鎖
婚礼は形式通りの華やかさに彩られた。
飾られた宴席、揃いの祝辞、揺れる燭台――すべてが決められた手順を踏んで済まされた。
アスターは微笑まず、ただ任務を果たすかのように振る舞った。
セレノラは沈黙の人だった。控えめであっても哀しげな気配が常に漂っている。だが、それがアスターの心を揺らすことはなかった。
彼女は王族派の一員であり、彼にとっては彼を縛る鎖であり、敵の一角にすぎなかった。
アスターはセレノラを屋敷の東棟へ住まわせ、食と衣と住を与えることは律儀に行った。暴力も暴言も許さなかった。
彼女への愛や同情心は微塵もなく、ただ王族派の付け入る隙を与えないために取った行動にすぎない。
生活はぎこちない規則で成り立った。公式の場では顔を合わせ、礼を交わす。
だが私生活は分断され、夜はそれぞれの寝室に消える。たまに同じ食卓を囲んでも、言葉は必要最低限だった。
セレノラはモンテヴェルディ侯爵家の誰とも似ていない。彼女は侯爵と前妻の間に生まれた娘で、透き通るような銀髪もガラス細工のような青い瞳も、全て母親譲りなのだそう。
その後侯爵は再婚し二人の子供に恵まれたが、二人とも侯爵そっくりの赤毛に、後妻と同じ緑色の瞳。ゆえに誰にも似ていないセレノラは侯爵家の中でも浮いた存在に見えた。
しかし彼女が虐げられているといった噂はまるでなく、むしろ公の場では家族の輪の中で穏やかな笑みを見せていた。
「せめて虐げられてでもいれば、利用できたのだがな」
アスターは誰もいない執務室でポツリと呟いた。
利用できない以上は彼女の監視を掻い潜り革命の準備を整え、成功した暁には王族ともども処刑するだけだ。
モンテヴェルディ侯爵から指示されているのか、セレノラは時折アスターの寝室や執務室を訪ねようとしてきた。
しかし決して立ち入らせることはなく、見張りの者が用件を聞き対応した。
いずれもハンカチに刺繍をしただの、ハーブティーを取り寄せただの、些細な用件ばかり。いかにもアスターの動向を伺いたいといった様子だった。
アスターの周囲には、誰かの目が常にあった。王族派の使者、屋敷の者たち、そしてセレノラ。
その穏やかな微笑が、かえって彼の神経を磨り減らしていく。
革命の準備は停滞していた。だが、止まってはいない。人々の怒りは静かに燃え広がり、王都の地中を伝って音もなく火種が進んでいく。
アスターはその地図を広げ、指先で線をなぞった。
――もう戻れない。
鎖が軋む音が聞こえた気がした。
それは幻聴か、それとも、始まりの合図か。
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