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影に潜れば無敵の俺が、どうしてこんなに苦戦する  作者: ドライフラッグ
Aランク編
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傭兵紳士 ②

 黙って聞いていたアルが口を開く。


「で、なぜお前達の組織はエバルを植えているんだ? まさか、何も知らずにボスに従っているわけでもないだろう」


「……次は君の番か。君も潜影族なのかい?」


「いや、違う」


「だったら教えてやる気にならんな。茶を飲んで帰りたまえ」


「お前の命令を聞く気はない。こっちは依頼で来たんだ。お前を捕まえて、ギルドに引き渡す」


「ギルド? 治安署ではないのか?」


「ああ」


「……なるほど、ギルドの考えが分かった。やはり私を捕まえる理由はそっちか」


「そっち、って何?」と俺が口を挟む。


「ボウヤには関係ないことだよ」


「関係あるよ! 冒険者なんだから!」


「そう質問ばかりするな。答えてやったって、私になんの得も無いじゃないか。それとも、情報を教えれば私を見逃してくれるのかな?」


「ボスと会わせてくれるなら見逃してもいいよ」


「おいっ、勝手に決めるな」とアルが怒る。


「いいじゃん、それくらい!」


「ふむ、こちらとしては魅力(みりょく)的な条件だが、さっきも言った通り、君達をボスと会わせることはできない。交渉決裂(こうしょうけつれつ)だな」


「お前と対等な交渉をする気などない。質問に答える気がないなら、力尽くでそうするまでだ」


「……こっちのボウヤはずいぶん生意気だな。私を力でねじ伏せられるとでも?」


「ああ」


「では、どうぞやってみたまえ」


「ここでは戦えない。外に出ろ」


「さっそく敵に頼みごとか。つくづく甘いボウヤだ。君の力も、覚悟(かくご)も、その程度ということだね」


「……ライムキース」


 空中に光の鎖が現れ、おじさんの体に巻き付いた。鎖の一端(いったん)をアルが引っ張って言う。


「さっさと来い」


「まだ紅茶が残ってるんだが」


「黙れ」


「そう急ぐな。飲み終われば付き合ってやるから」


 おじさんがそう言うと、テーブルに置かれていたカップが宙に浮いた。そのままおじさんの口元まで運ばれ、紅茶が口内へと注がれる。


 風魔法でカップを操作したらしい。器用な奴だ。


 すべて飲み終わった後、カップはゆっくりと受け皿に着地した。


「待たせたね。では、外の空気を吸いに行こうか」


 手綱(たづな)を引かれる馬のように、おじさんは鎖を引かれてアルについていった。槍は壁に掛けられたままだ。そのまま外に出るのかと思ったが、出入り口の前で立ち止まった。


