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無双の騎士と奇形魚の棲む海  作者: 青蛙


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第33話 疑念




 キリエ博士がメルクリウス辺境伯からの手紙を読んでいる間、自分は海を眺めながらこれまでの情報を頭の中で整理していた。


 奇形魚がなぜ現れたのかを調べる。それだけの調査だったはずが、ずいぶんと大事(おおごと)になってしまった。


「(奇形魚だと思っていたものが新種の魔物だったり、それとはまた別に新種の魔物が存在していたり。その上、そいつらが徒党を組んで襲ってきて犠牲者まで出てしまった。挙句の果てには、それが神の仕業であるとまで来た)」


 少人数での護衛任務。

 そもそも生物の調査に護衛をつける時点で、上はコーレル村が危険な状況にあると予測していたのだろう。ともなると、これまでの事を思えば上は最初から“奇形魚”の調査ではなく“新種の魔物”についての調査になる事も想定出来ていたはずだ。


 だと言うのに、なぜ結局この少人数の調査隊のみをコーレル村へと寄越したのだろうか。


「(皇帝陛下は、我々が犠牲になる事を望んでいた? ……いや、何を馬鹿なことを)」


 自分の中で忠誠心が揺らいでいるのを感じる。

 何のために自分たちはここに連れてこられたのか、その真意を未だ図りかねている。


 ただ1つハッキリしている事は、メルクリウス辺境伯が娘のキリエ博士を守りたいと思っていること。


「(しかしこちらも親子愛と言うには単純でない様子だが。兄のトー・メルクリウスの方はむしろ明確に嫌っている。子に優劣を付けているだけなら、とても褒められた親ではないと呆れるだけだが……そういった雰囲気でも無いだろうな、あれは)」


 ふと、マシューの言葉が頭をよぎる。

 彼らの同族がそこらじゅうに潜んでいるかもしれない。

 今回の事件の裏には、人間が関わっているかもしれない。


 それらがメルクリウス辺境伯の態度とも、自然と重なってくる。

 どこに敵が潜んでいるかもわからないから、自分が信用出来ると決めた人間としか些細な情報も共有出来ない。


「(裏切り者……?)」


 調査隊に裏切り者が居る可能性は以前も考えたことがある。

 その時は、裏切りをする理由もそれらしい証拠も調査隊の面々には無いと考えて、すぐにその可能性は捨てたはずだった。


 しかし、証拠はともかく理由について、自分はどうこうと断じられる段階に無いのではと、ふと考える。要は、主観に囚われて視野が狭くなっていたのだ。

 その事に、今やっと気が付いた。


「(可能性はある? マシューの言うように、最初から敵である存在が紛れ込んでいたら?)」


 ずっと引っかかっている事がある。


 なぜクレールはあの程度の魔物に敗北してしまったのか。

 クレールの結界術を使えば、移動こそ出来ないものの外敵の侵入を拒む半球状の領域を形成することが出来る。信号を空へと放った直後に、ティム博士と共に結界の内部で待機しているだけで救援が到着するまで耐えられたはずだ。


「(クレールの結界術は強力だが当然弱点もある。外側からの干渉にはめっぽう強いが、内側からの干渉には非常に弱い)」


 結界の内側というのは、つまり術者側の事をいう。

 そもそも結界術は内側からの攻撃を想定していない。限りある魔力を用いてどれだけ強靭な防壁を作るのかと考えて発展していった魔術であるから、最終的に一方向からの攻撃にのみ強い作りであれば問題ないという結果に至ったという流れがある。


 なぜクレールは結界術を使えなかったのか?

 結界術は使っていたとして、それを破られてしまった原因は?


「(クレールが結界術を使った場合、その内側に共に居ただろう存在は……一人しかいない)」


 疑いたくはないが、身内に敵が入り込んでいると考えた場合、それは彼しか考えられなかった。

 思えば腕に負っていた大きな切り傷も怪しい。あの傷を見た瞬間に、確かに自分は違和感を覚えていたのだ。

 果たして、あの傷は魔物につけられるようなものか?と。


「(実際、剣を振るう魔物は現れたが……あの分厚く巨大な鉄塊の如き剣で斬られて、あの程度の傷で済むか? そもそも鎧貝が使っていたあの剣は、どこから調達してきた?)」


 考え出すとキリがない。


 ぼんやりと海を眺めたまま、思考の沼にどっぷりと浸かっていた自分だったが、遠く波音が響く中で唐突に耳に飛び込んできた彼女の声で現実へと引き戻された。


「やっぱり過保護ですねえ、お父様は」


「不満ですか?」


「不満……不満とは、ちょっと違うかもしれないですけど」


 そう言って彼女は手紙をこちらに返してくる。

 自分はそれを受け取って、またふところへとしまった。


 自分は彼女の横顔を眺めながら話をきいていたが、彼女は神妙な面持ちのまま、海を眺めて独り言のように話し続けていた。


「お父様、私にお母様の事を重ねてるんですよ」


「お母様……クラウディア・メルクリウス辺境伯夫人か」


 実際に会ったことも無いし、その容姿も性格も自分は知らない。美しく穏やかな方であったと聞いたことはあるが、それだけだった。


「(彼女は確か、自分がまだ8歳の頃に亡くなっている。死因は対立していた派閥の貴族が雇った賊に襲われたからだったか)」


 メルクリウス伯を除いたメルクリウス家の者らで、護衛を伴って外出していた道中を狙われたとか。

 その後の詳しい顛末は覚えていないが、国を分断させかねない大罪を犯したとして賊を雇った貴族は取り潰しになり、乳飲み子に至るまで全員が死罪となったはずだ。


「よく、お母様に似ているとお父様の知人の方々に言われるんです。だからお父様に溺愛されているんだろう、とも。私自身は、あんまり愛されてる感覚はなかったと言うか、束縛されているなとしか思っていなかったんですけども」


「既に身内を殺されていれば、心配性にもなるだろう。自分の手の届くところに置いていたいという考えはわからなくもない。結果として、束縛するような形になってしまったのかもしれないが」


「そう言われたらその通りだなあとは思うんですけどね。思えば私が学者の道を志したのも、お母様の影響強いなあって思ったり。私も悪いかなって、反省する部分もありますけど」


 彼女は深くため息をついて苦笑いしていた。


「でも、お兄様を悪く言うのって、やっぱり()()なんですかね」


「……」


 そうなるか、と。肩を落とす。

 それは違うと反論したかったが、結局何も言えなかった。


 自分から見れば、メルクリウス伯は何らかの原因があって彼女の兄であるトーに疑いの目を向けている。そういう風に見えている。


 だが、これは彼女にとってメルクリウス家の問題だ。

 メルクリウス家の内情など、所詮は赤の他人でしかない自分は何も知らないし、知ったような口をきける立場にない。


 この気持ちをどう伝えれば良いものか、絞り出すように言葉を紡ぐ。


「……容姿だけで、それほど深く愛せるものか。コレクションのように愛するだけなら、自由などまず与える訳がない」


「自由? 私が学者を志した時、お父様は反対したのに? 助けてくれたのは、お兄様だった」


「それでも……1人で帝都へと送り出してくれたんだろう。妻を喪い、今度は娘も喪うかもしれないという恐怖の中で、それでも貴女の意思を尊重する事を選んだ」


「……少し、考えさせてください」


 そう言って、キリエ博士はぐったりとベンチの背もたれに寄りかかる。

 潮風にさらされて僅かに傷んできていた板材が、ギシリと鈍い音を響かせた。



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