第21話 正体
「いえ……そんな、まさか」
キリエ博士が狼狽えている。
こうなるのも、無理もない。素人目でも、この骨格を見て確信できた。
こいつは、魚じゃない。
「どうして気付かなかったんでしょう。いいえ、そんな事、考えもしていなかった……稚魚ではなく、幼体。あの見た目は、擬態して群れに紛れるため……?」
「ですが、以前キリエ博士が私に話してくれた予想は、概ね当たっていたと考えても良いのではないでしょうか。あれが正しい姿なんです。なにせ、アジとは全く別の生き物なのですから」
アジの姿に似ていたのは、アジの群れに紛れこみながら成長していくという生存戦略なのだろうか。
気付いては居なかったが、これまでに発見していた奇形魚は、全て『幼体』だった。
アジの身体に、赤子の手が付いているだけの気味の悪い魚。そう思っていた。
これは奇形の魚であるという前提条件と、専門家の目すら騙すほどのこの生物の高度な擬態能力によって、その可能性が思考の内側から追いやられていた。
しかし、この死骸は違う。件の奇形魚が、更に大きく成長した場合にどんな変化を起こすのかをはっきりと示している。
成長するにつれて人間にそっくりの手はより大きく、更に地上で活動する為なのか、足まで後天的に獲得しようとしている。
皮も肉もろくに残っていなかったから、成長した人間そっくりの手がどんな見た目をしていたのか確認出来なかったのが惜しいが。しかしこの手の骨も、よく見れば人間のものとはまた違う変化が見られた。
「指先あたりに変形が確認出来ます。人間らしい五指ですが、二足歩行するタイプのドラゴンに見られるような鉤爪に、骨の形が近付いているように見える」
キリエ博士が奇形魚の骨を撫でるような動きで指差しながら、その異常な変化について説明を始めた。
「成長の過程でその身体を大きく変化させる生物は多く居ます。これに近いものではカエルやイモリ、ウンディーネなどの両生類でしょうか」
魔物、といってもその定義は曖昧だ。
彼らは生物という括りの一部分であり、進化という巨大な生命の樹の枝葉に居る。
ただ違うのは、彼らが人と同じく魔力を持ち、そして人に害をなす可能性がある存在であるという事。逆に人に害を為さないのならば魔力を持っていたとしても、魔物と呼ばれることは少ない。
今、彼女が両生類の1種として挙げたウンディーネなどは、水の魔法を操る5センチ程度のイモリに似た小さな魔物であるが、温厚な性質からあまり魔物として扱われてはいない。
「両生類は、その成長の過程でエラ呼吸から肺呼吸へ。そして手足を獲得します。研究によると、これは魚が四肢を得て陸上へと進出していった進化の過程を、彼らの遺伝子によって再現しているのではないか、と言われています。つまり、あくまで地続きの変化であると言えます」
これは以前も聞いた話だ。
生き物の設計図、というものについて彼女が語っていたのを覚えている。
好き勝手に生き物の設計図を弄ることの出来る何者かが存在していて、魚に人間の手を付けたのではないかという、突飛な仮説。
「この生き物も、後天的に手足を獲得しているようです。……まあ、手については最初から持っていましたが。しかし、異常な点はそれが人間の手と、おそらくこれもまた人間の足であると言うことです」
「以前も話していましたね、進化を何段も飛ばしてこれを手に入れたのではないかと」
「ええ。おそらくこの生き物は、いずれ肺も手に入れていたでしょう。それにこの鉤爪……まだ未熟ですけれど、人間の特徴を得たかと思えば今度は竜盤類に含まれるドラゴンの特徴まで手に入れている。人間の手を手に入れた後にですよ?」
もはや進化の過程を飛ばしただけでは済まない。
ビュッフェで好きな料理を選んで皿に取っていくように、様々な生物の特徴を好きに選んで取り込んでいる。
しかも、それが何の不具合も起こさずに、ごく自然な様子で動作しているときた。
「こんな生物、他に居ません。世界のルールに反している……ベリルさん、戻りましょう。このサンプルは帝都の研究所に送ります。先日捕獲した個体についても、同様に。一度ちゃんとした設備でこの生き物を調べるべきです」
「回収しますよ」
容器にその生物の死骸を回収して立ち上がる。
新種の魔物が突如として大量発生している。
事態は単なる奇形魚騒ぎから、実際に人々の生活に危険が及びかねない現実的な脅威へと変わりつつあった。
「私も帝都に戻らないと……でも、特に必要なのは魔物を専門に扱っている方の協力が……」
キリエ博士もその場から立ち上がり、いったん宿へと戻ろうという時だった。
――パンッ!
突如として遠くから聞こえてきた炸裂音に気が付いて、2人そろって空を見る。
音がした先の空、海を正面とした場合のコーレル村の背に小高い山々が広がっているのだが、その上に天へと昇る白線と光り輝く小さな玉が見えた。
数秒もせずにその光り輝く玉は力尽きたように青空に消え入り、あとには風に流されていく白い煙だけが残る。
「なんですか、あれ」
ぽつりとこぼれた彼女の疑問に、すぐに答えを返すことが出来なかった。
自分はあれの意味を知っている。だが、なぜ、このタイミングなのだ。
嫌な予感に、冷や汗が頬を伝った。
「集合命令が出ています」




