第九十九話 追憶の香りと忌まわしき真実
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宿の二階、私たちは夜の集落を散策するための準備を整えていた。
「ラウたち、下の階で食事にしましょうか」
私の提案に、ラウが子供のように目を輝かせる。
「おぉ! カームで食べた飯も悪くなかったが、ここの飯も楽しみだ。世界はこんなに広いんだな……。ここも、本当に美しい」
窓の外には、淡い水色の魔晶石が林立するエルフの森が広がっている。
(……帝国跡地の魔晶石は、急激な高濃度魔力によって無理やり形成されたものですが、この地の結晶は数万年の時を重ねて成長したもの。透明な水色は、清浄である証拠ですね)
下の階へ降りると、食欲をそそる芳醇な香りが漂ってきた。その瞬間、私は足を止めた。
「……っ。この、匂いは……」
鼻腔をくすぐったのは、エルフの郷土料理『アウツマルル』。
アルルバオの粉末をこねてナンのように焼き、数種の香辛料と川魚、果実を煮込んだ甘辛いペーストに浸して食べる料理だ。
※【アルルバオ】
(エルフの居住地域にのみ分布する希少な南国の植物。バナナに似た外見を持つが、水分を蓄えるためのぷっくりと太い幹が特徴である。
食用としての用途は広く、幹の中心部を切り出し、乾燥させて粉末状にしたものは『アウツマルル』などの主食の原料となる。
また、その実はバナナのような形状ながら、外皮は鮮やかな紫色、果肉はキウイフルーツのように赤いという独特の色彩を持つ。
その味は非常に甘く、エルフたちに古くから愛されてきた至高の果実である。)
その甘く温かい、かつて公爵家の邸宅で家族6人と共に囲んだ食卓と同じ香りが、脳内に眠っていた記憶を激しく叩き起こした。
あまりの衝撃に、頭蓋を焼かれるような激しい頭痛が私を襲う。
「……っ! ああぁ……っ!」
悶絶する私を心配して、ラウやニクス、ザナドゥが顔を覗き込んでくる。
「ユエ、どうした!?」
彼らの声を制し、私は荒い息を吐きながら這うようにして部屋へと戻った。
(……思い出しました。あの大惨事が起きる、直前のことを。あの香りの先にあった、私の本当の過去を)
大陸一の魔核研究を誇る技術大国――ソル・レヴァント魔導帝国。
優秀な人材を育成するため広く学生を募っていたそこへ、叔母上様は、類まれな才能を持つ私を留学させるよう勧めてくださったのです。
生まれつき原因不明の魔核の病で体が弱かった母様を救うため、私は最新の人工魔核技術を求めて帝国へ渡りました。
そこで出会った第四皇子は、私の研究に目をつけ、母の治療支援と引き換えに研究協力と婚約を条件に私をスカウトしたのです。
当時、帝国は実力主義の極みにあり、次期皇帝を決定する祭典が目前に迫っていました。彼は皇帝の座を射止めるための決定的な功績を渇望し、焦っていた。
しかし、研究が最終段階に入った時、母が危篤との報が入った。
私は生成を中断して帰国を求めたが、後がない皇子はそれを拒んだ。
強引に立ち去ろうとした私と、それを止める皇子。
揉み合いの末、私は不運にも術式の魔法陣の中へと転落し、重傷を負ってしまった。
――あの日、彼に裏切られたのだという確信は、これまでも胸の片隅に澱のように沈んでいました。
けれど今、やっとすべてが繋がりました。
彼は、公爵令嬢である私を傷つけてしまった不祥事を隠蔽するためだけに、混乱の中で強引に術式を発動させたのです。
あの大惨事の正体は、私の存在そのものが術式の調和を粉砕した結果であり、一人の男の醜い保身が招いた必然の帰結だったのだ。
「……はぁっ、はぁっ……」
その結果が、現在のこの姿だ。
あれから数百年。病弱だった母様は、もう……。
けれど、私たちは長命な万象皇族。
五千年以上の時を生きる一族だ。
父様や兄弟たちなら、まだどこかで生きている可能性があるのではないか。
悲しみと、かすかな希望が混ざり合い、私は声を殺して啜り泣いた。
その時、控えめなノックの音がした。ラウたちが心配して、食事を運んできてくれたのだ。
「……大丈夫です。ありがとうございます。食事を済ませたら、予定通り散策に行きましょう」
私は涙を拭い、立ち上がった。
母様のことは覚悟しなければならない。
けれど、残りの家族にはまだ会えるかもしれない。
王城に着いたら、私の家族が辿った真実を必ず調べよう。
私は静かに決意を固め、ラウ、ニクス、ザナドゥと共に、夜の静寂に包まれた集落の散策へと繰り出した。
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まだ、書いてて、調整中の文章ですが。とりあえず、投稿します。全然21時まにあってなくてすみません。
つづきは、また明日おやすみなさい。




