第百話 リバーエルフの郷、深淵の誕生祭
ご来訪ありがとうございます。ゆっくり楽しんでいってください。
夜の清流妖精の集落。
湖は、湖底に沈む淡い水色の魔晶石が放つ光によって、神秘的な輝きに包まれていた。
水中を覗き込むと、かなりの深さがあるはずなのに、底に広がる光景が驚くほど鮮明に見える。
色とりどりの輝く水草の間を、多様な生物たちが優雅に泳ぎ回っていた。
あまりにも水が透き通っているため、魚たちがまるで空中に浮かんでいるかのような錯覚さえ覚える。
翼を持つ私でさえ、その高度感に少し足がすくむほどだった。
隣では、ラウが食い入るように湖面を見つめている。
あの顔、おそらく……。
せっかくの幻想的な雰囲気を壊しそうなのであえて指摘はしなかったが、予感はすぐに的中した。
「おぉ……。あそこに泳いでる銀色のやつ、脂が乗ってて旨そうじゃねぇか?」
案の定の台詞に、ニクスが呆れたように声をかけた。
「ラウさん……さっきご飯を食べたばかりですよ? そんなに見てると、魚たちが逃げ出しちゃいますって」
私はそのやり取りを背中で聞き流した。
ザナドゥは、先ほど体調を崩した私を案じ、隣へ歩み寄ってくる。
「ユエさん、さきほどは体調が優れなさそうでしたが……大丈夫ですか?」
私は微笑みながら短く答えた。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、ザナドゥ」
賑わいを見せる集落の中心へ行くと、華やかな祭りが始まっていた。
「世界樹の誕生祭」ではないかというザナドゥの言葉に、そういえばそんな季節だったかと思い出す。
ルナ・キングスレイとして過ごした時代、毎年都市で父のゼノンや母のロゼリア、そして兄姉たちと盛大に祝った光景が、昨日のことのように懐かしく蘇ってきた。
もし、家族に再会できたなら。
今のこの姿を受け入れてくれるだろうか。
それ以前に、私が「ルナ」本人だと告げて、果たして信じてもらえるのだろうか。
今は男の姿になってしまったけれど、真実を知ればお父様や兄様たち、そして姉様のカサンドラは、きっと泣いてしまうだろう。
込み上げてくる悲しみを振り払うように頭を振り、私は祭りの熱気へ飛び込むことにした。
屋台には、エルフの郷ならではの魅力的な料理が溢れている。クリスタルロブスターのアルルバオの葉蒸しや、タリマルという巻貝の炭火焼き。
そして、ひときわ香ばしい匂いを放つ『ナラダルム』という煮込み料理に目を引かれた。
「わぁ、この『ナラダルム』、お肉がとろとろで美味しそう!」
それは、乳白色の木の実を半分に割って器にし、その中に川魚と草蜥蜴の肉、さらに色とりどりの香辛料とキノコ、数種の薬草を詰め込んでじっくりと煮込んだ料理だ。
とろとろに溶けたリザードの肉と川魚の旨みが混ざり合い、絶品だったが、味付けはかなり辛い。
およそ子供向けではないその刺激に、知らずに一口食べたラウは悶絶していた。
「……っ!? ぶはっ! か、辛ぇ!! なんだこれ、火を噴くかと思ったぞ!」
だが、エルフの味に慣れている私やニクス、ザナドゥは平然とそれを楽しんだ。
ラウは強がって、顔を赤くしながらも気合で食べ続けている。
「ラウ、無理しなくていいのだよ?」
祭りの勢いに誘われ食べ歩く中、私はかつての私の大好物を見つけた。
アルルバオの実で作られた酒だ。
ルナ時代以来の懐かしい再会だが、地球での悠月時代は未成年だったため、今の体にとってはこれが実質的な初飲酒となる。
「うん! うまい! 最高だ!」
だが、心地よい酔いが回ると思ったのは一瞬のことだった。
瞬く間に、頭がすっきりと冴え渡っていく。
「……あれ? アルコール度数40度はあるはずなのに、全く酔わないぞ?」
原因はすぐに察しがついた。
私の一部として取り込まれた魔物の中に、毒耐性を持つ個体がいたのだ。
度を過ぎればアルコールも毒の一種。私の体質は、この至福の楽しみさえも「異常」として排除してしまったらしい。
「ああぁああ! 私は、お酒も楽しめない体になってしまったのか……!」
あまりの理不尽さに、私はその場で泣き崩れた。事情を知らない三人は慌てふためく。
「ど、どどどうしたユエ!? また頭痛か!?」
「しっかりしてください、今すぐ宿へ運びましょうか!」
心配そうな声が飛ぶが、今の私には何も届かなかった。
夜が更けるまで祭りを堪能し(あるいは嘆き)、私たちは静まり返った宿へと戻ることとなった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もし「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけましたら、
下の**【☆☆☆☆☆】評価とブックマーク**で応援いただけると、執筆の大きな励みになります!
残り2話、でき次第投稿予定。