「紅茶の代金を払え」とアル。


 おじさんはとぼけたように言った。


「どうやって? 見ての通り、私は君の鎖でぐるぐる巻きだ。蜘蛛(くも)の糸に捕らえられた羽虫も同然。自分の武器も持てないのに、どうやって財布を取り出すのかね」


「……」


 アルは黙っておじさんを(にら)みつけた後、あろうことかバッグから自分の財布を取り出した。


「待てぇい!」


 当然、俺はアルを止めた。


 アルが俺の目を見ずに言う。


「仕方ないだろ」


「仕方ないわけないだろ! どうしてこのおっさんのお茶代を俺達が出さないといけないんだ! 自分で払わせろ!」


「必要経費だ。依頼を達成すれば5万ガランも手に入る。お茶代くらい安いものだろう」


 おじさんがのんきに呟く。


「私の首がたった5万ガランか。安く見られたものだな」


「じゃあお茶代くらい自分で払え!」


「私もそうしたいのだが、この鎖のせいでね……」


「よし、分かった。アル、鎖を解いてやってくれ」


「馬鹿、敵の口車に乗せられるな。鎖を解いた途端(とたん)に逃げられたらどうする。目先のお茶代に目がくらんで、報酬の5万ガランを逃す気か?」


「……クソッ、勝手にしろ」


 悔しいが、アルの言うことはもっともだ。でも、なんだって俺達がこいつのお茶代を払わなくちゃいけないんだ。たかがお茶代でも、そこが最高に気に入らない。


 アルが店主の若い男に尋ねた。


「この客の代金は私が払います。いくらですか?」


「92ガランです」


「は!?」俺は耳を疑い、店主に詰め寄った。「なんでお茶がそんなに高いんだよ! 92ガランつったら、グナメナの十倍、いや二十……三十……何倍なんだこの野郎!」


「質問の主旨(しゅし)が変わってますよゼラ様」とエミール。


 店主が冷静な態度を(くず)さずに答える。


「グナメナの何倍かは存じ上げませんが、値段は92ガランで間違いありません。一杯目がモールデンで90ガラン、二杯目がシーマで2ガランとなっております」


「なんだその振れ(はば)! てか二杯目で安い方飲むな! 金が無くなったのか!」


 おじさんがふてぶてしく答える。


「いいや、いつもの飲み方だよ。モールデンは香りが強すぎるから、シーマで口直しをするんだ」


「じゃあシーマだけ飲んどけ馬鹿!」


「馬鹿とはなんだね馬鹿とは。(つう)と呼んでくれたまえよ」


「クソが。(おご)ってもらう側がなんでそんなに(えら)そうなんだ」


「心外だな。紳士は偉いが、偉そうであってはならない。……そうだ、こう考えてみてはどうだろう。お茶代を奢ってもらう礼として、私は君達に情報を与える。これなら対等で、偉そうじゃないだろう?」


「……なるほど、そういうことなら良し! アル、代金を払ってやってくれ」


「……現金な奴だな」


 アルは銀貨を一枚カウンターに置き、おつりとして銅貨を八枚受け取った。


「いくぞ」と、アルがおじさんを引っ張る。


 四人で店を出ようとすると、店主が言った。


「お客様、あの槍は?」


 おじさんが振り返り、にこりと笑う。


「悪いが、後で取りに行かせるから、しばらくそのままにしておいてくれ」


「かしこまりました」


 出入り口をくぐったところで、俺はおじさんに尋ねた。


「おい、取りに行かせるって、誰にだよ。まさか俺達のことか?」


「まさか。あの槍は私のお気に入りだ。誰にも渡さんよ」


「じゃあ、誰が取りに行くんだよ。おじさんの仲間か?」


「それは後で分かることさ。それにしても、今日は天気が良くて気持ちがいいね。たまにはのんびり、若者とおしゃべりをするのも悪くない」


「……」


 話を()らされてしまった。仲間を呼ばれたら厄介(やっかい)だが、この状況でどうやって呼ぶつもりだろう。それに、依頼書にはおじさんのことしか書かれていなかった。もし仲間と行動しているなら、一緒に指名手配されていそうなものだが……。


