第19話 議論再び
「まず最初にですけれど、ベリルさんは騎士なので魔物の討伐任務も経験があるということで、海洋性の魔物についての知識もおありと言うことでよろしいですね?」
「まあ、一般人よりはある程度ですかね。主だった魔物についてのみ、大まかな生態は把握していますがそれ以上は」
「それだけあれば充分です。そうですね、でしたら彼の話に少し違和感を覚えたんじゃないですか?」
違和感か。
彼女にそう問われて、少し考える。
ヘンリーの話したしきたりは、人に害をなす魔物からの被害を減らすための知恵として、概ね正しいように見えた。
しかし、その割には一つ妙な点がある。
「なぜ、翌日は丸一日船を出してはならないのか。少し気になりましたね。私のような戦う事を仕事にしている人間の視点からでは、人間の味を覚えた魔物を放置しておく道理は無いですし」
「やっぱりベリルさんならそう思いますよね。クラーケンは非常に知能が高い事で有名ですし、大型のドラゴンは言わずもがなです。人間を捕食した経験のある魔物は、再度人間を襲う確率が高いという研究結果も出ています」
「漁師達を危険に晒さないためと言うならその通りでもありますが、彼は騎士の派遣を断りましたからね。そういった意図で、船を出すことを禁じているのでは無いのでしょう」
では本当の意図は?と聞かれても、これだと自信を持って出せる答えを自分は持っていないのだが。
なぜ人間の味を覚えた魔物を始末しないのかという謎もあったが、もう一つの疑問が今触れたものだ。
彼の言うところでは「約束を破られた神が荒ぶっているから船は出せない」と言う事だそうだが、ここでの神の正体が例えばクラーケンであるとして、昼間も果たして積極的に人を襲うのだろうか?
生き物であるなら、休息の時間は必ず存在する。
それはどんなに強大な魔物であっても変わりない。
夜行性の彼らは、昼間に睡眠をとる。
昼の間には絶対に活動しない、目を覚まさない、そんな保証はまったく無いのだが、少なくとも積極的に狩りを行うような時間帯ではないはずだ。
そんな時間ですら、航行を禁止する意味は果たしてあるのだろうか。
「それに、夜間に海に出たからといって魔物に確実に襲われるのかというのも疑わしい話です。彼らには縄張りがある。強ければ強いほど、1頭辺りの縄張りは大きくなりますし、その分だけ同じ範囲に生息している頭数は減る。夜に漁をするなどもってのほかというレベルで魔物が集中している地域なら、あらかじめ国が進入禁止区域に指定しているでしょう。そうした場所での魔物の駆除も私達の仕事ですから。規模によっては冒険者ギルドに委託してしまう場合もたまにありますけれど」
「国指定の進入禁止区域ですか……ロマン感じますよね……。本来群れるはずのない魔物が群れ、既存の生態系を破壊し尽くすほどに周辺の生物を食い荒らしてゆく異常。実際のものは見たことないですけど」
「あれを生で見ようなんて考えないでくださいね。私達でもアレの対処には苦労するんですから……」
自分も進入禁止区域での魔物駆除に参加した経験があるが、あれは本当に酷いものだった。
結界術を使うことが出来る魔術師を百人単位で用意し、騎士団の監視のもとで区域の封じ込め作業を行い、その上で結界内部へと騎士団を投入して魔物の群れを殲滅する。
異常個体の魔物を逃がさないための措置だが、当然こんなやり方をしていれば結界内は地獄のような様相になる。
そうそう魔物相手に不覚をとるような騎士も今どき居ないが、逃げ場を失った魔物の群れは時に予測出来ない行動を取ることがあるから恐ろしい。
そんな自分の気持ちを知ってか知らずか、キリエ博士は「流石に本物は見たくないですかね〜」なんて軽く笑い飛ばしていた。
それはさておき、問題は漁師の失踪事件に戻る。
「まあ、ここまで色々と話しましたけれど、今回の事件はおそらく前提から間違っているでしょう」
「えっ? そうなんですか?」
彼女はそれに気付いては居なかったらしく、驚いたような声をあげてぱっとこちらに振り向いた。
