第37話 食堂の戦い
強烈な眠気に襲われている。
これは毒によるものか。
手足の感覚が薄れ、思考も定まらなくなってきている。見た目にも味にも、おかしな点はなかったはずだが、それだけ質の高い毒を使われたか。
「て………き………?」
既に調査隊に紛れ込んでいた敵は拘束済み。
あとは安全に彼を拘束したまま、帝都に戻るだけ。もちろん、それに対する妨害も発生する事は予想していた、が。
視界がぼやけている。
また1人、誰か倒れたのか重いものが倒れるような音がした。
宿の従業員達だろうか。叫び声や、ばたばたと騒がしく走り回るような音も聞こえてくる。
周りの状況を確認したい。しかし、頭を掴まれて泥の中に押し込められるように強引に、意識は闇へと引きずり込まれていく。
「……ま………ず……」
何も見えない。
抵抗しなければならないとわかっているのに。
意識が、途切れる――
――その瞬間、指先に触れるものがあった。
「……ぅぅぅぁぁあああっ!」
――ザクッ!
毒に身体を蝕まれる中、気合だけで手に取ったフォークを自分の腕に思い切り突き刺した。
鋭い痛みが身体中を駆け巡り、それにより脳が覚醒する。
薄れてきていた視界に光が戻り、依然として四肢には力が入り切らなかったが最低限戦えるまでに持ち直す。
「フーッ……フーッ……」
呼吸も荒く、脳へと酸素を送りつつ、突っ伏していた上体をゆっくりともたげて立ち上がる。
そうしてやっと、現在の食堂の状況が把握できた。
宿の従業員が、同じ宿の従業員に襲われて次々と殺されている。
食卓を囲んでいた調査隊の面々は、カイルとユージーンの2人を除いて全員が眠りこけていた。
2人は毒を盛られた様子もなく、元気な様子で既に席から立ち上がっていて……そして、信じられないものを見たかのように、驚愕に見開かれた目をこちらに向けている。
「おいカイル、どうなってる。効いてないぞ」
「俺に聞くなよ。普通ならとっくに四肢の自由はきかなくなってるはずだ」
ぼんやりとした脳で、彼らの交わした言葉を受け取る。判断力は落ちていたが、それでも食事に毒を盛った犯人が何者か、簡単に理解できた。
信じられない。
まだ裏切り者が存在していたこと。
長年の友人までもがその中に居たこと。
ぎりりと歯を食いしばる。
悲しいやら、悔しいやら、情けないやら。
ぐちゃぐちゃになった感情は混ざり合って、1つの感情へと収束していく。
「貴……様らぁぁァァァッッ!!!」
怒り。煮えたぎった感情が叫びとして溢れ出した。
手の中で握りしめたフォークの柄がぐにゃりと変形するのを感じる。
不意に、視界の端にウロコまみれの手が映った。
背後から掴みかかろうとしている者の気配を感じ取り、宙返りしつつ真後ろまで近づいて来ていた半魚人の頭を両手で掴む。
そして、頭を掴んだまま空中で身体を素早く捻って、その太い首を捩じ切った。
着地とほぼ同時に、頭部を失った半魚人の身体はその場にどっと倒れ、魚のお頭にしか見えない首は投げ捨てる。
テーブルを挟んだ向こう側で、カイルとユージーンの2人はウエイターから自分たちの武器を受け取っていた。
それを見て自分も腰へと手をやるが、指は空を切る。脳の動きが鈍くなっているせいで、自分の剣も呪符の詰まったポーチも奪われてしまっている事を失念していた。
「毒は効いてる。動きが鈍い。あいつは無視して可能な限り運び出すぞ」
「いいや、捕獲に失敗したなら殺しても構わないと言われていたはずだ」
「……ユージーン? 待て、俺たちは確実に任務の遂行を」
ユージーンはそう言って、受け取ったばかりの剣を鞘から引き抜いた。
カイルの方は止めようとしていたようだったが、ユージーンの目は既に完全に据わっている。
「ずっと殺してやりたいと思ってたんだよ……貴様の事をなあ!」
力強く床を蹴って跳び上がる彼を見た瞬間に、反射的にテーブルの上に転がっていたナイフを手に取った。
着地と同時に全体重を乗せて振り下ろされる剣を回避し、続けざまに横薙ぎに振るわれた剣を今しがた拾ったばかりの小さなナイフで受け止める。
当然、戦うために鍛えられた剣と食事用のナイフでは耐久力が違う。
ユージーンの剣は、それを受け止めたナイフの中ほどまでめり込んでいた。
ぎりぎりと押し込まれるように、彼の膂力によってナイフは更に曲げられていく。
「お前がルードを殺した。お前が見捨てたせいで、切り捨てたせいでルードは死んだ。あいつが味わった絶望を、お前にも味あわせてやる」
その名前は知っている。
知っているはずなのだが、毒で鈍くなった頭ではそれが誰だったのかすぐに出てこない。
そんなことよりも、この場を切り抜けるためにどうすれば良いかを思考し続けている。
出てきた答えは、至極単純だ。
「……全員、殺す……」
「やってみろよ、やれるもんならなァ!」
彼の剣を握る手が片方離れ、その指先からチリチリと火花がほとばしった。魔術を使う前触れ。
咄嗟の判断で、飛び退くのではなく逆に相手のふところへと飛び込んでその手を掴んだ。開いた五指と五指が絡み合い、握りしめられる。
目と鼻の先。ユージーンの目が、ぎょっとしたように見開かれた。
彼の手を握り締めている方の手。
装着している籠手の、手の甲の部分には時計の模様が刻まれている。長針が指し示しているのは数字の12で、短針が指し示しているのは数字の1。
「ばん」
そう言った瞬間、周囲はまばゆい閃光に包まれ、凄まじい爆発音と共にユージーンの腕は肘から先の全てが吹き飛ばされた。