 あれこれ考えていると、おじさんが尋ねた。


「で、これからどこに行くつもりかね」


「町の外だ」と答え、アルが歩きだす。


「魔王化エミールと戦った場所か?」と俺。


「そうだ」


「じゃあ縁起(えんぎ)悪いな。アル負けんじゃないの?」


「武器も持たない男にか?」


「うん。なんかこのおじさん、強キャラオーラを感じるんだよね。底が見えないというかなんというか……」


「一応言っておくが、戦うのはオレだけじゃないからな」


「どうかな。俺とエミールじゃ歯が立たないかもよ?」


「それでもだ」


 おじさんが口を挟む。


「さっき、魔王化エミールと言っていたが、それは何かね。そこのお嬢ちゃんのことかな?」


「そんなこと、おじさんに教える義理はないね」


「ケチくさいことを言うな。気になるから教えたまえよ」


「自分は隠すくせによく言えるな! おじさんこそ知ってる情報全部吐け! お茶代奢っただろ!」


「いきなり全部分かったらつまらないだろ? もっとこの状況を楽しみたまえよボウヤ。さすれば、モールデンを一杯飲むよりも、充実したひとときを過ごせるだろう」


「……楽しむって、鎖に縛られた犯罪者のセリフかよ」


「私は何者にも縛られない。あの方を除いてね」


「だから誰なんだよ、あの方って」


「私も知らない」


「知れよ!」


 無駄な言い合いをしているうちに町外れの草原に到着した。近くには川が流れている。


 ここは最初に受けた依頼であるレザータの駆除を行った場所だ。そして、魔王化エミールと対峙(たいじ)した場所でもある。戦いの傷跡はまだ残り、地面の一部が(えぐ)れていた。ただ、そこから雑草が生い茂り、あまり目立たなくなっている。


 アルが立ち止まり、(さや)から剣を抜く。その刃をおじさんの顔に近づけて言った。


「さあ、知っていることを全部吐いてもらおうか。なぜエバルを植えるのか。エバルを植える以外にどんな罪を犯したのか。そして、お前のボスは何を企んでいるのか」


 おじさんはアルの目を見据(みす)えて答える。


「言ったはずだよボウヤ。それは、君達が教えるに値する人間であれば教えると」


 すかさず俺は文句をぶつけた。


「92ガランもこっちは払ったんだぞ! 充分教えるに値するだろ! 早く教えろ!」


「ふむ……では、先ほどの質問に答えてあげよう。私の槍を、いったい誰が取りに行くのか……」


「……誰だよ」と、俺が言った瞬間、目の前に槍が降ってきた。刃を下に向け、おじさんの鎖を切断して地面に突き刺さる。


 アルはすぐさま後方に()び、敵との間合いを取った。


 だが、俺はまともな反応ができず、「ひぃっ」と短い悲鳴を上げてその場に尻餅(しりもち)をつく。


 エミールは杖を敵に向け、後ずさった。


 俺も立ち上がり、遅れて距離を取ると、まじまじと敵を観察した。あれだけ至近距離に槍が落ちたのに、切断されたのは鎖だけで、衣服には一切の傷が付いていない。


 敵が解放された両腕を広げ、にやりと笑った。


「答えは、風だよ。私がもっとも得意とするのは風魔法だ。手を使わずに槍をたぐり寄せることなど造作(ぞうさ)も無い。さぁ、戦いに有利な情報を与えてやったぞ。これでお茶代の恩は返した。これ以上の情報を引き出したければ、私を楽しませてくれたまえ」


 俺はごくりと(つば)を飲んで言った。


「だってさ、アル。頑張れよ」


「他人事みたいに言うな。ゼラも戦うんだ」


「……分かってるけど」


 なんだろう。敵は(あい)も変わらず飄々(ひょうひょう)としているが、だからこそ、不気味で仕方ない。三人を相手取って、どうしてこれだけ余裕でいられるんだろう……。


 てか、計画も立てずにいきなり三人で戦うのはこれが初めてだ。攻撃のタイミングが分からない。まず、誰が何をすればいいのか……。


 俺はとりあえず腰の筒から矢を取り出し、弓につがえた。敵を睨んだまま、アルに尋ねる。


「で、これからどうするんだ?」


「……自分で考えろ」と、アルが素っ気なく返す。


 敵が高らかに笑った。


「はっはっはっ、この()に及んで『どうするんだ?』はないだろう。まさか、三人で連携(れんけい)して戦ったことがないのか? 君達、冒険者だろう。ランクは?」


 俺は恐縮(きょうしゅく)しながら答えた。


「こう見えて、Aなんです……」


「A!? 嘘だな。見栄(みえ)を張らず、正直に言いたまえよ弓ボウヤ」


「それがホントなんです。そこの剣士がいつもサボってばかりなので、三人でまともに戦ったことがないんです」


「サボる? 見たところ、剣ボウヤがリーダーだろう? それなのにサボるというのは……。ああ、分かった。剣ボウヤはリーダーではなく、ボスなんだね。だから弓ボウヤとお嬢ちゃんはこき使われてるわけだ。違うかい?」


