第34話 裏切り者
「私は、どちらを信じれば良いんでしょうか」
自分に答えを求められているのか、返答に詰まる。
それを決めるべきは自分ではなく、彼女自身だろう。
自分の意見にただ従って欲しいだけなら、こうして手紙を見せたりはしない。これを見て彼女はどう考えるのか、むしろ答えはこちらが求めていた。
しかし、本来彼女に読ませるべきではなかった手紙を読ませた責任というのもある。
「自分なら……トー・メルクリウス殿に会ってから考えるだろうな」
「まさか。兄にここで会うことになると?」
「もしも会ってしまったら、その時は終わりという事でもある。本来メルクリウス領に居るべき彼が、仕事と無関係な漁村に居たら……それは疑いが確信へと変わる時だ」
「どこかに敵が潜んでいるかもなんて、彼の話のせいですか? お兄様がそんな事をするなんて、私には……」
これまでキリエ博士と過ごしてきて、彼女が兄のトーを心から信頼している事は察している。彼女の夢を応援してくれたのも、彼女に反対する父に立ち向かってくれたのも、兄のトー・メルクリウス。
兄というよりは、もう一人の父のような存在なのかもしれない。
その彼へと疑いを向けることは、きっと彼女にとっては難しい事なのだろうと思う。
自分も父親であるゴドウィン隊長を疑うべきだと言われたら、迷いが生じてしまうかもしれない。
「(それでも、父を疑えと言われたら間違いなく疑える、自分の方がおかしいのだろうな)」
現に、疑うべき対象として父も勘定に入れている。自分とキリエ博士以外の全員が、裏切り者である可能性も考慮しなければならないとわかっているから。
「少なくとも、あれは貴女に読ませるつもりで書かれたものではなかった。メルクリウス伯が何を考えているのか知らないが、全て俺に向けての言葉だ。わざわざエーギル君を通してまで、こちらに自分の考えている事を伝えたかったとだけ頭に置いておけば良いんじゃないかと俺は思う」
「まだ答えは出さなくて良い、と?」
「ああ。そんなところだな。結局全部メルクリウス伯の勘違いで、何も無かったなんて結果になる可能性だってある」
「杞憂であってくれると良いんですけどねえ」
ふんと鼻を鳴らしながら、彼女は腕組みしてそう言った。
自分だって、今考えている可能性も全て杞憂であってほしい。
この先、何事も起こらずに無事に帝都まで帰還する。それが最善だ。そうなって欲しいと考えている。
だから、不安の芽は摘んでおかなければならない。
「キリエ博士」
「なんですか?」
「宿に戻ったら、一度また部屋で待機して貰えないか。しばらく1人にしてしまうが、どうしても必要な事だ」
「? まあ良いですけど……何か、あったんです?」
「裏切りの可能性が出てきた以上、疑念は晴らさなければならない。本来疑うべき相手では無いんだが」
「……」
「すまない、不安にさせるつもりはなかった。不安を取り除きたいから、少し確かめたいことがあるだけなんだ」
こちらの事を探るように眉をひそめる彼女の隣で、自分はそろそろ宿へと戻ろうと立ち上がる。
とにかく、1つずつ確かめていかなければならなかった。安心を手にするために。
戻ってきた宿の様子は、いつもと変わりない穏やかそのものだった。
いつもと違うところはと言えば、調査隊の面々が他の宿泊客に混じってちらほらと見えるところだろうか。
既にキリエ博士とは別れ、1人で廊下を歩いていた。
「あ、あのう……ベリル、さん」
「? おや、ノヴ博士。どうかしましたか?」
不意に同じく廊下を歩いていたノヴ博士とばったり出会い、お互いに立ち止まった。
彼の方はと言えば、自分に用があったらしく何か話したそうにそわそわと落ち着かない様子でいる。
「す、すみません、ちょっと、きっ、聞きたい事がありまして」
「なんでしょう」
「じっ、ジョン・ドゥという名前に、聞き覚えは、あっ、ありますか?」
それについては知っているが、なぜ今それを彼が聞いてくるのか。疑問に思ったが、ひとまず答えることにする。
「身元不明遺体に使われる仮の名前ですかね? 最近では単に匿名を表すものとしても使われていますが」
「へえ、そ、そうでしたか。ああいえ、急にやる事がなくなってしまって、ひ、暇だったので」
そう言ってぎこちなく笑いながら、彼は一冊の本を取り出して表紙を見せてくる。
推理小説だった。前にカイルの奴が面白かったと勧めてきたものと同じ題名だ。確か、国から逃げてきた元貴族の男が、生業として始めた探偵業で名を上げていくとかそんな話らしい。
「(カイルか……カイルも、呼んでおきたいな)」
ちらりとノヴ博士の首元へと視線を向ける。
首元は隠されておらず、そこには当然あの切れ込みも見当たらない。
「と、当然知らない名前が出てきたので、よっ、読み飛ばしてしまったかな、なんて。エヘッエヘッ」
「お役に立てたなら何よりです。そういえば私からも聞きたい事があったのですが、カイルの居場所は知りませんか? 少し用があるのです」
「カイル、くん、ですね? 彼なら、1階のかっ、カフェスペースに、居ると思いますよ」
ひとまず首にエラが付いていない以上、彼は白であると判断しておく。
カイルの居場所を教えてくれたことについて礼を言い、言われた通りに1階へと向かって彼を探した。
カイルはすぐに見つかった。
カフェスペースでユージーンと共に居るところを見つけた。珈琲を飲みながら何か話しているのが見えた。
「カイル、ユージーン殿」
「お、戻ってきてたかベリル」
話しかけるとカイルの方は気さくに返事をしてくれるが、ユージーンの方は露骨に嫌そうな表情をして顔をそらした。
2人とも、首元に特に変わった様子は見られない。
ユージーンも居るならば、ついでに手を貸してもらおうと、ふと考えた。
「すまない、少し協力してほしい」
「協力? 俺は構わないが……ユージーン、お前はどうするよ?」
「俺は遠慮しておく」
が、やはり返事はそっけないものだ。
以前は協調性がどうのと説教をかましてきた記憶があるが、上から与えられた任務ではないなら関係ないという態度か。
気怠そうにため息をつく彼を眺めながら、カイルは乾いた笑いをこぼしながら苦笑いしていた。
「まあ、そういう事だから……」
「わかった。カイルだけでも構わない。ついてきてくれ」
結局、当初の予定通りにカイルのみをつれて宿の中を歩いていく。
階段を上がり、2階の客室フロアへ。
「で? 協力って何すりゃいい?」
「私が手を挙げて合図をしたら、対象を即座に魔術で拘束して欲しい。避けられた場合は、手加減せずに殺してしまっても構わない。とにかく逃がす事だけは避けたい」
「……はあ? 何言ってんだお前。ここ宿の中だぜ。敵なんか居るわけ――」
「居た場合に、私達で始末する」
「……本気なんだな?」
ティム博士が泊まっている部屋の前で、立ち止まった。
それでカイルも対象が誰であるのか察したらしい。
彼には部屋の外で待機をして貰い、自分はティム博士の泊まっている部屋の戸を叩いた。
数秒後、ドアの先から歩くような音がして、扉は開かれる。
「どなたで……ああ! ベリルさん。私に何かご用ですか?」
「ええ、博士に少し相談したいことがあって伺いました。部屋の中に入らさせて頂いても?」
心の内を悟られぬように、そう言ってにこやかに笑顔を作ってみせた。




