第十七話 生まれ変わった老猿視点とセドリックの生まれて初めての味【視点同時展開】
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【魔猿視点】
目を覚ました俺は、何とも言えない柔らかい何かに包まれている感覚に驚き、夢中でそれを破って外へ這い出した。
外に出た瞬間、目に飛び込んできたのは、一人の少年だった。
少し見た目が変わったようにも思えたが、死にゆく俺の手を握り続けてくれた、あの時の恩人であることはすぐに分かった。
だが、安堵したのも束の間、自分の身体に猛烈な違和感を覚えた。
なんだ、この感覚は。
視界が異常に広い。
それだけじゃない、おかしな場所が見える。
戸惑いながら自分の違和感がある尻の部分を振り返ると、俺は絶句した。
いつもの見慣れた猿の尻尾などどこにもない。
そこには、どす黒い鱗に覆われた、太く、力強い蛇の頭を持つ尻尾が生えていたのだ。
思わずあたふたとパニックを起こしていると、少年が俺に声をかけてきた。
だが、今の俺にはその言葉の意味が全く理解できない。
音として聞こえるだけで、何を言っているのか分からないのだ。
ただ、彼の表情や声の響きから、必死に俺を落ち着かせようとしていることだけは雰囲気で伝わってきた。
混乱する俺をなだめながら、少年は俺の腰に何かひらひらした布のようなものを巻き付けてきた。
俺は困惑しつつ、自分の新しい身体と少年の姿を何度も見比べる。
何が起きたのかは分からないが、どうやら俺は、この恩人の少年と同じような「姿」に作り変えられたのだと、本能がそう告げていた。
その時だ。
少年の背後から、あの時の絶望的な記憶が呼び覚まされる気配を感じ取った。
視線を向けると、そこには見た目こそ変わっているが、紛れもなく俺に致命傷を負わせたあの変異種が立っていた。
「ウウゥゥ……ッ!!」
俺は咄嗟に身構え、剥き出しの敵意で威嚇した。
だが、少年が慌てて俺の前に立ち、制止してくる。
身振り手振りを見る限り、どうやら「こいつはもう敵ではない」と伝えたいらしい。
前回、命懸けで介抱してくれた彼がそう言うのなら……と、俺は少しだけ警戒を解くことにした。
だがその直後、少年と後ろの変異種の腹の底から、聞いたこともないような獰猛な鳴き声が響き渡った。
(なんだ!? やっぱり警戒すべき相手なのか!?)
再び警戒し直す俺を余所に、少年は慌てて何かを持ってきて、俺の目の前に置いた。
漂ってくるのは、香ばしく、暴力的なまでに鼻腔をくすぐる匂い。
(……これは、あの時の食い物か?)
警戒しつつも、たまらず一口口に運んだ瞬間、俺の思考は真っ白になった。
以前食わせてもらったものとは、次元が違う。
複雑に絡み合う風味、豊かな食感、そして何より芯まで染み渡るような深い味わい。
「ッ……!!」
さっきまでの恐怖も困惑も、蛇の尻尾のことも、すべてが美味さの彼方へ吹き飛んだ。
俺は我を忘れてその食べ物に夢中になった。
傍らで安堵のため息をつく少年と変異種の様子など、今の俺にはどうでもよかった。
ただ、この腹いっぱいの「命の味」を、俺は夢中で味わい尽くすのだった。
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【セドリック視点】
私は、ユエ様より命じられた通り、森から良質な薪をかき集めて拠点へと戻った。
ユエ様はすぐさま料理の準備に取り掛かるご様子で、私には調理に必要な道具の捜索を命じられた。
私は、今いる廃墟と近隣の建物を巡り、使える物を探し始めた。
ユエ様から授かったモノクルを透かして見れば、錆びついた金属の塊が、たちまち強度の数値や劣化具合を示す情報の束へと変わる。
(……このフライパンと鍋は、まだ実用に耐えうるようです。それに、この食器も)
私はアナライズ・モノクルの助けを借りて選別した道具を、近くの小川で丁寧に洗い清め、拠点へと持ち帰った。
戻ると、ユエ様はちょうど食材の下ごしらえを済ませたところだった。
「セドリック、このフライパンにバターを引いて、お肉を炒めておいてください。それと、山菜は鍋でしっかり火を通してくださいね」
ユエ様はそう指示を出すと、ご自身は別のフライパンで魔法のような手つきで調味料を作り始めた。私は言われた通り、生まれて初めての「調理」に挑んだ。
ジッ、という音と共に立ち上がる、肉の焼ける匂い。
それは私の本能を激しく揺さぶる、これまで嗅いだこともないほど魅力的な香りだった。
思わず口角からよだれが垂れるのを、燕尾服の袖で慌てて拭う。
(……料理。これが、食べ物を『作る』ということか。なんて素晴らしいんだ……)
モノクルに記録されている膨大な過去のデータ……かつての人類やエルフが積み上げた食の知識に、私はこの時、激しく心を奪われた。もっと知りたい、もっと色々なものを作ってみたい。
私の魔核に、新たな情熱が灯った瞬間だった。
やがて、芳醇な香りを湛えた料理が完成した。
だが、いざ食卓へ運ぼうとしたその時、背後で赤紫の繭が激しく震動し始めた。
(……食事はお預けのようですが、今はそれどころではありません)
期待よりも、強い緊張が私を支配した。
生前の記憶はないとはいえ、私はかつて変異種として、あの中に眠る御方を傷つけたのだ。
私はただ、彼の無事な羽化を、そして心からの謝罪の念を込めて、祈るようにその時を待った。
繭を破って現れた彼は、ユエ様と同じ尊き種族へと生まれ変わっていた。
五体満足、生命力に満ち溢れたその姿を見て、私は深い安堵に包まれた。
本当に、無事でよかった。
だが、彼は私を見た瞬間、凄まじい形相で威嚇の声を上げた。
当然だ。
殺されかけた相手が目の前にいれば、誰だってそうなる。
私はただ、黙ってその殺気を受け入れた。それが私の背負うべき責め苦だと思ったからだ。
しかし、ユエ様が私をかばうように彼との間に立ち塞がり、懸命に説得を試みてくださった。
主様の言葉を受け、彼は納得はしていない様子ながらも、渋々と警戒を解いてくれた。
張り詰めていた空気が緩んだ瞬間、私の腹の虫が猛獣のような音で鳴り響き、再び一触即発の事態になりかけたが、そこはユエ様の機転が勝った。
ユエ様が差し出した料理を一口食べた瞬間、彼の目の色が変わった。
威嚇も、警戒も、過去の因縁も。
すべてを忘れたかのように、彼はがっつき始めた。
その様子を見て、私とユエ様もようやく、自分たちの分を口にすることができた。
「ッ……!!」
初めて味わう、調理された命。
その感動的な味わいに、私の魂は震えた。
私は、この素晴らしい料理という分野を究めたい、そしていつか自分の手で、ユエ様を、そしてこの赤い髪の御方を心から満足させたい。
燕尾服の胸元を正しながら、私はその決意を、静かに、だが熱く、自身の魔核へと刻み込んだのだった。
視点切り替えばっかりの話しになるな^^;でも、乗せたいんだよね。その時の二人の心情を・・・・。たぶんこのあと、視点切り替えの嵐はすこし、おさまります。現在3話め試行錯誤中おまちください。今日中にだします。




