第22話 急襲
コーレルの山からはいくつもの小さな川が流れ、そして海へと流れ込んでいる。
この山から海へと流れ込む川により、なんらかの異常な物質が栄養と共に海へと送られ、それが奇形魚発生の原因となったのではないか。
そんな可能性も確かめる為に、ノヴ博士とティム博士が山へと向かっていた。
ノヴ博士についている騎士は、攻防一体の氷系の魔術を得意とする騎士カイル。
ティム博士についている騎士は、硬い守りの結界術に長けた騎士クレール。
調査隊の騎士にはそれぞれ緊急時に仲間を招集する為に、強い音と光、そして長く残る煙を放つ信号魔術が込められた簡易魔杖が支給されている。
見た目は小枝のような杖であるが、使いたい時に先端を空へと向けて、僅かでも魔力を流せば内部に込められている魔術が発動する優れものだ。
自分が得意としている符術とベースの仕組みはほぼ同じものだろう。使用できるものをより単純な魔術にのみ限定し、決められた回数以内であれば連続で使用できるようにしたものがこれだ。
簡易魔杖を使用して集合命令を出したのはカイルかクレールのどちらか、という事になるが。
「(2人とも強い騎士だ。滅多なことにはなっていないと思いたいが……)」
そもそも今回の任務で簡易魔杖を使うことになる場面が発生するとは考えてもいなかったから、どうにも胸騒ぎがしてならない。
2人が応援を求めなければならない何かが起きた。
そんな場所に護衛対象であるキリエ博士を連れて行く訳にもいかないから、一旦宿まで戻って彼女を部屋に戻した上で応援に向かう。
立て続けに色々なことが起きているから、今このタイミングでキリエ博士を1人にしたくは無かったが、仕方ない。
宿へと到着すると、ゴドウィン隊長とユージーンも同じ事を考えていたのか既にボーウェン博士とニール博士の姿があった。
しかし驚いたのは、ノヴ博士とカイルの2人の姿も宿にあった事だ。
「カイル! なぜここに。山に行っていたでは無かったのか」
「お前も戻ったかベリル。いや、ノヴ博士が調査に使う機材を忘れたと戻ってきていてな。そうしたら、アレが打ち上がったのが見えた」
「では今、森の中に居るのはティム博士とクレールの2人だけか」
「一応数分前にゴドウィン隊長とユージーンが向かっている。ニール博士は今日一日は部屋での作業の予定だったからな」
カイルにどんな状況が伺えばそんな返事が戻ってきた。つまり、集合命令を出したのはクレールだ。
ゴドウィン隊長とユージーンのスピードなら既に魔術が打ち上がった地点まで到着しているだろうが、クレールが何者かにやられている可能性も考えると2人だけでは不安が残る。
呪符を入れているポーチからカタシロという人型に切られた紙を4枚取り出して、宙へと放った。
「『空蝉』」
そう唱えて空を切る。その途端にカタシロは自分にそっくりの姿かたちの実体を持った黒い影へと変化して、自分とカイルの周囲に音もなく降り立った。
この場にカイルが残っていたのは僥倖だ。少なくとも、護衛対象が無防備になる事はない。
「さて、どちらが残る?」
「向こうの状況がわからない。だったらより小回りが利くのはお前だろ、ベリル」
「ふむ」
なんとなく、そう言われる気はしていたが。
「なら、行ってくる。ここの守りは頼んだぞ」
「おう」
カイルと自分が作った分身4体があれば、最低限の警備はどうにかなるだろう。分身の方は少しのダメージでもすぐ消えてしまうから、少々心許ないが。
宿の守りはカイルに一任し、自分は山へと一目散に駆け出した。
コーレルの山は人の手が加えられた雑木林となっている。麓には村で使っているのだろう炭焼き小屋も確認出来た。
とはいえ、今となっては山を管理するものも利用するものも少ないのだろう。山に踏み入る為の道はかろうじて残っているものの、雑草やツタが侵食していて足を取られかねない。
