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とある漁村にて発見された奇妙な魚について  作者: 青蛙


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第14話 英雄ベリル



 帝国騎士ベリル・カーティスとゴドウィン子爵の当主にしてバラム帝国騎士団筆頭騎士のリチャード・ゴドウィンは、血縁関係があるわけでも養子縁組したわけでもないが一応の親子関係にある。

 こう言うと奇妙な関係に聞こえるが、実際のところは単純な話だ。子供だった頃に戦争で家族を喪い天涯孤独となった自分を、結婚しておらず子供も居なかった父さんが引き取ってくれた。


 さすがにどこの馬の骨とも知れぬ自分をゴドウィン子爵家の後継とするわけにはいかないから、あえて養子とはせずに育ての親としての関係のみに留まったという訳だ。


 秘密にしていた訳ではないが、苗字(みょうじ)が違うから事実上の親子関係である事はほとんどの場合で気付かれることは無かった。

 が、騎士団内では父さんがべらべらと言いふらしていたようで、半ば公然の秘密のような扱いになってしまっている。


 血も繋がっていない、出会ったばかりの赤の他人でしかない自分を拾い上げ、実の息子にするように愛情を注いでここまで育ててくれた父さんには頭があがらない。

 本当の両親の記憶も今はおぼろげで、過ごした時間も父さんの方が長いから自分も彼を実の親のように慕っている。




「気負っている自覚は、ある。だけど……」

「だけど……何かね?」

「あの痛みを忘れたら。可能な範囲で、何より人命を優先するべきだと、僕がこの考えを捨ててしまっては彼らの命が何のために失われてしまったのか、わからなくなる」


 4年前にひとつの戦争が終わった。

 およそ1年間にわたって続いた、大陸に覇を唱えんとする遊牧民の国『ハイドーラ』との戦争だ。


 バラム帝国とハイドーラとの戦いはこれが最初ではない。ゴドウィン隊長が若かりし頃にも一度大きな戦いがあり、国境付近での小競り合いなどは、4年前の終戦より以前においては頻繁に発生していた。自分が両親を喪う原因になったのも、このハイドーラの兵士による襲撃だ。


 男は殺せ、女は犯せ。

 野蛮極まりない指針を掲げ、周辺国への侵略戦争を繰り返してきたかの国はバラム帝国にとっても長らく脅威の1つだった。

 いかに野蛮な文化を持っていようと、文明のレベルがそれに伴って低くなっているとは限らない。寧ろ、かの国の文明レベルは高い水準を維持しており、特に軍事方面ではまともに渡り合える国はバラム帝国をおいて他に居ないほどだっただろう。

 特に『龍騎兵団』は圧倒的だ。ハイドーラの男児は産まれたその時にドラゴンの卵を与えられ、それと共に育つのだという。そうして共に大きくなった兵士とドラゴンは強い絆で結ばれ、魔術的な繋がりを必要としない以心伝心にして強力無比な龍騎兵となる。



 かの国にとっても、長らく目の上のたんこぶであったバラム帝国。力を蓄え続けてきた今こそバラム帝国を滅ぼし、恵み育む豊かな大地と交易に使える開けた港を手に入れる。

 そんな野心から始まった戦争は当初、侵略を始めた側のハイドーラが優勢に進めていた。大地も空もなく縦横無尽に駆け巡るハイドーラの龍騎兵団に対し、バラム帝国軍は上手く対応出来ずにジリジリと前線を押し込まれ続けていた。

 ゴドウィン隊長をはじめとした一部の帝国騎士が率いる部隊はそれでも局所的な反撃を成功させていたそうだが、多くの場合は兵士の命も騎士の命もいたずらに消費し続けるだけだったという。



 自分やクレールが戦場に送られたのは、半年ほど過ぎた頃だったはずだ。

 軍隊を指揮する騎士があまりにも多く死んでしまったせいで、候補生の中から比較的に優秀な成績を出していた者を繰り上がりのような形で正規の騎士とし、戦場に送ることになったのだ。



――そうして送られた戦場で、()()と出会った。


『学生とほとんど変わらないような者に命を預けられるものか』


 そんな反応になるのも当然の結果だったと思う。

 自分よりもずっと多くの戦場を経験してきた兵士も少なくなかったはずだ。

 いきなり自分の隊を持て、兵士の命を預かれと言われて戦場に投げ出され、自分も困惑していた。


 信用されるために、やれる事はやったはずだ。それでも自分に付いてきてくれたのは、半数程度だっただろうか。

 残りの半数は、兵士の中でリーダー格だった……確か『ルード』という男を中心にして命令を無視、独断専行を始めてしまった。

 結局、自分は命令を聞かない兵士よりも命令を聞くことのできる兵士の命を優先すべきと取捨選択を行い――



「ベリル、お前は『死』に意味を与えたいのかね。お前は昔から賢い子だったから内心、理解はしているはずだろう? 意味の無かったものに意味を与え、価値を感じていたいだけだと。『死』は『結果』だ。お前を信用しなかった、な」

