第38話 残弾10発
「がっ、ああアっ! この、野郎!」
ユージーンの絶叫が食堂に響き渡る。
苦し紛れに振るおうとした剣も、ひしゃげたナイフに引っ掛けられて上手く動かせないようでいた。
剣も呪符も、無くなってしまったが無防備ではない。常に戦えるように準備をしている。
今、籠手に刻んだ時計の紋章が指しているのは、長針は変わらず数字の12で短針は数字の2。仕組みは簡易魔杖と同じだ。この短針が12を指すまで、爆発の魔術を呪符を使っている時と同じ威力で使い続けられる。
「(とりあえず、殺す。殺して、あとは頭がはっきりしてから、難しい事は考えよう)」
次は首だと手を伸ばそうとして、背後から複数の気配がしたのでユージーンは蹴飛ばして振り返る。
蹴飛ばされた彼は数メートル先の壁まで吹っ飛んでいったのか、ドンという鈍い音とガシャンという金属音が響いた。
振り返った直後、頬を掠めたのはウエイターの振るった剣。
無表情のウエイターの男女一組が、武器を手に襲いかかってきている。どちらも僅かに見えた襟の隙間から、例のエラがあるのが見えていた。
女のウエイターがレイピアを真っ直ぐに構えて姿勢を低くし、腹部めがけて刺突による追撃を狙おうとしているのを確認する。
「武器……!」
いいところに来てくれたと思った。
レイピアの方はあまり好みじゃないが、男が手にしているショートソードは悪くない。
「シッッッ!」
「(まずは、こっちからか)」
鋭く息を吐き出しながら飛び込んできた女の攻撃を避け、相手の刺突の勢いも利用して横へと回り込む。そして、その腹部を思い切り蹴り上げた。
めきめきと骨が砕け、歪む音がして女の口と鼻から血が噴き出す。ゆっくりと流れる視界の中で、その身体は天井近くまで吹っ飛んでいった。
残るもう一人の男に間髪入れずに掴みかかり、剣の柄を握りながらもう一方の手でその顔面も掴む。
持ち上げるとうめき声を上げながら手足をばたつかせて抵抗していたが、既に注意は別方向へと向き始めていた。
「(また気配が。敵の数が多い)」
視界の外から迫り来る気配に、時間が無いことを悟りつつ男の顔面をそのまま握り潰して剣を奪った。
振り向きざまに気配の1つへと向けて掴んでいた男の身体を投げつけ、飛び掛ってきていた半魚人を一匹頭から両断する。もう一匹、連携して噛み付こうとしてきた者も同じように叩き斬った。
「フゥーッ……フーッ」
呼吸が整わない。時間が経つごとに動きが鈍ってきていると感じる。
一旦視野を広く取り、事態はみるみる内に悪くなっている事にやっと気が付いた。
半魚人達が集まって、眠らされているボーウェン博士やゴドウィン隊長を、どこかへと連れ去ろうとしている。
「逃が、す……か……!」
動ける者は自分しか居ないのだ。
皆を守らなければと、足を一歩踏み出した瞬間に足元が一瞬にして氷漬けにされる。
当然、そんな芸当をやれる者は1人しかいない。
「悪いが、そこまでだ」
「……カイル」
カイルが気を失っているキリエ博士の身体を抱え、その首に剣の刃をぴたりと添えていた。
「見ていればわかる。限界だろ? お前も。大人しく捕まってくれればそれで良いんだ」
「それ、で……? 俺が、従うとでも?」
「……ははは。こんな状況だけど、昔のギラついた雰囲気のお前をまた見られたのは少し嬉しいかな」
そうこうしている内にも、続々と集まってきた半魚人の群れに周囲を固められてしまう。
退路を塞ぐように、食堂から外へと続く扉の前は首にエラのあるウエイターも、武器を手にして立ち塞がっている。
足元の氷が、這い上がるようにじわじわとスネのあたりまで覆い尽くそうとしているのを感じ取る。
「ま、どっちにしろ詰みだ。武器を捨てて、そこで氷漬けにされててくれ」
「……」
