第17話 しきたり
「居なくなったとは、どう言う事です? 皆より一足先に漁へと出た可能性は無いのですか? 詳しく教えて下さい」
突然の出来事に困惑しつつもコリンにそう問いかけると、彼はなぜか人目を気にするような仕草をとりながらも、ぽつぽつと語り始める。
「まず、オレたちコーレルの漁師は皆が安全に仕事をやれるように、朝は集まって互いの安否確認をすることになってんだ。あいつが、『パトリック』が居なくなっている事に気が付いたのはそん時だ。そしたら、あいつの船も無くなってた」
そう言って「ほら、アレだよアレ」と指さすのは、やはり他の漁師たちも注目していた場所。船の並びに、ぽっかりと空いた穴だ。
そこに今日失踪した漁師の船が係留されていたのだろうとは、想像に難くなかった。
「たぶん、あいつは夜に漁に出ちまったんだ。だからバケモンに喰われちまったんだ。他所から来たやつだったから、きっと信じてなかったんだ」
「ちょっと待って下さい。信じてなかったって、どう言う事ですか?」
彼の聞き捨てならないセリフに、キリエ博士も反応して食いつく。
コリンはいったん後ろを振り返ると、なぜか言い合いの喧嘩を始めている漁師達を見てまたこちらへと視線を戻す。
「あんたらの調査には関係ない事だから話して無かったんだが、コーレル村の漁師には破っちゃいけねえルールってのがあるんだ。破ったら、命はねえ。それが『夜には絶対に船を出すな』って昔からのしきたりだ」
「それを破ると、化け物に食べられてしまう、と? 化け物の姿は? 大きさは? 具体的に伝えられている特徴などは?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよお嬢ちゃん。そんなまくし立てられたって、答えられねえって言うか、オレ自身もそれ以上は詳しく知らねえっつうか……」
「朝っぱらから騒ぐのをやめろ! お前たち!」
その時だった、人々のざわめきの中、何者かが野次馬の人だかりを割くようにして現れた。
現れたのは50代後半くらいに見える細身の男で、随分と身なりがいい。派手さは無いが、身につけている時計や靴からは見るからに質のよさを感じられた。
やたらと存在感があったのは、その男が2人の大男を両脇に控えさせるような形で伴って現れたからだ。
双子なのか、そっくりな顔つきをした彼らは、到着するなり大きな目をぎょろりと動かして、舐め回すように周囲の人間を睨みつけた。
「(なるほど、あれが網元のヘンリーとかいう男か)」
人々の間に流れる緊張感から、あの細身の男の正体に思い至る。高価な品々を身につけられるのも、彼が随分と儲けているからだろう。
コーレル村の実質的な支配者である男が、そこに立っていた。
「無駄に騒ぐのも、要らぬ喧嘩をするのもやめないかと言っている。そこに船を置いていたのは……パトリックか。ふん、簡単な決まりも守れないから、迷惑をかけるような結果になるのだ。所詮は余所者か」
見るからに不機嫌に、吐き捨てるようにそう言った彼は、口論になっていた漁師達の間に入り、そのまま集まっていた漁師達に指示を飛ばし始める。
聞き取れた限りでは、祈祷の為に協会から神父を呼んでくるように、今日一日は誰も漁には出ないようにといった事を話しているようだった。
「あの双子?ですかね……コブダイみたいな顔してましたね。ゴロツキっぽくて、護衛に選ぶ人間の趣味悪くないです?」
「同意はしますが、今は静かにしていて下さい。少し嫌な予感がする」
こそこそとそんな事を耳打ちしてきた彼女をたしなめ、ひとまず今は成り行きを見守る。
しばらくして漁師達にひと通り指示を出し終えた細身の男は、やはり自分の姿にも気が付いていたようでこちらへと歩み寄ってくる。
