第二十九話 【ラウ視点①】
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【ラウ視点】
昨日、俺は見てしまった。
ユエが息子に施した奇跡――それは、自分自身の身を削り、文字通り命を分け与える凄絶な儀式だった。
腕を切り落とし、鮮血が噴き出すその瞬間まで、俺は何も知らなかった。
いや、今の今まで知ろうともしなかったんだ。
ユエなら何でもできる「神の使徒」のような存在だと、どこか他人事のように思い込んでいた。
(俺は、息子の為とはいえ、なんてことをお願いしてしまったんだ……)
激しい後悔と自責の念が胸を突き上げる。
だが、当のユエは当たり前のような顔で「心配いりません。……見ていてください」と笑い、俺を安心させようと欠損した腕を見せてきた。
肉と骨がボコボコとのたうち、瞬く間に再生していく。
……なんだこれは。俺の理解を遥かに超えた光景だった。
だが、驚きはあっても不思議と恐怖はなかった。
俺も、ユエと同じ種族になったのだという繋がりを、どこか魂の深いところで感じていたからかもしれない。
拠点に戻ってからも、ユエに「大丈夫だ」と太鼓判を押されたはずなのに、不安でたまらなかった。
ただひたすらに、息子が俺の元へ戻ることを祈るしかなかった。
セドリックがそんな俺を見かねて、好物のシチューを用意してくれた。
だが、喉の奥が引き締まったようで、どうしても食べる気になれない。
「ラウさん、貴方が倒れてしまったら、お子さんが目覚めた時に悲しまれますよ」
セドリックが優しく諭してくれるが、それでも食欲は湧かなかった。
そこへユエがやってきて、あの「魔法のメガネ」を貸してくれた。
これで中の様子が見えるはずだ、と。
受け取って眼鏡をかけると、レンズの向こうに信じられない光景が広がった。
まるで揺り籠の中で守られているかのように、穏やかに眠る息子の姿。
ドクン、ドクン。
確かに、生きている。その確かな鼓動を視覚で捉えた瞬間、全身の力がふっと抜けた。
安心が波のように押し寄せ、それと同時に、止まっていた空腹が不意に顔を出す。
俺は少しぬるくなってしまったシチューを、泣きながら口に運んだ。
鼻を啜る俺の横で、二人が「やれやれ」といった様子で安堵のため息をついているのが分かった。
情けない姿を見せたが、その温かさが、今は何よりも有り難かった。
それからしばらく経った頃だった。
静寂を切り裂くように「ピシッ」と鋭い音が響き、目の前の繭に亀裂が走った。
中から現れたのは、かつての姿とは似ても似つかない、人間の少年の姿。
けれど、その瞳、その気配、その魂――間違いなく、元気な姿の俺の息子だった。
(あぁ……ありがとう、ユエ。本当に、本当にお前に会えてよかった)
もしあの時、森で倒れていた俺をユエが救ってくれていなかったら、俺は今頃土に還っていただろう。
そして俺が死んでいたら、この広い森のどこか知らない場所で、息子の命もひっそりと消えていたに違いない。
そう思うと、ユエへの感謝で胸が熱くなった。
俺は込み上げる感情のまま、目の前にいる息子を折れんばかりの力で、強く、強く抱きしめた。
『父さん……苦しい、苦しいよ!』
頭の中に、息子からの念話が響く。
元気な証拠だと嬉しくなって、ついそのまま抱きしめ続けてしまったが、あまりに騒ぐので一応ちゃんと力を緩めてやった。
その後、よほど精根使い果たしていたのだろう。
息子は泥のように深い眠りに落ちた。
静かな寝息を立てる息子の横顔を見つめながら、俺の心には別の不安がじわりと広がっていく。
(一体、群れで何があったんだ……)
息子がこれほどの深手を負って追い詰められた理由。
そして、共に残してきた妻の安否。
考えれば考えるほど不穏な予感が胸をかすめるが、今はただ、目の前で奇跡的に命を繋いだ息子を休ませることを最優先しようと決めた。
明かりを落とした部屋の中で、俺は夜が明けるまで、息子の温かな確かに生きてる証の手をしっかりと握り続けていた。
いつも読んでくれてありがとうございます。残りの2話21時までに、仕上げます。
あと、ちょっとラウ視点が続く予定です。