「昨晩、私は窓から海を眺めていたでしょう。私達の部屋はよく海が見える部屋でしたから」
「もしかして、港の様子も見えてたんですか……?!」
「いえ、そこまで注意はしていなかったので港の様子は確認していませんが、しかし海に船を出していたならば船の明かりが見えるはずでしょう。ですが、昨晩の海にそんな明かりは見えなかった」
いくら漁師仲間に気付かれないようにと言っても、明かりもつけずに夜の海をゆくのは危険過ぎる。
子供がいるなら、尚更自分の命が危険に晒されるような選択は取りにくいのではないか。自分はそう考えていた。
「なるほど……じゃあ、パトリックさんは何故居なくなってしまったのでしょう? ヘンリーさんが何か隠してたのも、関係しているのかも……もしかして、失踪の原因にも関わりが……?」
ブツブツと独り言を呟きながら考え込み始めた彼女の隣で歩を進めながら、自分も脳内にある情報を少しずつ整理していく。
漁師が夜に1人で漁に出て行方不明となったというのは、ほぼ間違いなく村のしきたりに合わせただけの嘘。
村での禁忌については、コリンがまず最初に反応していた事や、ヘンリーの口ぶりからして元々存在したもので違いない。気になるのなら、そこら辺の村人でも捕まえて禁忌について聞けばハッキリする。
ヘンリーという男と会話した印象は、今のところの評価ではあるが、村の利益をとにかく追い求めている男であって、損になるような行動は取りにくいだろう。
その上で、今日一日どうしても漁は中止する必要があった。海に出てはならない何かがあった。
そして、彼は漁師の失踪について確信に近いものをおそらく知っているが、しかし失踪そのものについては起きて欲しく無かったように見える。
そう言えば、引き連れていた2人の大男は護衛なのだろうが、いったい何のために?
「ヘンリー殿は……何かを、恐れていたのか……?」
自分の身を守らせるというのは、そういう事だろう。
ふと、それが今回の任務で調査隊に護衛として騎士を付けるという判断をした、上層部とも重なって見えた。
「(推定メルクリウス辺境伯からの手紙に書かれていた事……やはり、陛下も何かを知っていて、危険であることを承知で調査隊をコーレル村に派遣したのか? それほど国にとって重要な何かが、この村には存在している?)」
それが奇形魚そのものにあるとは考えられないのだが、奇形魚がなぜ発生したのかを追っていった先に、答えがあると言うのだろうか。
ヘンリー達があの後なにをしに、どこへ向かったのか、無理にでも確認するべきだっただろうかと今更になって思う。
しかし、自分の本分はキリエ博士の護衛であるから、自分の知識欲の為にそれをないがしろにする訳にはいかない。
ヘンリーもまた村の利益の為に奇形魚の事件の解決を願っているのは本心であるように見えたから、彼が奇形魚の発生に何かしら関わっていると言う事もあるまい。
「ベリルさんは案外、あの人の事は疑ってないんですね」
「疑っていないと言うか、何をするにも彼には動機が無いですから」
逆に言えば、村にとって利益になるのなら、大抵のことは権力に任せてやれてしまうのも彼なのだろう。
「ふっふっふ、何だか探偵にでもなったみたいで楽しくなってきましたね」
キリエ博士はそんな気楽な事を口にしながら、朝の海岸沿いの道を機嫌良さげに歩いていくが、秘密を抱えた自分の心は重たいままだった。
この村の事情について詳しく知っていそうな人物。
思いつくのは飲んだくれ記者のグレゴリーと、岬に窓の無い奇妙な家を構えている謎の老人アトラスの2人。
推定メルクリウス辺境伯によれば、アトラスは信用出来るとの事だったが、昨日の今日でキリエ博士と共に彼の家へと押しかけるのは気が引けた。
またアトラスに会いに行くことを彼女に提案しても、色良い返事は戻ってこないだろう。
「(いったん手詰まり……か)」
そう思案していた時、ふと潮風に紛れてかすかに腐臭が漂ってきた。




