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灰の記憶 ― 誰にも知られぬ祈り ―  作者: 知琴


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セレノラ・モンテヴェルディの日記(二)

 カスティリアーナ暦一〇三年

 八月一六日


 私はアスター様の寝室に近づくことを禁じられています。執務室も同様です。

 見張りの方がいて、扉の向こうの音さえも私には届きません。


 暑い日が続いているので、今日は取り寄せたハーブティーを持って行きました。もちろん執務室へは入れず、見張りの方に手渡しました。

 先日も刺繍入りのハンカチを渡しましたが……使っていただけているのでしょうか。


 九月四日


 昨晩、聞いてはいけないものを耳にしてしまいました。

 アスター様たち改革派の方たちが、西の街で集会をするという情報を。

 きっと兵士の方は私が眠っていると思って話していたのでしょう。けれど私の耳にははっきりと聞こえてしまったのです。

 明日は王室からの使者が、私に情報を渡すよう要求しにくる日です。

 私にできることは――。


 九月三〇日


 王族派の目論見は失敗に終わったようです。


「東の街で改革派の集会がある」


 私がついた嘘を信じた彼らは、王国兵を東の街へ向かわせたそうです。うまくいってよかった。

 今日私は父に呼び出しを受け、情報が間違ってたらことを責められました。背中には新しい鞭打ちの痕ができました。

 それでも、アスター様の未来を守ることができたなら、私がどれだけ傷つこうと満足なのです。

 

 一〇月二三日


 屋敷の庭に、秋薔薇が咲きました。白い花弁に、淡く紅を差したような品種。

 アスター様がこの庭をお好きかどうか、私は知りません。

 それでも、毎朝花を見ては、水をやり、枯れた花弁を摘む。それだけのことで、少しだけ心が落ち着くのです。


 一一月三日


 朝食の席で、久しぶりにアスター様と顔を合わせました。彼はいつものように静かで、無駄な言葉を持ちません。

 ただ、「寒くなってきたから体を冷やさぬように」と、それだけを言って席を立たれました。

 それが、たまらなく嬉しかったのです。

 誰かに気遣われるということが、これほどまでに胸を温めるものだったなんて。

 忘れていた感覚を、思い出してしまいました。


 一二月八日


 時々、思うのです。

 アスター様の隣に立つべきは、私ではないのだと。

 彼が名を呼ぶときの優しい声は、私に向けられたものではありません。ルミナリア様のものです。

 彼女がどれほど純粋で、真っ直ぐで、アスター様の志に寄り添っているのかも知っています。

 私はただ、その道の端を静かに歩くだけ。

 

 終わりがどこにあるのかはわかっているけれど、それでも——。

 彼の革命が成功するなら、その先に立つ光のために、私は闇の中に消えていこうと思います。


 そうすれば、ようやく役目を終えられる。

 生まれて初めて、誰かのために生きたと言えるような気がするから。

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