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灰の記憶 ― 誰にも知られぬ祈り ―  作者: 知琴


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3/7

夜明け

カスティリアーナ王国の歪みは深かった。飢え、搾取、無尽蔵の浪費。理想を掲げた者として、アスターはそれを看過できなかった。

 革命の火は計画され、同志と練られ、あとは点火するだけとなったそのとき、セレノラとの結婚を命じられた。


 彼の側には常に監視の目がある。革命まであと一歩のところで身動きは取れなくなった。


 しかしアスターの静かな焦りとは裏腹に、王族派の連中は見当違いの行動を取り始める。

 アスターたち改革派が西の街へ集まる計画をすれば、王族派が派遣した兵は東の街へと向かう。

 セレノラが間違えた情報を密告したのか、はたまた誰かが意図的に虚偽の情報を流しているのか……。いずれにしてもアスターたちにとっては好機だった。


 そして当初の予定から遅れること一年、ようやく革命の日が訪れた。


 アスターは先頭に立った。旗を掲げ、民の声を背にして進む。


 王城は燃え、古い秩序は崩れ落ちた。だが、そうして得た秩序の皺の中に、輪郭のはっきりした命令が残った。


 ――王族派の処罰。容赦なし。


 公的書類に刻まれた文字は冷たく、誰もがそれを実行した。民衆の怒りは容赦がなかった。


 セレノラが処刑に含まれたことを、アスターは特別に感じはしなかった。事実が通り過ぎ、儀式が終われば、彼の世界はまた別の秩序へと動き始める。

 彼は結果を認めたし、それ以上の情動を自らに許さなかった。(まつりごと)と心情は別物である――それが彼の信条だった。


 腐敗したカスティリアーナ王国の王族も、中枢にいたモンテヴェルディ侯爵家を始めとした王族派の貴族たちも、次々に処刑されていく。

 最期まで命乞いをする者や民を罵倒する者もいる中、セレノラは静かに死を受け入れている様子だった。


 革命を終えて残ったのは、達成感と少しの混乱。

 アスターたち改革派の貴族たちは、民の言葉を聞きながら新しい国を作り上げていく。そんなアスターの傍にはルミナリアもいた。


「やっと、終わったのですね」

「いいや、これから始まるんだ」


 二人は手を取り合いながら、新しい国の未来を思い描いた。


 ようやく情勢が落ち着いた頃、アスターとルミナリアは結婚をした。すぐに可愛い息子にも恵まれた。

 けれどセレノラが暮らしていた東棟の部屋は、ずっと空き部屋のままだった。



 アスターの息子、まだ三歳のアルヴィスは、使用人たちの目を盗んで探検ごっこに夢中になっていた。



 幼い足が導かれたのは、誰も使わない東棟の奥。

ほこりの積もった扉を押し開けると、古い香油の匂いとともに、柔らかな陽の光が舞い込んだ。

 

 そこは、セレノラがかつて使っていた部屋だった。


 アルヴィスは小さな体で机の下に潜り込み、木の裏板がほんの少し浮いているのを見つけた。

 指先でつつくと、ぽとりと古びた日記が落ちた。革の表紙はひび割れ、留め具の金具は錆びついている。


 無邪気な彼は、それを大事そうに抱えて父のもとへ運んだ。


「とうさま、これ、みつけたの!」


 アスター書類から顔を上げ、その古びた一冊を受け取った瞬間、わずかに眉をひそめた。


――セレノラ・モンテヴェルディ


 日記の表紙に小さく書かれたその名に、アスターの視線は釘付けになった。

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