「…………」


 何も反論できない。

 父さんもまた、あの戦いを生き残った騎士の1人だ。遊牧民の国との戦いがいかに厳しいものだったか、その身をもって深く理解している。

 兵士として優秀ではなかった者が、ただ淘汰される結果になっただけだと諭している。


「まア、結果としてキミについた者ハほぼ全員が生存し、ハイドーラは地図かラその名前を消シ、帝国最強と名高いベリル隊と英雄ベリルが誕生する事ニなったのだかラ、充分過ぎルほどよくやっタと思うがネ」

「ボーウェンさん……お気遣い、ありがとうございます」


 ハイドーラが滅亡した直接の原因は、国内での厭戦(えんせん)感情の高まりと今までの強引な同化政策による不満を原因とする内戦の勃発だ。

 周辺国に向けてきたハイドーラの野心と悪意が、積み重なって爆発したに過ぎない。


 自分がやった事は、ハイドーラ軍の動きを鈍くする為に、とにかく名のある戦士や将を狙って殺し続けただけだ。

 ハイドーラの前線を支える兵の大半は、元は侵略された民族であったから、自分達を支配している者らが居なくなれば戦う気も失せるだろうという安易な考えだった。


 まさかそれで国が滅ぶほどになるとは考えもしていなかったが。

 今は、ハイドーラがあった土地には無数の小国が乱立している。あちらの情勢は未だに落ち着いていないようだが。


「クックッ、こうシて皆が平和を享受デきているのは、ベリル君やリチャード君のお陰だかラね。いつモ感謝しているヨ」


 そう言ってくれると少しは心が軽くなる。4年も前の事を未だに引きずっている自分が悪いと言えばそうなのだが。

 ボーウェン博士はグラスの中の液体をゆらゆらと揺らして混ぜながら、過去に思いを巡らせるように(まぶた)を閉じていた。


「キミとリチャード君はよく似テいる。マだ出会っタばかりの頃、今のベリル君よりハ少しだケ歳上だったカな。初めて出会っタ時ハ余りにも覇気が無サすぎテ、これが本当にかのハイドーラの軍をタった1人で押し返シたという英雄リチャードなノかと疑っタ」

「おいおいやめてくれボーウェン。昔のように感傷的になることは減ったが、これでも()()についてはずっと後悔しているんだ。彼女を戦いの道に引き込んでしまったのは、私の責任だと思っているからね」


 父さんの口から『彼女』という言葉が出て、すぐにその正体に思い至った。

 小さかった頃から、事あるごとに聞かされていた『母親になるかもしれなかった女性』の話。

 跡継ぎを作らなければいけない立場だったはずの父さんが、ずっと独り身でいる原因になった出来事。


「(父さんが唯一愛した女性……今、生きていたらどうなっていたかな)」


 さすがにその場合は自分は拾われていなかったかななどと、後ろ向きな考えが頭をよぎる。

 けれど父さんは彼女の事をいつも強く優しい女性だったと語っていたから、家の立場とは関係なくやはり自分を拾い育ててくれたかもしれない。

 二人に似て、優れた能力と誇り高い精神を持つ兄か姉が居たかもしれない。


「しかし、全ては過ぎた事だベリルよ。私と、彼女の事もな。失われたものは戻らないが、その先で手に入るものもある。私にとっては無二の友であるボーウェンや、大切な息子のように」

「父さん……」

「ベリル、お前は私の誇りだ。今やバラム帝国を代表する騎士の1人にまで成長した。ハイドーラとの戦争での活躍を受けて、お前が皇帝陛下から直々に勲章を賜った時はどれほど嬉しかったか」


 噛み締めるように、父さんはそう語りかけてくる。

 無二の友と呼ばれたボーウェン博士も、照れくさそうにしつつも口元は嬉しそうに弧を描いていた。


 思えば、父さんと腰を据えて会話をするのも久し振りだった。

 互いに仕事で忙しく、任務でも肩を並べることはほとんど無い。時たま実家の屋敷に戻っても父さんとは休みがあわずに会えず終いになってばかりだった。


 今も仕事の途中ではあるけれど、こうして共に過ごせる時間は子供の頃に戻ったように落ち着く。

 バーに置いてある最近流行りの最新式の魔導具の、確か蓄音機とかいうのから流れてくるムーディなジャズも、ゆったりとくつろげる雰囲気を演出してくれていた。


「父さん」

「うん? 何かね」

「なぜ騎士を志したのか、今までちゃんと話したことは無かったけれど、芯にあるのは常に()()()()父さんなんだ。どんな絶望的な状況だってその手でひっくり返して、救いを求める人に手を差し伸べられる。僕も父さんのような騎士になりたいと思ったから、今、ここにいる」

「それは……かかかっ」


 父さんが小さく笑う。

 照れているのか口元に手を当てて、熊のような風体からは想像も出来ないような仕草で。


 それから、彼が口を開きかけた時だった。


「えっ……今、()()()って……? え……??」


 バーの入り口の方から聞き覚えのある声。

 3人の視線がそちらに向けられる。


「おやオや、可愛ラしいお客サんがまたやって来たネ」


 

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