第13話 父と子
「何があったか知らないが……少し頭を冷やせお前ら。お互いいい歳して子供じみた喧嘩はやめるんだな」
「……フン、興醒めだな」
クレールとユージーンが数秒だけ睨み合う。が、それ以上は何事もなく、ユージーンは大人しく木剣をしまいこの場を去っていった。
「はぁ……全く。お前もだぞベリル、らしくもない」
「すまないクレール、助かった。正直かなり困っていた」
「お前があいつに嫌われてるのは知ってるがなあ、何か気に障るようなことでも言ったんじゃないか?」
呆れ顔のクレールにそんな事を言われるが、自分の発言を思い返してみても特に心当たりは無い。なぜあんな状況になったのか、こちらが質問したいくらいだ。
「嫌いな相手の言葉というのは、そういうものなんだろうな」
「何だ急に悟ったようなセリフを……食べてないから頭が疲れてるんじゃないか? お前夕食の席に来なかっただろう。キリエ博士もだが……」
「彼女も色々と抱えている。ただ、解決にそう時間はかからないだろう」
「おや、付き合いが浅い割には随分信頼してるな。まあ美人だし? お前にも春が来たってヤツか!」
事情を知らないから気楽なやつだ。面白そうにニヤニヤ笑いながらからかって来る。
「妙な冗談はやめろ。私はキリエ博士を理性的で良識ある知識人として信頼に足ると認識しているだけだ。いつまでもあんな調子でいるほど無責任な人じゃない。……それはさておき、私も何か食べに行こうかと考えていたところなんだが、この時間でも何か食べ物を出してくれる店か何か知らないか?」
「それなら1階のカフェスペースが夜間はバーになっているから行くといい。ツマミか小さいピッツァくらいの軽食なら出してくれるはずだろ。この時間なら……まだ他の連中も楽しくやってる頃だろうな」
「“他の連中”……? いや、情報ありがとう。行ってくるよ」
「おう、俺はもう寝るからな。もう面倒事はやめてくれよ〜」
ヒラヒラと手を振りながら去っていく彼を見送り、言われた通りに1階のカフェスペースを目指す。フロントから近い場所にある、海がよく見える大きなガラス窓のある部屋。
そこまで思い出して、ふと気が付いた。
食堂を始めとした部屋の内装の豪奢さもさることながら、大きな透明のガラス窓なんて随分と金のかかるものを当然のように建物に使っている。
建物自体は古いが、ある程度後から手を加えて今の形になったのだろう。この建物の持ち主は随分な金持ちらしい。しかしいったいこんな事に使う金が、こんな田舎のどこから湧いて出てきたのか、奇妙だ。
「(そういえば、昔はこのあたりは帝国とは別の小国があったんだっけか)」
バラム帝国はその歴史の中で幾度も周辺の小さな国々を取り込んで大きくなっている。過程は様々だが、当然荒っぽいやり方になることもあっただろう。
自分はこの国が悪い国だとは思わない。
バラム帝国において、出身国や人種で扱いに差を付けられることは全く無い。皇帝を中心に貴族が権力を持つ封建的な社会でこそあるが、有能であればどんな生まれであっても関係なく活躍することが出来る柔軟さも共存している。
「(帝国のやり方ならば当時のこの辺りの王がそのまま領主に据えられたのだろうが……うん?)」
そういえば、この村には貴族がいない。
調査の協力で話を通したのも、網元のヘンリーとかいう男だったか。ではその男がその血を引いているのだろうか。
「……やめだやめ。こんな事は調査と何も関係が無いだろう」
だがしかし、妙に気になって仕方がない。
この村に来てからずっと感じている不自然さの正体がそこにあるように感じている。
これは自分の臆病さから来る防衛反応のようなものなのだろうか。今のところ何の不自由もなく、ただ不慣れな土地で過ごしているだけだと言うのに、巨大な魔物の胃袋の中にでも取り込まれてしまっているような、言葉にならない不安が胸の内に存在している。
「あ……ここか」
気が付けば、話に聞いていたバーの前にまで来ていた。
部屋の扉は開け放たれたままで、既に中の賑わいは見て取れた。暖かなランプの明かりの中で、宿泊客達がワインなど片手に楽しげに談笑している。その中に、見慣れた顔ぶれも発見した。
