第四十四話 【ラウ視点】見知らぬ、人間を助けました。
ご来訪ありがとうございます。ゆっくり楽しんでいってください。
ー・・・・ー
【ラウ視点】
ユエたちと分かれた後、俺は若い魔猿たちの教育を兼ねて、森を回っていた。
食料調達班としての生存術――獲物の追い方、そして自分より強い相手との間合いの取り方を教え込むためだ。
その最中、魔猿たちが異変を察知して騒ぎ始めた。
「どうした? 落ち着け」
彼らが指を差す方向を注視すると、そこでは一人の人間が幽尾猫に追い詰められ、今にもトドメを刺されそうになっていた。
……困ったな。放置するわけにもいかない。俺は考えるより先に地を蹴り、その場へ飛び出した。
「そこまでだ!」
手のひらに練り上げた魔力波を幽尾猫の横面に放つ。
不意の衝撃に驚いた魔獣は、獲物を諦めて森の奥へと逃げ去っていった。
深追いはせず、俺は随伴させていた魔猿たちに周囲の警戒を命じた。
残りの魔猿たちは、倒れている人間を見て露骨に殺気立ち、牙を剥いていた。無理もない。
あの一件以来、彼らにとって人間は、同族を実験台にし、故郷を無残に踏みにじった仇なのだから。
だが、俺は片手を上げて彼らを制した。ユエの言葉が脳裏にあったからだ。
『人間をむやみに攻撃してはいけませんよ。後が面倒になりますから』
あいつの判断はいつも合理的だ。
人間は報復のために群れを成す。
一度敵と見なされれば、際限なく押し寄せてくるだろう。今は無用な火種を抱え、拠点の安息を壊すべきではない。
俺は魔猿たちに「人間にむやみに手を出すな」と改めて諭した。
さて、問題はこの気絶している人間の女をどうするかだ。
二の腕を深く切り裂かれ、顔色は血の気が引いて青白くなっている。
放置すれば別の魔物の餌食になるのは明白だ。
かといって、独断で俺たちの住処へ連れて行ってもいいものか。
「……とりあえず、ユエに確認するしかないな」
判断を仰ぐため、俺はこの人間を連れて帰ることに決めた。
食料調達を一時中断し、魔猿たちに帰還の指示を出す。
俺は、今にも消え入りそうな鼓動を刻む人間を腕に抱え、住処へと急いだ。
拠点に到着すると、広間で留守番をしていた息子のノアが、難しい顔をして分厚い本を広げているのが見えた。
「父さん、おかえりな……って、その人は……!? わ、わわ、酷い怪我だ! すぐに、そこに寝かせて!」
俺は人間を広間の寝台に横たえた。
ノアは驚きながらも、すぐに読んでいた本を置いて、ユエに教わった薬箱を抱えて駆け寄ってきた。
「えっと、まずは止血……血を止めなきゃ。父さん、きれいな水を持ってきて! あと、棚にある緑の小瓶も!」
ノアの指示に従い、俺は水を運び、近くに自生していた薬草をすり潰す手伝いをした。
ノアは小さな声を震わせ、ユエの教えを一つひとつ必死に思い出しながら、傷口を洗い、薬草を塗り込んでいく。
その真剣な眼差しは頼もしいが、時折不安そうに俺の顔を伺う仕草には、まだあどけなさが残っている。
懸命な処置のおかげで、人間の傷口からの出血は止まり、荒かった呼吸も次第に穏やかになっていった。
「……ふぅ。これで、たぶん大丈夫。峠は越えた……と思うよ、父さん。あとはこの人が頑張るのを待つだけだね」
ノアが袖で汗を拭い、ようやく少しだけ笑った。俺はそんな息子の頭を大きな手でわしゃわしゃと撫で、少しだけ肩の力を抜いた。
時折、人間が弱々しく何かをうわ言のように呟いているが、まだ意識は戻りそうにない。
ノアは心配そうに人間の傍らに椅子を寄せて座り込んでいる。
俺は落ち着かない気分で入口の土間に座り込み、森の奥へと続く道をじっと見つめた。
「……ユエたちは、まだだろうか」
一番の判断材料であるあいつが戻ってこない限り、この事態は落ち着かない。
俺は耳を澄ませ、森の静寂を破るユエたちの足音が近づいてくるのを、静かに待ち続けた。
今日は、ここまで、つづきは明日書きます。おやすみー




