くほど可憐な女の子の声が響いた。彼女は驚いて、さらに激しく辺りを見回している。
(目の前にいる、白いのが私だよ。今、君の意識に直接語りかけているんだ)
彼女が私を捉え、びっくりしながらおずおずと問いかけてくる。
(君が……?)
(うん。はじめまして。私はユエ。君が病気で苦しんでいたから、私が助けたんだよ)
私が優しく微笑みかけると、彼女はハッとして自分の体をくまなく調べ始めた。
(あれ……? もう、苦しくない。痛くない……!)
自分の体が快癒したことを理解した瞬間、彼女の大きな瞳から大粒の涙が溢れ出した。
(毎日、ずっと苦しくて……。あの紫の石を食べると痛みが引くから、食べ続けたら、どんどん意識がぼんやりしてきて……自分が何をしているのかも分からなくなって。すごく、すごく、怖かったの……)
その独白に、胸が締め付けられる。
かつての帝国の実験が、この優しい魂を数百年もの間、深い孤独と激痛の中に閉じ込めていたのだ。
「もう大丈夫だよ。……ごめんね、もっと早く気づいてあげられなくて。今の君なら、もうその病気に怯える必要はないから」
声に出して伝えると、彼女の表情がぱあっと明るくなった。
(ほんと!?)
(ああ。もしよかったら、これから私たちと一緒に暮らさないかな?)
(いいの!? ずっと、ずっと寂しかったんだ……!)
彼女は嬉しくなり、口元を大きな手で覆って喜んだ。
こうして、白熊のキメラの女の子に、新しくノエルと名付けて、私たちの仲間に加わった。
【 新しき守護獣:ノエル 】
私の血を媒介に羽化した彼女の姿は、まさに神話の守護獣そのものだった。
・【容姿】: 全身を覆う純白の毛。背中から下半身にかけてはドレスのように長い体毛が広がり、高貴な気品を感じさせる。
・【尻尾】: 蛇の頭ではなく、長さ3メートルの強靭な爬虫類の尾。二足立ちした際に、カンガルーのように巨体を支える支柱となる。
・【装甲】: 上半身の一部は、真珠のように輝く鎧状の鱗が覆う。
・【武装】: 私とお揃いの金色の太い角が二本。そして、太い腕には岩をも断つ金色の鈎爪。
ノエルという頼もしい家族が増えたのは喜ばしいが、課題もある。
保護したミラたちにとって、鬼熊は死の恐怖の象徴だ。彼女がどれほど優しい子かを理解してもらい、和解するまでには少し時間が必要だろう。
「ゆっくり行こう、ノエル。みんな、君のことも好きになってくれるはずだから」
私は、そのふかふかな白い毛並みにそっと触れた。
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