「(ゴドウィン隊長とボーウェン博士……それにカイルとティム博士にニール博士も)」
皆、それぞれの任務の事など忘れて楽しそうにしている。
周りのこういう様子を見ると、常に気を張っていた自分の事が馬鹿馬鹿しく思えてくる。己の行動を思い返してみれば、カイルに生真面目戦闘マシーンと揶揄されるのもさもありなんだ。
はあ、と己に呆れてため息をつきつつも、何か食べない事には明日のための力も出ないからバーに足を踏み入れた。
適当にカウンター席の空いている場所を選び、そこに腰をおろす。
「すみません、何か軽食など頂けますか」
「軽食でしたら、こちらのメニュー表からどうぞ」
マスターから渡された冊子をパラパラとめくりながら、ざっと目を通す。クレールが言っていた通りに大半はナッツやスモークチーズなんかのツマミ類で、多少手の込んだものとなるとソーセージとベーコンのグリルやシーフードのピッツァなど。軽食と聞いていたが思いのほかしっかり食べられそうに見える。
流石に見える限りの場所に火を使うキッチンスペースは見当たらないから、食堂でそうしているように他の場所で作ったものを運んできているのか。
何を頼もうかと思案していた時だった。
唐突に大きな声で自分の名前を呼ばれた。
「ベリル! かかかっ、来ていたか!」
「珍しいネ、普段は酒なンてやらんダロう」
「ゴドウィン隊長。ボーウェン博士も」
自分が来たことにさっそく気が付いたのか、カウンター席の離れたところに座っていた二人だったが、わざわざこちらまで歩いてきて隣に腰かける。
皆それぞれのプライベートの時間を過ごしているのだから、邪魔にならないようにと人の少ない隅の方の席を選んだのだが杞憂だったらしい。
二人とも既に酒が入っているようだったが、酒に強いボーウェン博士はシラフ同然のさっぱりした雰囲気で、対照的にゴドウィン隊長の方はといえば彫りが深い髭面を真っ赤に染めて上機嫌な様子だ。
「いえ、私は食事をとりにきただけです。酒をやる予定は……」
「そうつまらない事を言うなベリルよ。せっかくよい酒が飲める機会なのだから嗜むくらいはしておけ」
「ワタシが昔いた国だと庶民じゃひっクり帰っタって手に入れられ無いもノを気軽に楽しめル。この幸セを享受出来なイ事は罪だヨ」
そう言われると断りにくい。
予定は無かったが、一杯くらいは貰おうかとマスターを呼んだ。
食事を頼んでからすぐ、目の前には熱々のピッツァやグリル、ナッツとチキンのサラダなどが並んでいた。酒の良し悪しはわからないが、頼んだ白ワインは口にあっていたのか旨いと感じる。
ボーウェン博士は重たい料理ばかりを頼んだ自分を見て「若いネぇ」なんて言いながらニコニコと笑っていたが、その隣で歳はほぼ変わらないだろうゴドウィン隊長も「お前を見ていたら私もまた腹が減ってきた」と言って同じようにグリルを頼んで満足げにしている。
「ところでベリルよ、キリエ博士とは上手く行っているかね。男女で同じ部屋では何かと不便もあるだろう?」
「何かと癖はある方ですが、今のところは問題ないですよ。それに、彼女との会話はからは様々な学びが得られる」
「ほう!ほうほう、それは結構な事だ!いやなに、仕方のない事とはいえキリエ女史とお前には不便を押し付けるような形になってしまったからな。いらぬ心配だったようで何よりだ」
「隊長が気にするほどのことでは無いでしょうに……帝国騎士ならば任務に私情は挟まず忠実に、当然の事です」
そう言った瞬間、それまで機嫌よくしていたゴドウィン隊長の表情から、力が抜けたように笑顔が消えた。彼の白く太い眉毛がしんなりと垂れる。
「お前は、少し気負い過ぎだ。ベリルよ」
「いえ、そんな事は……」
「先の戦争での事をまだ引きずっているのなら、それは完全な間違いというものだ。あれはお前のせいではない。お前とは関係ない彼らの選択で、なるべくしてなった事だ」
「ですが、彼らを率いていたのが私でなく隊長であれば――」
「ベリル」
ドンっ、と。背中を平手で強く叩かれた。
思わず、猫背になりかけていた背筋がピンと伸びる。
「いつも通りで良い。今はゆっくり休む時間だ」
「……わかったよ、父さん」




