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とある漁村にて発見された奇妙な魚について  作者: 青蛙


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第12話 鏡写し



 それから、数時間経って。


 宿に戻ってきてからと言うもの、キリエ博士の機嫌は目に見えて悪くなっていた。

 部屋に戻ったら、水槽で飼育している桟橋で釣った魚でまた色々やると言っていたのだが、部屋に戻るなりベッドに寝転んで動かなくなってしまった。


 ずっとそんな調子だから、自分も彼女につきっきりになっている。結局今晩の食事は食べられず終いだ。


「(どう声をかければ良いものか……)」


 記者のグレゴリーが、奇形魚について何か知っているらしい人間が居ると言うから向かったのに、そこで出会った老人の言動がまさか彼女の忌諱(きき)に触れる事になろうとは予想もしていなかった。


 だいたい、あの老人もいったい何者だというのだ。

 明らかに現代より数十年から百年は先の技術を自在に操り、たった1人で奇妙な家を辺境の村のさらに外れに構えて引きこもっている。

 しかも過去にはメルクリウス伯と共に、国防に携わっていた事もあると言う重要人だ。


 それがいきなり同業の研究者に対する嫌悪を示したかと思えば、キリエ博士には奇形魚の調査の任務を放棄してさっさと帝都に帰れと言う。

 彼女だけに、だ。


「(なぜあんな態度に出たのか、理由(わけ)がわからん)」


 見たところ彼もまた個人的に何か調査をしており、それの関係で護衛を求めているようだったが、バラム帝国騎士団の中でも飛び抜けて優秀な騎士の1人であるカイルすら拒否するようではその調査とやらもこの先進む事は無いだろう。


 彼の気難しさはメルクリウス伯との関係および、今行っている調査の内容が関係しているのだろうが……ただキリエ博士に対しては、思い出してみればどうにも気遣っているような雰囲気があったように思う。