「騎士のベリル・カーティス殿に、キリエ・メルクリウス嬢だね? お会いできて光栄だ」
「こちらこそ、お会いできて光栄ですヘンリー殿」
「フ、お互い顔を合わせたことも無いのに、佇まいで何者かすぐにわかるというのは面白いな」
軽く握手を交わすと、彼はニヤリと歯を見せて笑った。
いかにも成功者といった、自信に満ちた雰囲気。成り上がった商人なんかによくいるタイプの男だと感じる。
キリエ博士も彼と握手を交わしていたが、どうにも苦手なタイプであるのか感情がこわばった顔に表れていた。
彼は隣で縮こまっていたコリンにも一瞬だけ目を向けたが、特に何を言うわけでもなくフンと鼻を鳴らしてすぐにこちらへと向き直る。
「それで、御二方は今日も調査で?」
「ええ、漁師の方々に少し調査の事で協力をと思っていたのですが、この様子では難しそうですね」
「どうも昨晩勝手に船を出した奴が居るようでな、おかげで今日は誰も海に出られなくなってしまった。残念ながら、調査には協力出来そうに無いな」
口では残念だと語っている彼だが、表情からそんな様子はまったく読み取れない。
むしろ、機嫌良さそうな色すらある。
そんな彼の様子から、自分たちがこうして漁港内を歩き回る事を良く思っていないのだろうと言うのが、ありありと感じられた。
「行方不明者の捜索は行わないのですか? 魔物による被害となれば、帝都から騎士もいくらか呼べますが」
「いや、結構だ。昔からウチでは海で行方不明者が出た時のやり方ってものがある。捜索隊を組むつもりも無い。いずれ奴の乗っていた船も流れ着くだろうしな」
「捜索は、なさらないのですね。……それは、海に出る化け物ということ何か関係が?」
その瞬間、ヘンリーの目がフクロウのように大きく見開かれ、その視線が真っ直ぐと自分の顔に向けられた。
それまで大人しくしていた彼が連れていた大男2人も、唐突にスイッチが入ったかのように握った拳をパキパキと鳴らし、剣呑な雰囲気を漂わせ始める。
彼の矛先がまず向けられたのは、隣で縮こまっていたコリンだった。
「それを、どこで聞いた。まさかコリン貴様……っ!」
「え、あ、オレは――」
「いえ違いますヘンリー殿。つい先ほどその辺りで漁師の方々が集まって話していたでしょう。だから自然と耳に入ってきてしまったのですよ。なにぶん地獄耳でして」
どうにも嫌な予感がしたので、コリンに詰め寄ろうとしたヘンリーを制するように食い気味に会話に割って入ると、再び彼の注目はこちらに向けられた。
「あの、愚物共め……! 他所から来た連中の前で何をぺらぺらと喋っているのだ……! はあ、お前たち、拳を降ろしなさい……彼らは大切な客人だ」
額に青筋を立てていた彼だったが、理性がなんとか怒りを上回ったのか、ため息をつきながらも護衛らしき大男2人をひらひらと手を振って制する。
大男たちも、納得はしていない表情だったが、ひとまず大人しく拳はおろすことを決めてくれたらしい。
わけのわからない理由で一般人と殴り合いの喧嘩などしたくは無かったので、そうしてくれて助かる。
「聞いてしまったのなら、仕方ないな。とは言っても、知ったからといって何をする訳でもないが……」
「では、ヘンリー殿の口からしきたりについて教えて頂きたい。なぜ夜に海に出ると化け物に襲われるのか。なぜ行方不明者の捜索もしないのか。個人的に興味があります」
それで良いですね? とキリエ博士へと視線を流すと、彼女にもその意図が伝わったようで僅かに頷いた。
網元のヘンリー氏は周囲にまだ残っているのがこの村の人間ばかりである事を確認すると、また深くため息をつきながら口を開く。
「こんな事をいちいち口にするのも恥ずかしいのだがね……ベリル殿は神を信じておられるかな?」