キリエ博士を死なせるわけにはいかない――が、このまま攫われればどの道殺されることに変わりは無いだろうという確信もある。
武器は手放さず少し思案して、1つあることを思い出す。
「なら、お前はそこで、灰になれ」
「……? ……っ!」
「『焔』」
その言葉を聞いて彼も思い出したのか、ふところから呪符を取り出して投げ捨てようとしたが、それよりも早く彼の全身は燃え盛る炎に包まれた。
抱えていたキリエ博士には、魔術によって生み出した炎は欠片も燃え移ることはない。呪符を使った魔術であれば威力の増強だけでなく、それだけ精密なコントロールが可能になる。
「がっ、ああああ!?!」
炎に包まれたカイルは絶叫を上げてもんどり打った。一瞬では致命傷まで至らなかったか、キリエ博士を即座に手放して、自分に氷の魔術をかけて消火を試みている。
しかし、互いに威力は拮抗しているのか白煙を上げながら炎を消し切ることも出来ず、うめき声を上げながら難儀している。
自分たちの指示役がやられたのを確認したからか、それを合図に半魚人達の群れが一斉に襲いかかって来る。
更に、再び立ち上がったユージーンがこちらを睨みつけて口を開いた。
「全力で奴を殺せ! クレール!」
彼に呼ばれたのは、死んだはずの仲間の名前。
次の瞬間、ずしんと重たいものが落下してくる音がして、身の丈2メートルはあろうかというフジツボの騎士が、見覚えのある剣を携えて現れた。
全身の毛が粟立つ。
ただでさえ運動能力の低下と数の不利で苦しいのに、これの相手はしていられない。
足を拘束していた氷を無理やりに砕いて脱出し、殺到する半魚人達を返り討ちにし、籠手をフジツボの騎士へと向ける。
「ばん!」
再びの爆発音、視界を白く塗り潰す閃光、空気を震わせる衝撃。かすっただけで床の石材を削り飛ばす威力の爆発がフジツボの騎士を襲い、時計の針が数字の3を指し示す。
煙が晴れたとき、果たしてフジツボの騎士は――
「……ヴゥゥフゥゥ」
五角形と六角形で構成された半球状の結界により、爆発は完璧に阻まれてフジツボの騎士は無傷のままそこに立っていた。
鎧の奥の白く白濁した瞳と視線がぶつかる。
数日前まで、生き生きと笑って、言葉を交わしていた友人の今。死後もこうして尊厳を踏みにじられるのかと、腹の底から怒りが込み上げてくる。
どん、と。一瞬で距離を詰めてきたクレールの剣が眼前に迫る。
ショートソードでそれを受け止めるが、膂力の差で自分の身体は浮き上がり、吹き飛ばされた。
続けて放たれた2撃目は空中で回避し、追いかけてきたクレールと壁を駆け巡りながら激しい剣技の応酬を繰り広げる。
「くっ……」
これはクレールではない。そうわかっているはずなのに、剣が鈍る。
ただ身体の調子が悪いだけでない。国のために戦い、散っていった仲間の身体を斬り刻むことへの躊躇いがあった。
「ヴォォォアァァァァッ!」
粘ついた咆哮をあげて襲い掛かってくる目の前のそれは、誰がどう見たって人間では無かった。
足の感覚が薄くなってきている。一瞬力が入らなくなり、かくんと身体が沈む。それが命取りだった。
隙を見逃さずに振るわれたクレールの剣は、しっかりと自分の身体をとらえていた。
咄嗟の判断で肩当てでそれを受けたが、ガリガリと音を立てて火花がほとばしり、身体が軋み悲鳴を上げている。
「ぐっ、う」
振り抜かれた勢いのままに床に叩きつけられ、直後に落下してきたクレールの剣が床に突き刺さった。
すんでのところで転がって回避には成功したが、立ち上がった時には彼と自分は半球状の結界の内側に閉じ込められていた。
1対1、正々堂々と正面からやりあう決闘のスタイル。
生前のクレールの姿が目の前のフジツボの騎士に重なって、思わずぎりりと奥歯を噛み締めた。