「(今すぐに帝都へと戻る事が最も賢明な判断……か。そう判断する根拠も無いが、あながち間違いでも無いのかも知れない)」


 窓辺に立って夜のコーレル村の景色を眺める。

 もう時刻は11時を回って深夜。青ざめた暗闇に点々と光る家々の窓は地上に広がる星空のようだ。

 遠くに見える海には逆さの月が映り、どこまでも深く続いているような錯覚すらおぼえた。


「(あと数日もすれば満月か)」


 遥か遠き神代(かみよ)において、大地は無く、世界には二つの天があったと言う。

 天にはそれぞれ神が一柱(ひとはしら)居たが、非常に仲の悪い神だった。神々は幾度となく戦いを繰り返し、やがて戦いに負けて死した神の天は大地となった。

 バラム帝国に産まれた者ならば誰もが知る、天地創造の神話だ。


 天上に輝く星空と、大地に広がる星空はそんな神話をふと思い起こさせた。


「ベリルさん……」


 ふと、背後から声がかかった。

 ずいぶんと長い間黙りこくっていたものだから、少し驚いて背筋がぴんと伸びる。


「はい、なんですか?」

「私は足手まといですか」


 いきなり彼女は何を言い出すのか。

 しばらく考えた末の一言目がそれなのかと、思わずため息をつきたくなる。


 振り返れば、ベッドの上で横たわったままの彼女は無表情のまま、虚空を眺めていた。


「そんなくだらない話をする為に何時間も無駄にしたのですか?」

「貴方はいつも冷たい目をしていますね」

「はい。これが普段通りなので」


 なんだ、案外元気はあるじゃないかと内心呆れつつも、その場に膝をついて彼女と視線の高さを合わせた。


「帰るように言われました。私だけです」

「気にする必要なんて無いでしょう。田舎の村のさらにはずれに住んでいる偏屈老人ですよ。貴女が彼の言葉に耳を傾けてやる理由なんて無い」

「でも、彼は私の父と知り合いで、明らかに卓越した才を持っていて……まるで、家出してきた子供を諭すようだった」


 彼女の視線はこちらとは合わない。

 不安定に揺れ動いて、シーツに目をやったり、また虚空に目をやったりしている。

 その態度が、意識的にこちらとは視線を合わせないようにしているように感じた。


()()()()、とでも言われたように感じましたか」

「わかってるじゃないですか。案外、察しが良いんですから」

「……」


 こういう時にどんな言葉を返すのが良いのかわからない。わからないから、結局口をつぐんでしまう。

 自分の悪いところである自覚はある。思いをうまく伝えられなくて、困ったことになる事もそれなりにあった。


「私はそんな事は思っていません」

「でも周りは思ってます。いつも、そうでした。私が女だから」


 その言葉を聞いて、平気にしているようで、自分の置かれている境遇についてはずっと気にしていたのかと合点がいった。

 そして、1日目に彼女に対して不躾な質問を投げかけてしまった事を再び後悔する。


「貴族だから席にねじ込んでもらえたような人なんて、別に少なくないです。見ていればわかります。出来が悪ければ、当然冷ややかな視線に晒されることもある。そんな中で、私は貴族の出な上に、女性で初めて研究所に入ってきたんです」

「でも貴女は実力で席を勝ち取ったのでしょう。御父上は関係ない」

「私がそう言ったところで、周りが納得すると思います?」

「実力を見せつければ周りは黙ります」

「あー……貴方は、そうでしょうね」


 今少し彼女に馬鹿にされたような気がしたが、そこはあえて気にせずに流しておく。

 多少、脳筋なきらいがあるのも自覚はあった。だからといって、何もかも争いで解決しようとするほど愚かではないという自負もある。

 己の間違っている部分を常に思考の隅に置いておくことで、振る舞いが正されるだろう。そんな考えも持っていた。


「(しかし、どうしたものか……)」


 彼女は既にどうにも己の思考のループの中に閉じこもってしまっているようで、いくら自分が学者としての彼女の腕を信用していると言ったところで聞き入れる余裕も無いのだろう。

 自分が今まで見てきたところ、そもそも彼女は女性だからといって他の学者たちから下に見られている様子も無い。若者であるから微笑ましく見られている節はそれなりにあるだろうが、むしろ彼女自身は信頼されているように感じられていた。

 このあたり、調査隊に選ばれたのが皆優秀な者ばかりだから、他人を色眼鏡で見るような愚か者など居まいというのが自分の考えであるが。


「少なくとも、ノヴ博士は貴女をよく信頼しているように私には見えました。貴女が行くと言わなければ、彼はグレゴリーの話になど乗らなかったでしょう」

「ノヴさんは……ある意味、私と()()()でしょう? 色々と苦労はあったはずです」

「しかし彼も実力で偏見を覆した。だから今、ここに居るのです」

「……」

「キリエ博士。私は貴女を護らなければならないから、どうしても足を止めさせる側になってしまう。それが貴女に対する不信と取られても、仕方のないことだ。しかし覚えていて欲しい、私は研究者としての貴女を信頼して、必ず今回の事件を解決に導いてくれると信じている」


