第五話 老猿視点・絶望の中の光
ご来訪ありがとうございます。ゆっくり楽しんでいってください。
―・・・・―
霞む視界の端で、赤紫色の魔晶石が冷たく光っている。
かつて、この廃墟一帯は俺の縄張りだった。
若い頃の俺は、この地に蔓延るいかなる魔物にも遅れを取らぬ「大猿」として、群れの頂点に君臨していた。
鋼のような筋肉と、岩をも砕く拳。俺の咆哮一つで、森の静寂は完成した。
だが、時は残酷だ。
誇りだった肉体は日ごとに萎み、かつての俊敏さは鈍い痛みへと変わった。
若く血気盛んな者たちにその座を追われ、俺は群れを去った。
独り、この朽ちゆく帝国の残骸で、静かに死を待つ。
それが、戦いに生きた者の最後だと心得ていた。
昨日の夕刻、あの飢えた幽尾猫に追い詰められた時、私は確信した。
(……ああ、ここで俺の命の灯火も尽きるか)
抗う力も残っておらず、ただ牙が喉元を裂く衝撃を待っていた。
だが、その瞬間。
俺の前に、現実のものとは思えぬ「異形」が現れた。
白銀の髪をなびかせ、天を突く金の角を持つ、見たこともないほど美しく、そして禍々《まがまが》しい存在。
その者が指先から放った青白い雷光は、傲慢な幽尾猫を一撃で追い払った。
(なんだ……この、恐ろしいほどの力は……)
気を失い、目覚めた時、俺は見知らぬ巣の中にいた。
傍らには、あの異形な姿の人間?がいた。
白銀の髪に、金色の猫のような瞳。
そして腰からは、白蛇の頭が俺をじっと見つめている。
俺は死を覚悟し、最後の力を振り絞って牙を剥いた。
この異形に食われるくらいなら、戦って死んでやる――そう思ったのだ。
しかし、その者は俺を食らうどころか、鈴を転がすような清らかな声で何かを語りかけ、ひどく悲しそうに目を細めた。
そして、不思議なほど温かい手で俺の傷を癒やし、つきっきりで俺を見守り続けた。
翌朝、差し出された煮込み料理。
毒かもしれない。あるいは、俺を太らせてから喰うつもりか。
そんな疑念を抱きながら、俺はその者が自ら一口食べるのを見た。
「……っ」
おずおずと口にしたそれは、驚くほど濃厚な味わい。
かつて食べたどんな果実よりも甘く、野草の苦みが、弱った体に染み渡る。
気づけば、俺は無我夢中で、器の中のものを平らげていた。
「こらこら、そんなに急いで食べる必要はありませんよ」
その者が、俺の背中を優しくさする。
その手は、群れの長だった頃に受けたどんな敬意よりも、温かかった。
かつての森の主として、この異形が放つ魔力の凄まじさは理解できる。
この者は、本気になればこの世界のすべてを焼き尽くせるほどの力を秘めている。
それなのに、なぜ俺のような老いぼれに、これほどの慈悲を注ぐのか。
俺は満たされた腹を抱え、再び瞼を閉じた。
死を待つだけだった余生に、奇妙な「光」が差し込んだ。
もう少しだけ、この美しく恐ろしい異形の人間の傍らで、命を繋いでみてもいいのかもしれない。