「違いません。おじさんの方から剣ボウヤに説教してください」


「いいだろう」と、敵は槍を(つか)み、地面から引き抜いて、「若者を教育するのは年長者の義務だ。それに――」


 その瞬間、敵の姿が消えた。同時に突風が俺の横を駆け抜ける。


 まさかと思って振り向くと、敵はエミールの前に接近していた。


「ライム――」


「遅い」


 エミールが呪文を唱える前に、敵の槍が動いていた。アルも即座に切りかかるが、剣を振り下ろす前に、敵は目にも止まらぬ速さで移動する。


 どこに――と思うと同時に、敵が俺の目の前に現れた。気づいた時にはもう遅い。切られることを覚悟したが、光の結界が俺の周りを囲んだ。


 アルが無詠唱でライムケニオンを使ったのだ。これでひとまず大丈夫、と安心したのも束の間、敵の槍は結界を切り()き、おまけに弓まで矢ごと両断した。


 それらの出来事が、まさに一瞬のうちに起きた。信じられず、呆然と立ち尽くしていると、敵は瞬時に移動して元の立ち位置に戻った。余裕の笑みを浮かべて言う。


「感心感心。ライムケニオンを使ったのは剣ボウヤだろう? しかも無詠唱で、二つ同時に。魔術師顔負けの腕前だ。素晴らしい」


 二つ、と聞いて隣を見ると、エミールの周りにも結界が張られていた。だが、よく見ると杖の先端が切断され、魔石の部分が地面に落ちている。これで、俺とエミールはほぼ無力化されたわけだ。


 敵が続けて言う。


「ただ、無詠唱だと防御力が格段に落ちる。私の攻撃をそんな半端な結界で防げると思わないことだよ」


 不安になってアルを見ると、眉間(みけん)に少し(しわ)を寄せ、敵を睨みつけていた。その表情から余裕は一切感じられない。敵は笑みを浮かべて話しているのに……。


「ああ、そうそう。さっきの言葉の続きだが、私の矜持(きょうじ)と槍は、女子供を殺すようには出来ていない。弓ボウヤとお嬢ちゃんは殺さないであげよう。安心したまえ」


 俺はすかさずお礼を言った。


「ありがとうございます! さすが紳士ですね!」


「その通り。弱きを助け、強きを(くじ)く。それが紳士だよ。ただし、君は子供と呼べるほどの歳じゃないだろう、剣ボウヤ。いくつかね?」


「14です」


「嘘は良くないよ弓ボウヤ」


「安心しろ。17だ」と、アルが堂々と答える。が、声と表情から緊張が隠せていない。


「ふむ、17歳か。私から見ればまだまだボウヤだが、世間的には立派な大人だ。よって、君の命までは保証(ほしょう)しないが、それでもいいかね?」


「安心しろと言ったのが聞こえなかったのか」


「強がりはやめたまえよ。たかがAランクの未熟者(みじゅくもの)が、私に勝てるわけがないというのに。まったく、ギルドも(こく)なことをする。君達がAランクということは、依頼のランクもAということだろう? Sランクに設定しておけばいいものを……ああ、そうか、私が殺したギルドの職員がBランク相当だったわけだな。機密情報の番人がその程度とは、ギルドの人材不足には同情を禁じ得ないね。それとも、人を(やと)う金がないのかな」


「おい、待て。機密情報の番人とはどういう意味だ。お前はエバルの捜査(そうさ)員を殺したんじゃないのか?」


「ふふふ、気になるかね? では、攻めてきたまえ。睨むだけでは、私を倒すことも、情報を引き出すこともできんぞ」


 うんうん、敵の言う通りだな。では、こちらも仕掛けさせていただきますか。


 俺は戦意を(さと)られないよう、体も視線も一切動かさず、敵の足下にゲートを開いた。


《③に続く》

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