 彼女と視線がやっと合った。

 がらにもなく、小っ恥ずかしいセリフを吐くことになってしまったが、これは嘘偽りなく本心から出た言葉でもある。


 本当にこの村に居続けて良いのかと、不安も確かにあったが、それが彼女を信用しなくなる理由にはならない。


 じっと見つめ合って、しばらくの静寂。

 先にフイと彼女が目を逸らす。


「…………一人に、してください」


 ぽつりと呟くようにそう言った。


 その方が落ち着けるか。

 少しばかり過干渉になってしまった事を恥じ、目を伏せて立ち上がる。


 部屋には侵入者対策の仕掛けが大量に施してあるから、彼女を1人で部屋に残しても当分は大丈夫だ。

 それに、この村に到着してからずっと離れずにいたから、彼女も心労が溜まっている事だろう。



 廊下に出て、自分はこれから何をしたものかと思案する。

 さすがに軽食くらいは取らないと明日の仕事にさわりが出るだろう。食堂は、さすがにもう遅い時間だからやっていないだろうか。


 考え込んでいると、ふと足音が近付いてきていた。

 騎士のユージーンだ。どうやら外で素振りでもしていたのか、木剣を片手に持ちタオルで顔を流れる汗をぬぐっている。


 彼はこちらと視線が合うと、あからさまに機嫌が悪そうにしかめ面になった。


「相変わらず辛気臭い顔だな、ベリル・カーティス」

「ユージーン殿……」

「ハ、なんだ廊下にぼうっと突っ立って。我儘お嬢様の不興でも買って追い出されたか」

「そういう事情ではありません。あと、キリエ博士を揶揄(やゆ)するような言い方はやめて頂きたい」


 今に始まったことではない。

 何故だか、自分はこの男に嫌われているらしい。


 以前からこんな風にしょうもない嫌がらせを仕掛けてくることが時折あった。

 誰も彼もに対してこんな態度を取っているわけではないのは知っているから、本当に自分の存在が気に入らないのだろうと思う。


「まるで自分だけ苦労しているかのような態度をいつも取られていては皆の士気に関わる。迷惑だ」

「それは申し訳ありません。しかし私は苦労などとは――」

「口答えをするなベリル・カーティス。その協調性の無さもまた任務に支障をきたす原因になるのだ」


 会話にもならない。

 協調性の無さなど、顔を合わせただけでここまで嫌味をぶつけてくる彼にそっくりそのまま返してやりたい気分だが、そんな事をすればまた彼の神経を逆撫でする事になるのは目に見えているから黙る他に無かった。


「初日の港での態度も酷いものだったな。まるで己が副隊長であるかのような尊大な態度、見ているこちらが恥ずかしかったぞ」


 まだやるのかと、自然と口元が僅かにひくつく。

 今回の任務、ゴドウィン殿が隊長となり他4人の騎士を率いて行うという形になっている。騎士それぞれにも上下関係はあるが、今回は場の混乱を防ぐために隊長と隊員という関係だけを考慮する事になっていた。


 ユージーン・エストーアはバラム帝国騎士団の中では自分よりも上の立場に居る。エストーア家はバラム帝国で代々続く武家の名門で、数多の歴史に残る騎士を輩出している家だ。

 自分より一回りほど歳上の彼は戦場にて多くの武勲を立て、皇帝陛下からの覚えもめでたい有力な騎士であると記憶しているのだが、少々プライドが高過ぎるような部分もあると感じていた。


「……漁師の方との話でしたら、ゴドウィン隊長だけでは話が進まないと判断したまでです。私が対応した事に不満があるのならばユージーン殿が代わりにやっていれば」

「また他責か? 自分は常に間違っていないと。先の戦争では己の隊を壊滅させておきながら英雄として持て囃され、随分偉くなったものだな。英雄など、七光りの貴様には分不相応もいいところの肩書きだろう」

「私は英雄などでは……」


 不意に感じたのは()()


 身体の向きを傾け、上体を反らすようにしてその殺気を避けた瞬間、先ほどまで自分の頭があった場所をユージーンの持つ木剣が通り抜けていた。


「――――遅い」


 避けきれていなかったのか、木剣だというのに切られた髪の毛先がパラパラと僅かに散っていくのが視界の端に見えた。


 いよいよこちらも機嫌が悪くなってくる。

 こちらを嫌っているのは結構だが、いきなり斬り掛かってくるとはどういう了見か。正気の沙汰ではない。


「(何が遅いだ。不意打ちしといて格好つけやがって)」


 お返しに顔面でもぶん殴ってやりたいところだったが、今は任務中。それにいけ好かない男ではあるが、一応は味方だ。そこはぐっと気持ちを飲み込んで耐えた。


「……模擬戦がやりたいなら、表に出ましょうか? 無手相手では歯ごたえが無いでしょう」

「腑抜けの三流騎士が相手では腕が鈍るわ、うぬぼれが」


 そんな台詞に対して、木剣の切っ先は真っ直ぐこちらを捉えたまま動かない。これが本物の剣ならば、今すぐにでもお前を殺してやれるのだぞとでも言うように、ユージーンの口元はにやりと歪んでいた。


 流石にここまで来ると怒りを通り越して呆れが来た。この男がいったい何のつもりで、何がしたくてこんな馬鹿げた真似を続けるのか疑問が浮かんでくる。

 一応は彼もまた優秀な帝国騎士の一人のはずなのだが、今の彼はその辺のチンピラ同然だ。


「貴方、いったい何のつもりで――」


 彼に問いかけようとしたその時だった、


「おいバカ共、廊下で何をしている! 宿の方々に迷惑だろうが!」


 いつの間にここまで来ていたのか、異常に気が付いたクレールが駆け寄ってきて間に割って入り、ぐいっと押し退けるように引き離した。



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