足元に気を配りつつ、彼らが登っていったのだろう山道をたどる。
目的の地点に近づくにつれて、獣が叫んだような甲高い声が響き、ミシミシと木々が軋むような音が聞こえてくる。
既にゴドウィン隊長とユージーンの2人は、ティム博士とクレールの2人を襲った何かと戦っているのだろうか。
「むっ」
最初に発見したのは、木の影に隠れるようにしてうずくまるティム博士と傍らに立つユージーンの2人だった。
同時にこちらを発見したユージーンもまた、不機嫌そうに鋭い視線を向けてくる。
「遅いぞ三流騎士」
「クレールは何処に?」
「チッ。奴ならティム博士を逃がすために1人で魔物の群れに立ち向かった……らしい」
「らしい? 見ていないのか? ゴドウィン隊長もどこだ。今戦っているのは誰だ」
「ええいいっぺんに聞くなやかましい!……クレールについてはティム博士に聞いたことだ。今戦っているのもゴドウィン隊長で間違いない。治療の事もある、俺は今からティム博士を連れて宿まで退避するからな」
そう言って彼はティム博士に肩を貸すと歩き出す。
すれ違いざまにふと気になってティム博士へと視線を向けた。
思ったよりは落ち着いている様子だったが、魔物に襲われた際に怪我をしたのか片腕をおさえている。服ごと切り裂かれたのか、ユージーンが応急処置としてきつく布を巻いて止血したようだったが、あふれ出た血で袖まで真っ赤に染まっていた。
「(切られた布のほつれが目立たない。かなり鋭利なもので切られた?)」
ここらに生息しているような魔物にやられたにしては妙だと感じるが、同時に例の人影のようなものの存在を思い出す。
あれが襲ってきたのだとしたら、よもや。
「『纏・風刃』」
剣の柄に呪符を巻くように貼り付け、刀身に真空の刃をまとわせた。
自分が使っている剣はバラム帝国軍の一般兵にも支給される量産品で、取り回しやすく切れ味はそこそこだが中々どうして耐久性に優れている。
多くの者が使うのだからそれだけ信用のおける道具をと言う事なのだろうが、物足りない切れ味も魔術で補えば隙が無い。
獣の吠えるような声と地響きのような音はまだ続いている。
鞘から剣を抜き放ちつつ音を頼りに駆けてゆけば、木々の間からそれは見えた。
戦闘の余波で斬り倒された木々の先で対峙する2つの姿。1人はゴドウィン隊長で、もう一つは2メートルはあろうかという二足歩行の魔物の背中。
その全身はぬらぬらと光を反射する鱗に覆われ、大きく発達した両手には水掻きと鋭い鉤爪が。頭部から背中にかけて背ビレのようなものが確認でき、腰から伸びる尾の先には鋭い棘が並んでいる。
「ふーっ…………シィッ!」
まだ相手はこちらに気が付いていない。
しっかりと首筋に狙いを定め、土を蹴って弾かれるように飛び出した。
コンマ数秒、一瞬にして接近したこちらに気が付いた魔物が応戦しようと振り返る――が、既に振り抜かれた刃はその首を刎ね飛ばしていた。
感情の読めない、魚にも人間にも似た気味の悪い顔がくるくると宙を舞う。
一瞬遅れて残された胴体は力を失い、その場にどさりと音を立てて崩れ落ちた。
「ベリル!」
「隊長、状況は!」
周囲の動きに警戒しつつゴドウィン隊長の元へと駆け寄る。
同種の魔物を既に彼が倒していたのか、あたりには生臭い血の匂いが漂い、周囲の倒れた木々の隙間には真っ二つに斬られた死骸が目視で確認できるだけでも4体あった。
「クレールが行方不明、未確認の魔物が他にも数頭残っているが逃げられた。ユージーン達には会ったかね?」
「はい。ティム博士を連れて戻るとの事で、先程すれ違いました」
「ならば結構だ。ベリル、逃げた魔物の追撃および行方不明のクレールの捜索を行う。ついて来い」
「はっ」
クレールが無事ならば、まだ魔物の群れと戦っているはず。
枯れ葉の積もった地面の上に点々と、赤黒くなりつつある血痕が更に森の奥へと続いていた。




